6話:椎那紅里

「煌星、今日だっけ?」

「そうなんだよ、とりあえず⋯⋯携帯と仮の住所とステータスカードの発行、まだまだやる事が山積みだ」


 それから何事もなく一週間が過ぎた。

 さすがにそんなすぐ動けることはなく、暫くはダラダラと過ごした。

 まぁと言っても全部がダラダラしていたわけではない。


 主にやっていたのは、ストアで再度生成した黄金さんを売っぱらう事だった。

 売ったらすぐに前回同様、『神星仙帝』というハンドルネームの人がまた5億コインで買った。

 

 俺は高く売れるから問題ないのだが、流石に申し訳なくなって連絡しようとしたが、先に送ろうと言わんばかりに『問題はないから他所に売らないでくれ』とだけ言われてしまった。


 俺としては他とは明らかに提示する額が違うので、まぁいいかと納得する。


 そんな感じでダラダラとニート生活を過ごしていたが、今日は流石に働かなくてはならない。

 というのも一昨日、希望していた名前で五香さんから戸籍を用意することができたと連絡が来たからだ。

 

 かなり極秘に作ってもらったので、知っている人はほとんどいないらしい。

 本当かな?と思いつつも、五香さんが言うならそうなんだろう。

 

 というか簡単に戸籍が用意出来るって──五香さんってやっぱやベェ人だよな。

 ⋯⋯良い縁に恵まれた。


 そんな訳で今日はやることがいっぱい。

 今日のやることはコチラ!


 ・携帯の用意

 ・仮の家の用意

 ・新しい日用品の用意

 ・全てが終わり次第、五香さんの所でステータスカードの用意


 保険証や個人番号などの手続きは冒険者ライセンスがあれば問題ないので、そのへんの手続きは問題ない。

 最後に五香さんの所へと向かって、今日はやる事おしまい。


 流れは9時の開店に合わせて携帯を契約、そしてその後前日から決めていた不動産屋に向かって話を終える。ここら辺で14時くらい。

 そんで30分くらいタクシーで走って、ショッピングモールで友梨さんと合流したのち、ラブラブ買い物デートでございます。


 まぁ第三者からみればただの友達と服を買いに来たようにしか見えないんだけどね。

 だって俺スキルで完全に性転換するから。


「あ、煌星?」

「ん?」


 出ようとドアノブに手を掛けた時、友梨さんから声を掛けられる。


「外では何て呼べばいいんだっけ?」

「あぁ、椎那紅里しいなあかり。」

「紅里ね、おっけー!」

「よろしく!」


 キメ顔をして出ていこうとした俺だったが、すぐに友梨さんが笑って手を引く。


「どうしたの?」

「いや、なんで煌星くんのままで外出ようとしてるの?」


 ⋯⋯あ。






 携帯、それから仮住まいの契約が終わったー!

 暫くは慣れそうにないなー。この一人称と歩き方と男の視線が。


 今はタクシーでショッピングモールに向かっている最中。

 

 というかマジで聞いてほしいんだけど、美人って人生楽そうだなーとか思ってた口なのね俺。

 だけどそんな事なかったわ。


 まぁ確かに?

 レベルとかはあると思うわけよ。美人にもね?

 馬鹿にしてるとかではなくて、シンプルにクラスで一番可愛い子、そんでその学年で一番の子、その学校で一番の子みたいな感じ。


 ざっくり変わった自分の身体について話すと、身長は多分160はあると思う。

 細かいところはこれから測る予定だけど、胸は多分⋯⋯下が見えないから相当デカイと思う。


 マジ巨乳最高〜とか、男でいる時はかなり良かったが、実際持ってる側に回るとめっちゃ重い!

 なんやこの重さ、しんどいんだが?

 女性は大変なんやなぁ〜⋯⋯家を出る前に速攻で思ったんだが。


 友梨さんが貸してくれた下着や服で外に出たはいいんだが、男共の視線がずっと終わらない。

 なんなら携帯ショップに入るまでに3回は声掛けられた。

 ⋯⋯断るのしんどかった。


 美人も大変なんだなぁとまだまだ言いたいことは大量なんだが──もう着いちまった。


「はい、キリよく4000円」

「ありがとうございます」


 降りてそのまま近くのショッピングモールに到着。俺は待ち合わせ場所であるスタービックスの前へ移動し、紅里用のスマホを立ち上げて初期設定を行いながら時間潰す。


 こっちの連絡先とか作らないとなー。


 ポチポチやっていると、俺の近くで足が止まる影が見えたので見上げる。


「お、友梨さん」

「足を閉じる!」


 パチン!と俺の組んでいる足を強制的に閉じる友梨さん。


「痛ったー!」

「いくらスキニーとはいえ、女の子なんだから外で変に足組まないの!」


 あ、そうだった。俺今女の子やった。


「さっきから男共がチラチラ目を光らせてたの気付かなかったの?」


 そう小声で耳打ちしてきて初めて変な目線に気が付いた。


「あ、ありがとう⋯⋯」

「はぁ、もう、分かったら買いにいくよ!」


 まるで女同士みたいに俺の手を引っ張ってショッピングモールへと入っていく。


 入ったら友梨さんの目つきは更に悪化。

 

「よし!お金はあるんだよね?」

「あ、はい、あります」

「今は友達なんだから別にタメ口でもいいでしょ?」

「あ、うん⋯⋯!」

「顔が違うだけでこんなに可愛いく見えるなんて⋯⋯そのスキル私も欲しいんだけど」


 そう耳打ちする友梨さん。

 俺は思わずドキッとしながらも話題をかわす。


「どうせ友梨さんが使ったら男になりますけどね」

「ふふ、だね!」


 そっからはまさに戦場だった。


「はい!紅里!」

「うん!」

「次はこっち!」

「はい!」

「はいじゃない、うん!」

「⋯⋯は⋯⋯うん!」

「靴!」

「うん!」

「違うバリエーション1式揃えるよ!こっち!」


 あー目が回る。

 女の買い物ってこんな多いのぉ!?

 上下だけで何着買うつもりだー!?


「次はアクセサリー! 中にブランド物の店舗が一つあったからそっち行くよ!」

「⋯⋯っ、うん!」


 ──誰か、助けて。まぁ俺が始めた事なんだけど。



「先輩〜、もう限界です⋯⋯」

「紅里? 何を言ってるの? 冒険者用と私生活用、それからブラと部屋着まで買う必要があるのよ?」

「そんなにいる?」

「当たり前じゃない! 今日は二人で持ち帰れるからまだいいけど、本当は化粧品や小物系だって買わなきゃならないんだから⋯⋯まだまだよ?」


 ⋯⋯俺、女に生まれなくてよかった。

 そう思いながら、その後も数時間を戦った。

 




「それでそんな表情をしているのかい?紅里さん」

「はい、そうなんです」


 みっともなくギルド長室のソファにだらしなく寄り掛かって天井を見上げる俺。

 チラッと目を向けると、自分の体勢がよろしくないのか⋯⋯鈴木さんが視線を逸らしている。


「紅里さん、お腹が見えそうですよ」

「あ、ごめんなさい」


 今は女の子の状態だから気を付けないと。


「それじゃ、紅里さん」

「はい」

「これが冒険者証とライセンスね。今から鈴木のところでステータスカードを新規で刷ったんで、それで通してもらう形になるんだけど、多分変わらないよね?」

「⋯⋯おそらくは」


 スキル説明にも特に性別が変わったからといって変化するとは書かれていなかった。


「とりあえず通しておいで」

「了解です」


 ステータスカードの儀を終える。

 結果は別に変わりはなく、ただ名前が変わっただけのステータスカードが生まれただけ。

 

 まぁ、これで⋯⋯完全に2つの戸籍で活動する事が出来る。


 一つは平凡な大学生新参冒険者&ユニークダンジョン帰還者。

 そしてもう一つは、これから多分世界中で話題になるクールビューティー謎のお姉さん冒険者──椎那紅里ちゃんだ!


「それじゃ⋯⋯紅里さん、詳しい取引をしようか」

「ええ」


 向き合う俺と五香さんは、お互いこれから訪れる嵐の未来を予想し、にやけながら会話を始めたのだった。

 

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