働かざるもの…
着替えを終えた俺が部屋を出ると、アイラと目があった。
どうやらずっと待っていたらしい。
「ごめん、待たせたな」
「しゅ……!! そんな、全然でしゅ!!
アイラに待たせていた事を謝ると、彼女は尻尾を左右に揺らした。
彼女の目尻には笑みが浮かんでいる。
仕事が手伝える住人が増えてうれしいんだろうな。
「ところで、服はどうかな? 変じゃないかな」
「あ、しょんな!! とても似合ってましゅよ!!!」
何がそんなに嬉しいのか、エイラはくねくね体を振る。
服の着こなしは大丈夫そうか……。
しかしあれだな。
彼女が喜びを体で表現すると、けっこう怖い。
アイラが身をよじると、人の胴体くらいの太さの下半身が豪快にしなる。
これの重量感がとてつもないのだ。
これにどつかれたら、骨の2,3本は持っていかれるんじゃないかな。
「えーとキッチンはどこかな?」
「しゅしゅ! こっちでしゅ!」
蛇の体を使い、音もなく床の上を滑るアイラ。
俺は後ろをついていくが、するすると進む彼女の足は意外と速い。
いや、足はないか。
ヘビだし。
キッチンはダイニングの横、カーテンで仕切られた場所にあった。
俺が見たキッチンの第一印象は……「ザ・昭和」だ。
まぁ、その時代のことは知らないけど。
キッチンにあるものは、何もかもが古ぼけていて時代を感じる。
水場のステンレスはくもり、斑点のようなサビが浮いていた。
コンロ近くは油汚れが染み付いており、周囲と壁の色が違う。
何ていうか、全体的に黄色くて茶色い。
だが、キッチンがひたすら古いだけで使い方はきれいだ。
道具はきれいに整ってるし、時に抗おうとする意志が見える。
うちの隠れ家にもキッチンがあったが、こんな風ではなかった。
思い返してみると、まぁ……とにかく汚かったな。
ギルマンと俺は洗い物を押し付け合ったからな。
そのせいで、流しにはたくさんの皿がたまって異臭がしていた。
ゴミやらなんやらでえらいことになってたからな。
隠れ家のキッチンは、台所という名の生命科学研究所になっていた。
Gや見たことない謎の虫がうごめく魔空間。
あれに比べれば、ちょっと古いくらい何でもないぜ。
「さて、何があったでしゅかね……」
キッチンに比べると、かなり新しく見える冷蔵庫を開くアイラ。
しかし、冷蔵庫の中身はほとんど空っぽだった。
「あら? とってこないとダメそうでしゅね」
「とってくる? 買い物じゃなくてか」
「でしゅ。お店はないでしゅから」
「……やっぱりここは封鎖されたシェルターなのか?」
「気付いたでしゅか?」
「なんとなくね。どこにも窓がなかったから」
「勘がいいでしゅね。リーは気づくのに半年くらいかかったでしゅよ」
「さすがにそれは
リーのことはともかく、住人の証言が取れたな。
どうやらここは本当にシェルターらしい。
リーが気づくまで半年かかったということは、半年以上は運営している。
人間のモンスター化が始まったのは、大体6年前だ。
血清が見つかったのはそれから半年後。
そこからすぐにシェルターを作ったってことはないだろうから……。
半年準備に使ったとして1年。最長で5年は運営していることになる。
シェルターを完全に封鎖するのは、宇宙で生活するのと変わらない。
それを数年も安定させるなんて……。
シヴァの手腕は大したもんだ。
これが簡単なことではないのは、俺にだってわかる。
封鎖してない俺たちの拠点でさえ、台所を中心に崩壊しかけてたからな。
「ここには水耕栽培施設でもあるのか?」
「うーん……説明するより、見たほうがはやいでしゅね」
「ま、それもそうか」
「ルイしゃん、リーも呼ぶでしゅよ。荷物持ちは多いほうがいいでしゅ」
「サオリは呼ばないのか?」
「サオリしゃんは……ちょっと問題があるでしゅから」
「もしかして、畑の世話をしている人と仲が良くないのか」
「いや、その逆でしゅね……」
「?」
「と、ともかく、リーを呼ぶでしゅ」
「おうー!!」
俺たちの背中から元気な声が飛んでくる。
振り返ると、リビングとキッチンの間に二足歩行のトラが立ってた。
トラは大きな口を開け、手を上げて丸っこい肉球を見せてる。
リーだ。
「何か知らんけど、リーがもう来てるな」
「しゅしゅ?!」
「もうすぐメシの時間だからなー!」
「あー……つまみ食いの常習犯みたいな?」
「でしゅね」
2人に比べると、リーは燃費悪そうだもんな。
でっかいし、元気でよく動くし。
「冷蔵庫の中が空っぽだから、畑にご飯を取りに行くでしゅよ
リーも荷物運びを手伝うでしゅ」
「おう! 働かざる者食うべからずだからなー!!」
そういってリーは台所をばっと飛び退いた。
かと思うと、ガランガランとものすごい音を立ててやって来た。
彼女は首と両手に金属のバケツを引っさげて戻ってきたのだ。
なんかいろいろとスゴイな。
「ルイの分はこれな!」
「あ、どうも」
リーは俺にもバケツも手渡してきた。
これはつまり……。
「自分で食べる分は自分で運べ。ってこと?」
「だなー!!」
「そうだ、ルイしゃんにココのルールを教えるのを忘れてたでしゅね」
「ルール?」
「ココでは仕事をした人がテーブルにつける。
そういう決まりなのでしゅ!」
「具合が悪かったら、話は別だけどなー!」
ははぁ。
働かざる者食うべからずとはそういうことか。
このシェルターの中は外の世界とは違う。
外の世界を拒絶するということは、助けも断るということだ。
ここでは外の力に頼れない。
何もかも自分たちでやらないといけないのだ。
「ふふ。じゃあ行こうか」
俺たちは重々しい鉄のドアをくぐって外に出た。
農場までの道は2人が頼りだ。
淡々と進むリーとエイラの後ろに俺はついていく。
鉄筋むき出しの廊下を通り、謎のパイプがひしめく迷路をくぐる。
規則性も無ければ看板もない。ここは完全な迷宮だ。
とてもひとりで歩ける気はしない。
コンクリートと鉄の迷路を進んで、しばらくした。
彼女たちは、両開きの鉄のドアを前にして止まる。
目の前にあるドアは、かなり大きい。
高さは……4メートル位か? ダンプカーでも通れそうだ。
これって人の手で開けるものじゃないんじゃないか?
「ここが農場でしゅ!」
「本当に建物の中にあるんだな……」
なるほど。
空気を
それに他の場所と違って、空気がひんやりと湿り気を帯びている。
「さっさと入ろうぜー!!」
リーは無遠慮にドアに手をかけると、そのまま障子でも開けるように開いた。
これってフツー、数人がかりで開けるものだと思うけど……。
モンスターの血清の力ってすごいな。
「……ここまでとは想像してなかった」
ドアの先の光景を見た俺は呆れてしまった。
――森だ。
俺の目の前には森が広がっていた。
ここ、建物の中だよなぁ……。
・
・
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※作者コメント※
このシェルターを作ったシヴァさんマジの有能では。
閉鎖環境をシミュレーションする名作ゲー『Oxygen Not Included』があるんだけど
そのゲームでワイ、10じゃ効かない数のシェルターを崩壊させてるぞ!!
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