☆:椎蘭志遠〈2〉

「ここか」


 かなりの都心部からかなり離れた山の麓にある一際目立つファンタジーな建造物。

 

 まるで中世のようなお城のだが、外観は何処か国会議事堂みたいな部分がいくつかあった。

 中には星理教のシンボルなのか、宇宙と調和みたいなマークをしている旗がそこら中に立っていて、悪徳企業の総本山に来た気分に僕はなっていた。


「ギルド長」

「あぁ、ありがとう。ひとまずどれくらい掛かるかもわからないから、また連絡するよ」

「しかしそれでは、何かあった時に我々が対処できないのでは?」

「まぁそうだが、最悪ワープ石で緊急脱出するよ」

「かしこまりました、ご武運を」


 車のパワーウインドウが上がり、その場から消えていった。


「ここか」


 あれから数日。

 実家に帰ってお袋が読んでいた本を探しに行ったのだが、その本はもう無いと言われてしまい、仕方なくアポを取った。


 ──結果はあっさり予約を取れた。

 まぁそれは問題ないのだが。


「はぁ⋯⋯」


 どうもアイツが言い淀んでいたのを考えると、全く腑に落ちない。


 あの伝説とまで言われた⋯⋯谷英樹ともあろう男が、こんなちんけな宗教にビビるなんて。

 

 いや。

 そう思いたいのは山々だが、そうもいかないだろう。

 相手は国や世界のやばい奴ら⋯⋯か。


「行ってみようか」


 国会議事堂のような外観を目にしながら中へと入っていく。


「ようこそ、星理教へ」

「本日の13時過ぎからアポを取らせてもらっている五香と申します」


 名刺を渡すと、受付の方は丁寧に受け取って電話を掛けている。


「はい、ではこちらへどうぞ」


 そこから案内されて辿り着いたのは、幹部たちが会議しているような長方形型の一室だった。

 

 へぇ、あれが星理教の幹部なのかな?


 僕の目に映るのは、男女それぞれ1名ずつ。

 男の方は、どっかの谷と違って正反対。

  

 綺麗に整えられた長髪。

 両耳には黄金のピアスが付いている美青年っていうところだ。

 

 正直一言で言って、なぜこんな所にいるんだろうかと言うような男だった。

 風貌からすれば、S級冒険者と同等か、もしかしたらそれ以上の圧を放つ⋯⋯紅茶を飲むのが趣味というような言葉が似合う青年。


 続いて女の方は、宗教の幹部らしい風貌をしている。

 黒髪でかつロングヘアー。

 星理教で着ている標準服のような純白のワンピースを着ていて、笑顔が爽やかで不快な要素を与えない美しい女性だ。


 二人共控えめに言って──隙がなさすぎて逆に圧迫感を感じてしまう。


 先に挨拶を切り出したのは、青年の方からだった。


「本日は星理教にお越し頂きありがとうございます」

「初めまして。あまり有名ではありませんが八王子──」

「元S級冒険者、五香史郎様ですよね?」

「あ、ご存知でしたか」

「勿論です。S級冒険者を知らない方なんて、この時代では少ないのでは?」

「仰る通りですね、いつ襲われるかもわからない世界になりましたからね」


 実際現在の世界では、前時代的な方向へとなってきているのは事実であり、僕自身もその時代に適応した結果──今の立場を得ている。

 僕が子供の時はまだ、本当に戦争と間違うほどの争いが頻発していて、日本もいつ巻き込まれるか分からないほどの世界情勢となっていた。

 

 それからに比べれば⋯⋯だいぶマシにはなったが、今も安心をしていられるほどの──治安レベルではない。


「まぁ権力が一点集中しないところで言えば、良いのでは?」

「そうでしょうか? 弱肉強食の世界では、困る人の方が多くて格差は広がるばかりでは?」

「⋯⋯否定はしません」


 あまり宗教団体を刺激しては──後が怖い。


「そう言えば五香さんは、私達のような田舎のマイナー宗教団体の所まで来てまで知りたいことがあるのだとか?」

 

 ⋯⋯来た!


「はい、少々確認したい事がありまして」

「答えられる範囲であれば、いくらでもお答えします。と、その前に⋯⋯」


 二人が立ち上がって僕の目の前に名刺をスッと置いた。


「男の私が朝光柊吾、こちらは比留間朱里と言います。私達二人は、幹部の中でも一応立場があると思っていただいて結構です」


 いきなりそんな立場ある奴らが目の前に出てくるなんて⋯⋯どういう事だ?


「まさか一介のギルドマスターの自分に直々に対応して頂けるなんて」

「いえいえ。私達は⋯⋯ただの田舎で過ごすインチキ宗教団体の幹部ですから」


 優しい口調で言ってるが、とんでもない攻撃性がこもり過ぎだ。


「インチキだなんて──」

「でも五香冒険者はインチキだと思っているでしょう?」

「⋯⋯い、いえまさか」


 こちらを見る朝光の瞳は──全てを見透かしているような独特な両目をしていて、思わずゾクッとするほど奇妙だった。


「嘘をつく必要はありません。実際、そう思って紹介される方もかなりいらっしゃるので、そこまで隠す必要はありませんよ」

「そうなのですね、ですがさすがにそこまでは思っていないですよ」


 早くこの話題から変えないと。


「本題⋯⋯というか、聞きたいことがありまして」

「そういえばそう仰っていましたね。どんな事でしょう?」

「まず、個人的な興味がありまして⋯⋯ここでの聖書といいますか、教典のようなものがあれば是非一冊頂けないと思いまして。購入する必要があれば勿論費用は出します」

「あぁ、そんな事でしたら無料で差し上げますよ。私達は来る者を選んだりしませんから」


 朝光が指を少しクイッと曲げると、背後にいた信徒が顔を近付けた。

 少しした後、僕の目の前に本が一冊スッと置かれる。


「私達星理教でまず読んでもらう星典というものです。漢字だけ少し違いますが、聖典とあまり意味合いは変わりません。

 分かりやすいように全部で10章ある話を物語にして分かりやすくしたものです。そしてその前に、この星理教での掲げる事や崇める星の神についての説明があります。

 今お読みになっても長過ぎて難しいと思いますので⋯⋯後で読んでみてください」

「ありがとうございます」


 笑顔で説明する朝光にお礼を言ってマジックバックの中に星典をしまい、次の話へ。


「そして2つ目です」

「はい、どうぞ」

「黄河煌星という大学生をご存知ですか?」


 こういうのは回りくどい事をしても意味を成さない。

 ほんの一瞬、コンマ数秒の反応が全てだ。


「なんの事を言っているか──私共に分かりません」


 私の固有スキルの一つに──《真実の目》というスキルがある。一言で言えば、嘘をついているかついていないかを見極める事ができる能力だ。

 黄河くんは嘘と本当の事を交互に喋っていたから、何かしらを隠してはいるんだろうけど、あまり正確なことは未だにあまり分かってはいない。


「そうですか」


 僕のスキルに反応はない。

 それは女性に聞いても、男に聞いても。

 だが──。


 自分の長年の勘が言っている。

 "コイツらは何か知っているって"。


 笑顔でこちらの問いには答えてはいるが、実際のところどうだか。

 ⋯⋯ありえないかも知れない。

 だけど、スキルを弾く何かがあるとすれば⋯⋯コイツらの態度も納得だ。


「黄河⋯⋯煌星さんですか。そのお方は⋯⋯」


 朝光がそこまで言いかけたところで、スマホの着信音が響いた。


「少し失礼します」

「どうぞ」

「私だ。⋯⋯何? バレた? "新山"、何をしている」


 ⋯⋯なんの話だ?

 あの爽やか笑顔を振りまく青年があんな焦りを見せるなんて。


 新山という名字の意味を知るのは、この訪問から1週間後のことだった。


「なら早く次のプランへ移れ、一刻も早く""穏健派""を止めろ。私達の神はまだ全てを知らない」


 ⋯⋯そもそもこの会話、僕が聞いてもいいのだろうか?


 ピッ、と会話が終わる。


「すみません、ちょっと立て込みましてね」

「問題ありません」


 すぐに崩れた表情を戻す朝光。


「黄河煌星さんというお方のお話でしたね」

「はい、一応念の為です。彼は私達ギルドに属しています。これは一応──私なりの警告のつもりです」

  

 朝光の唇が微かに震えていた。

 それは怒りなのか、何なのかはわからない。

 しかし今まで会話してきて中で、唯一表情が崩れた瞬間だった。


「今後もし何かあれば、黄河くんは私達ギルドがバックに付いていることを忘れないでください⋯⋯と、言いに来たのです。ここで私を殺すなり、何かをしたところで、事前に私は部下にファイルと音声データを残してここに来ています。あなた方は、私を少なくとも今は殺せない」


 とりあえずのやりたい事は出来た。


「宗教は良いものだと僕は思います。しかし、それを利用して誘拐や拉致、ましてや──権力に手を伸ばすなど、宗教として程度が知れます。少なくとも僕は、そう思います」


 立ち上がって扉まで歩いて手を掛ける。


「黄河くん、あなた達が何かを知っていることは今僕が感じました。だからこそ今の発言をしました。失礼は重々だとは思っています。だからこそ──好き勝手される前に、彼を守るのがギルドマスターの私の役割であり、本来の業務です」


そう言って僕は、星理教を後にした。

 外までの帰り道は信徒の人が付いてきてくれて、ついでに中の施設を巡った。


 中は普通の宗教施設。

 だけど普通の施設よりは確実に金がかかっている事は分かるし、信徒の身なりや振る舞いから高貴な人間も混ざっていることが容易にわかった。


「もしもし、近くにいる? なら、車出してよ」



***



「ギルド長、着きましたよ」

「⋯⋯そうか、ちょっと待ってね」


 そういう僕の視線の先には、星典があった。

 帰りの車内で僕は、読めるだけ読んでいる最中だ。


「星の子供⋯⋯か」


 要約すると、昔にあったある遠い星系に「失われた星」と呼ばれる星があった。

 この星には、星の子供と呼ばれる特別な存在が住んでいて、その星の子供は⋯⋯星々と話すことができ、宇宙の調和を保つ重要な役割を果たしていたらしい。


 ──しかし。


 ある日、星の子供は自分の力を試すために宇宙を旅することを決心し、失われた星を離れる事になる。

 彼が旅をする間、失われた星は徐々に輝きを失い、宇宙の調和が乱れ始めた。

 星々はたった一人の星の子供を探し、やがてその姿をみつけ彼に失われた星への帰還を何度も促す。 

 しかし星の子供は自分の旅と学びがまだ終わっていないと言って、彼はその後も多くの惑星を訪れ、様々な生命と出会い、宇宙という壮大な多様性と複雑さを学んだとここには書かれている。


 最終的に、星の子供は自分の本当の役割を理解し、失われた星へと帰還したという。

 彼の帰還とともに、失われた星は再び輝き始め、宇宙の調和が回復した⋯⋯要約するとそんな物語だ。

 

「それがどういう関係をしているのか、僕には今の所全く理解できないけど、あの宗教が黄河くんと何かしら関わりがあるのはあの反応から見ても間違いないだろう」

「ギルド長〜! もう30分は経ってますよー!」


 そろそろ降りないとな。

 とりあえず黄河くんの話を向こうに突きつけたし、しばらく問題ないね。

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