36話:デート

 なんやコレ⋯⋯とんでもなさすぎだろ⋯⋯

 15億⋯⋯これがあの金の本物の価値か。


「うわ〜凄い、本当に笑っちゃうくらい値上がりましたね」

「そうっすね⋯⋯まさか15までいくなんて」


 そりゃ一億も納得だわ。


「ん?」


 俺のスマホが点滅している。

 見ると、ギルド長からだ。


「どうしたんですか?」

「ギルド長からです、予想していたよりもだいぶ多い額だったからもう少し振り込むという連絡でした」

「ええっ? 良かったじゃない!」


 三神さんは自分の事のように喜びを見せてしまうもんだから、俺も思わず三神さんの可愛さにやられそうになった。

 危ない。


「み、三神さん、明日⋯⋯なんか美味しい物でもたっ、食べませんか!?」


 駄目だ。美女の前だと俺もただのくそしょうもない事しか喋れない陰キャみたいにオドオドしてしまう。

 ⋯⋯最悪。


「んー? でも、この時期に外に出るのは⋯⋯」

「こうして三神さんが色々助けてくださってくれているおかげで上手く行ったので、三神さんに何かお礼がしたいなぁって⋯⋯」

「あぁっ、可愛い〜! 女をデートに誘ったことないの?」


 ありませんよ。ずっと家でゲームばかりしてた引きこもり人間ですからね。

 あらやだ。三神さんが笑いながら近付いてくるじゃないの。


「煌星くんがそこまで言うなら、お願いしちゃおうかなー!」

 

 本心ではきっと、外食の一つくらいでもしたかったのだろう。話す口調の節々から嬉しそうなのが伝わってくる。


「お、お店選びが苦手なので、三神さんが食べたいところに行きたいと思っているんですが⋯⋯」

「え? 本当?じゃああそこ行きたい!」


 いつもの三神さんとは違って、なんか素の状態に近付いたようで俺はなんか嬉しい気持ちになった。



***



「らっしゃい!! 2名様で?」

「はい」

「あいよ〜! 2名様入ります!」


 ⋯⋯うん。

 てっきり俺は、昼はどっか高そうな買い物街みたいな所に行って、夜は高級ディナーなのかな?って何処かで思ってたよ?

 

 昼は一緒に海沿いの景色の良い場所で一緒にかき氷を食べながら仕事の話なんてそっちのけで楽しみ、午後はひたすら俺に関する冒険者用具の下見や俺に必要なモノなどを見繕ってくれた。


 自分が思っていたようなデートって感じではなかったけど、凄く楽しい。途中、しっかり三神さんに似合うような小物入れバッグを買ったりもしたけど、ほとんど自分ばっかり楽しませてもらう形になってしまった。


 そして現在。

 

「三神さんこういうところ来た事あります?」

「しっかり一回⋯⋯来てみたかったの!」

「じゃあ⋯⋯ネギチャーシューと、ゆんゆんラーメンのトッピングのりと味玉、硬さはゆんゆんが普通でもう一個が湯気通しで」

「あいよ!」


 店員さんが厨房へ向かうと、三神さんが目をぱちくりさせながら俺を見てきた。


「凄いね、呪文みたい」

「あー、そうですよね。慣れない内は分からないかもですね」


 家系ラーメンは聞き慣れないとただの魔法詠唱に聞こえるとはよく言ったものだな。


「まさかラーメンが食べたいなんて言うと思いませんでしたよ」

「えー? だって、男の人と一緒じゃないと変じゃない?」

「まぁ確かに一人で来ている人はいないかもですけど」


 見た事はないが、居てほしいという気持ちはあったりするがな。


「そういえば煌星さん」

「ん? どうしました?」

「冒険者としては、結局のところ、どこまでやるつもりだったんですか?」


 そう言うと三神さんが顔を近付けてくる。

 だいぶ恥ずかしいのだが、外だからかギリギリのところで踏ん張って動じないフリをしてみせる。


「ほら、極真空手のレベルもありますし」


 あぁ、だから小声だったのか。


「まぁ、俺は程々にやっていこうなんて思ってますよ」

「そうなんですか? それだけあれば、かなり活躍して稼げそうですけど⋯⋯」


 まぁ実際そうなのだろうと俺は会話をしていて感じていた。三神さんが話してくれる内容は、初心者や中級者の冒険者達ですら、いとも簡単に死んでしまって、帰ってくる冒険者が少なくなっているということを聞いていたからだ。


「私がいつも思うのは、本当に強く、長く活動できる人たちほど⋯⋯消極的かつ、判断能力が高い人たちで、逆に死亡してしまう人たちは全くの逆。力を得て、挑んで。そして帰らぬ人となってその人の家族たちの泣き叫ぶ声が聞こえてくるんです。

 私はそんな彼らの家族の泣き叫んている声を何回も聞いてきました」


 まぁそうだよ⋯⋯な。

 冒険者なんて聞こえはいいが、結局は弱かったり社会性から極端に外れている奴らは一瞬で弾かれるし、同調圧力で即死もあり得る。

 だがそれも──力が無かったらの話だが。


「そうですね。では、三神さんは俺に、冒険者をやって欲しそうな言い方をされたんですか?」


 嫌味ではない。

 単純に三神さんの気持ちが知りたかった。


「いえ! 実力があって、しっかり判断される所を見ると、私としてもギルドで話したりが出来るので嬉しいなと」

「じゃあ⋯⋯何も用事がなくても行きますよ。ここ数日でもう、随分と仲良くなれましたし」


 ぎこちないがしっかりとスマイルを三神さんに向ける。

 若干嬉しそうにしてたという事に自分の中ではそうしておく。


「そ、そうしてくださると⋯⋯嬉しい、というか」

「どうせ三神さん⋯⋯ラーメンがまた食べたくなって俺を出汁にしようとしてません?」

「ちっ、ちがいます!!」

「ぷっ⋯⋯!」


 誘うところまではかなりガチガチだったけど、今ではかなりラフに冗談も言えるようになった。

 ⋯⋯何事も経験が大事なんだと思い知らされる。


「ありがとうございました!」


 それから割とすぐにラーメン屋から出て、俺と三神さんは買い物をしてから家に帰る。

 ついでに俺は一気に金持ちになったので、必要な物は俺のカードから全て支払った。


「イイですね」

「何がですか?」


 家の近くを歩いている時、三神さんが唐突に夜空を見上げながらそう言った。


「こうして誰かと一緒に楽しく過ごして、家に帰るっていうか⋯⋯社会人になってからこうして家に帰るのが楽しみになったことがなかったので、凄く嬉しいです」


 ⋯⋯そっか、そうだよな。

 俺も本来目の前にいる三神さんのような立場になっていたんだ。ブラックで金払いも悪いような所で、一生退屈にまみれた人生を過ごす予定だったのが、まさかこんな美女を横に買い物をして家に帰るなんて思わなかったな。


「俺が幸せにします」

「⋯⋯え?」

「もしこの期間が終わったとしても、三神さん、いつでも連絡してください。またラーメンを食べて、一緒に家でゲームして、動画を見ましょう。俺は大歓迎です」


 自分に一人の人を幸せに出来るなんて慢心しない。

 だけど、これくらいなら俺にもできる。


「⋯⋯煌星さん」

「──ちょっと、にんにく臭いですね。あはは、帰りますかっ!」

「そ、そうですね!」


 俺と三神さんの小さい出来事から始まった生活。

 もうすぐ一週間になるが、まだまだ続く事になるとは、この時まだ全く予想も付かなかった。



 **


 煌星と三神が楽しげな家に入ったのを、一人の女性が隠れた所から双眼鏡で確認している。


「こちらカメラA地点、神がご自宅に帰られました」

『ご苦労、今後も見張りを頼む』


 ジジ。

 無線機の電源を落とす。


「神はこんなところで何をしているのだか」


 暗闇に隠れる女性は一言、そう言って暗闇から家を見張り続けるのだった。

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