街の本屋で働く元探偵さん。【短編版】

青冬夏

街の本屋で働く元探偵さん。

ある街中にポツンと建物が建っていた。天高くその建物は伸びている、まさにその一階部分に静かに営まれている本屋があった。


「いらっしゃい」

静かに男性は言った。彼は入り口前の本を並べた後、周囲を見渡した。


──今宵もまた、見張らないとな。

男性──本町本谷ほんまちもとやはポツリと呟いた。



元村書店。彼が勤めているその書店は、三鷹市で静かに営まれている大型書店。近年書店の数が減少している中、三鷹市もまたその例外ではなかった。

だが、そんな中最近開店されたこの元村書店は、最近では珍しい──それどころか、三鷹市で大型書店が珍しいのか、開店当時から人集りが絶えない、今人気が絶えない書店だった。


前景は近代的でモダンな風貌だが、中に入れば至って普通の書店。本棚が所狭しと並んでおり、各地の出版社から配送されてきた書籍がその本棚に陳列されていた。


店の奥には──本町本谷の姿がレジの前に立っていた。彼は元村書店の店長だが、元々はどこにでもいる普通のアルバイトだった。しかし、あるときを境にして彼はこの書店の店長となり、今現在緑色のエプロンを前掛けにして着用している。そのエプロンには元村書店のトレンドマークである文鳥が印刷されていた。


「お願いします」小さな子どもが可愛らしげな声を出す。本町の目の前には小さな手が慎重に絵本を置いている、何とも可愛らしげな姿が彼の瞳にはいった。

「はーい」

と彼は絵本を手に取り、裏表紙に印刷されているバーコードを読み取る。レジの画面を一瞥して、子どもの横にいた老人──恐らくはお婆ちゃんだろう──に「一六五〇円になります」と慇懃に言う。


青色の受け皿を用意し、目の前の老婆がお金を出すまで待つ。その間に本町は後ろの光景を眺めていた。彼が着用する黒縁の眼鏡から通して見るその光景とは、この近くで働いている、あるいはこの近くを偶然通りかかったスーツ姿の男性たちや、腰を折って歩く老人の姿、そして学校のスカートを短くして歩く女子高生の姿だった。


「どうぞ」老婆の掠れた声が本町の鼓膜に届く。

本町が受け皿に入っていたお金を受け取り、レジで精算をする。レジの画面が切り替わり、それと同時にレシートが画面横から、お釣りがボタンの下から出てくる。それらを手に取り、レシートを皿のようにしてお金をその上に出し、老婆の前に出す。

「お釣りとレシートです」

慇懃に答えると、老婆は黙ってそれらを受け取る。


老婆が子どもの声に押し切られてその場を去って行くのを見て、本町は「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。






その時だった。






店内に女性の悲鳴が響き、何事かと店内にいた人達が一斉に顔を振り向く。本町も例外ではなく、悲鳴が聞こえた先に視線を向けると、入り口前で女性が何やら困り顔をしていた。その隣には仏頂面をした男性が立っており、華奢な体つきをした女性の腕を掴んでいた。


「何かありましたか」


本町が小走りで女性のもとに駆けつける。近くで見ると、女性の子どもっぽい顔つきからあどけなさを感じさせた。

「この男を……捕まえてっ!!」

ヒステリックに女性は叫び、男性は顔を思わずしかめた。



片隅にポツンとある小部屋。レジ横にその部屋はあるのだが、スタッフのみの利用を想定しているだろうか、本町と女性、男性の三人では狭く感じた。

女性は色白で子どもっぽい顔つきだが、眉間には微かにそばかすがあり、それを隠すように化粧が濃く感じた。後々の話で、名前は大田静香と言うらしい。


一方、隣に座る男性は無機質な顔つきをしていた。だが、肩幅の広さや手首から浮き出る血管から筋肉質かも知れないと本町は悟った。こちらも後々の話で、男性の名前は本郷卓也と言うらしい。


「えと……まず、どうして悲鳴をあげただけ聞かせて貰っても良いですか?」

本町は女性に顔を向けながら話す。静香は本町に食いつくようにして、間にあった机に自身を乗り出す。その時にアルミ製のテーブルから軋む音が響いた。


「私が外に出ようとした瞬間、急にこいつが私の腕を掴んだの! やめてって睨んだはずなのに、全然腕を放してくれないから悲鳴をあげたのよ!」

ヒステリックに静香は言う。その隣の卓也は顔をしかめていた。


「なるほど……」本町は顎を撫で、視線を隣に向けた。

「腕を掴んだのには、何か訳が?」

「ああ」卓也は低い声で話す。「俺はこいつが本をどこかに隠そうとしているところを見たんだ。ただ、見たのがほんの一瞬だったんだが、自分の身体のどこかに“何か”を入れようとしていたんだ。それで、俺は咄嗟に声もかけようとして腕を掴んだんだ」

「なるほど。ということは、万引きを疑った……と?」


確かめるような口調で本町は言うと、「冗談じゃない!!」静香は机を叩いた。隣の卓也はまた顔をしかめた。

「なんで私が万引きなんてするの!? そもそも、なんでこいつは私の事を見ていたの!? なんでこの私が本を盗まなきゃいけないのよ!! この変態!!」

静香が喚き散らかす。しかし、そのことを無視し、本町は視線を下にして顎を撫でていた。


──入り口前には防犯カメラがあるから……。


本町はズボンのポケットから携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。



「残念ながら、万引きは確認できませんでした」

慇懃に本町は言うと、静香は「ほら見なさい!」とまた叫び出す。


「あなたの見間違いなんじゃないの? そもそも、なんでこの私が万引きをする必要があるわけ? ふざけんな……」

「ほつれてますよ」

本町が静香の大声に被せて言う。彼女はぼんやりとした顔つきになって「へ?」と首を捻った。頬が今まで興奮していたせいか、赤く染まっていた。


「あ、ああ……」静香は落ち着いて椅子に座り、ほつれていたカーディガンのボタンを見る。彼女が来ていた白色のカーティガンは春の訪れを予想させるものだったが、本町はどこかそのカーティガンに違和感を覚えて首を捻っていた。

「……どうかしました?」

本町の異変に気がつき、卓也が声をかける。


すると、本町は椅子から離れて静香の傍に歩み寄る。

「……?」

静香は首を捻ったまま本町を見続けていると、次の瞬間、彼は彼女の身体を押さえつけた。

「いたた……!!」

抵抗を示す静香だったが、本町の力強い押さえつけでその抵抗は無力に終わっていた。


本町は静香の上半身をまさぐり、“あるもの”を探し当てる。固い物のようで、柔らかい。

「ありました」

隣の卓也は「……何が?」と状況をイマイチ掴めていないまま、呟く。本町は強引にも静香の服の中に入れ、隠されていた物を外に取り出す。


本町は彼女から離れ、また元の位置に戻る。目の前にいた静香がまるで獲物を見るかのように本町を見続けていた。彼の右手には文庫本があり、それを彼らの目の前におく。


「あなたの言うとおり、この女性は万引き犯でした」

本町は目の前に置いた文庫本を見ながら呟いた。



「な……なんで分かったのよ」

静香は蚊の鳴くような声で呟く。

「あなたは確か、“万引き”を疑われた時に激昂しましたよね?」確認するような口調で本町は言うと、「ええ」と静香は苛立ちを込めて乱暴に放った。


「“万引き”と疑われ、あなたは激昂した。そして、あなたは“本”を盗むわけがないと」

「ええ。それが何か?」苛立ちを込めた静香の言葉は、明らかに敵意が含まれていた。

「卓也さんは身体のどこかに隠したところを目撃した際、本とは言っていないはず。それなのに、どうしてあなたは“本”と言い切れたのでしょう……?」


目をスッと細めて本町は女性を見つめる。逡巡を示した静香は目線を彷徨わせる。

数秒が経過すると、静かな間合いに彼女が溜息をついて言葉を放った。

「すいません。万引きをしました」


頭を深々と下げると、本町は「どうしてそんなことを?」と首を傾げた。

「私……あんまりお金がなくて。今の今まで非正規でどこか雇って貰えてはいたんですけど、先週解雇されてしまって。それで、職探しでこの街に出ていて、丁度この本屋があったからたまたま寄ってみたんです。そうしたら、ここに今まで欲しかった文庫本があって……。でも、でも自分の財布を見ても全然それを買うお金が足りなくて……」

辿々しく自ら話していく姿を、本町は優しい目つきで見続ける。


「それで……万引きをしてしまったと」

静香は弱々しく頷いた。その様子を見た本町は「うーん……」と腕を組んだ。

「私は……警察に連れて行かれるのでしょうか」

懇願するような目つきで本町を見る。本町の黒縁の眼鏡が光った。


「いいえ」本町は首を振った。「確か、あなたは先週解雇されてしまった身なのですよね?」

「え、ええ……」戸惑いつつも彼女は頷く。

「それでしたら、うちで働いて、その本を購入することをおすすめします」

「え?」


突拍子もないことに静香は驚く。隣の卓也も少し目を見開いた。

「良いですか……? ここで働いても……?」

「ええ。構いません」

優しく本町は頷くと、静香は慌てて椅子から立ち上がって「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げた。その勢いで、彼女は椅子に額をぶつけた。


数秒経過して彼女が頭を上げた後、「いつからですか」と本町に訊く。

「では……明日からでも、大丈夫ですか?」

「え、ええ……はい! よろしくお願いします!!」

元気よく声を出し、かつ頭をまた勢いよく下げる。またもや彼女の額に椅子がぶつかった。


「それではまた」本町が呟く。

「はい。ではまた明日」

女性が嬉々として部屋を出て行く。その姿を見た卓也は「……ったく」とホッと溜息をついた。


「また従業員を増やしても良いんですか? 本町店長」

「嫌だなぁ~……。店長だなんて」照れながら本町が言う。

「いやもう今は店長だろ? 俺はもう店長の座から退いたし」

おどけながら卓也は言う。その姿を見ながら、本町は机に置いてあった文庫本を手に取り立ち上がった。


「そう言えば」卓也が部屋から出る本町を止める。

「一つ訊いていなかったことがあるんだけど、良いかな?」

「なんです? 今は仕事中だから手短に」

「わかったわかった。ったく……生真面目なヤツだからよ……」


鳥の巣のような頭をカリカリと卓也は掻く。

「お前、どうしてリストラされた人たちを再雇用してるんだ?」


そう質問され、本町は「それは……」と一度言葉を切り、息を吸った。

「自分の両親を殺した犯人に繋がる手掛かりを、見つける為だよ」


と言い、彼は小部屋から立ち去った。その姿を卓也は目を細めていた。

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街の本屋で働く元探偵さん。【短編版】 青冬夏 @lgm_manalar_writer

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