24話:五香史郎

 煌星が部屋から出て行った直後の事。

 

「失礼しますギルド長」

「はいよ」


 部屋に入ってきたのは三神。

 先程の書類と新たな山の書類を抱きかかえてやってきた三神がテーブルの上にドサッとその山を置いた。


「ギルド長」

「なんだい?」

「彼は⋯⋯どうでしたか?」


 無言で互いに見合う。

 ニコニコしている五香と違って、三神は緊張で張り裂けそうなほど瞳がグラグラ揺れている。


「うん、彼は一部秘密にしているらしい。だけどユニークかはまだ分からないけど、ダンジョンについては本当だと思う。ただ⋯⋯」

「ただ?」

「金については隠していることがあるよ、彼は」


 三神は少し遅れて五香の言葉に頷き、書類の確認を頼んだ。


「ふぅ、相変わらず書類仕事は似合わないなぁー」

「ギルド長は三年前からの就任でしたっけ?」

「うん、それまではS級の冒険者として結構有名だったんだよ? こう見えても」

「正直かなり応援してました」


 予想だにしなかった三神の言葉に五香は目をぱちくりさせた。


「うえっ? 俺のこと知ってたんだ?」

「えぇ、かつて大亜クランの幹部にまでいた方じゃないですか。私の友人が大亜ファンだったので、熱心にではなかったですが⋯⋯それなり応援していました」

「いやいやーそれでも嬉しいよ!」

「⋯⋯あの件は本当に災難でした」

「⋯⋯⋯⋯」


 三神の言葉にずっと嬉しそうに笑みを浮かべていた五香の表情がいつの間にか真顔に戻り、下を向いて黙って書類仕事を進めた。


「大丈夫、もう頭から抜けかけているから」

「地雷を踏んでしまったようで」


 これは有名な話だ。

 かつて五香史郎には婚約者がいた。

 ⋯⋯名前は児林雪乃という女性だ。

 

 五香と真反対な性格をしている人間で、寡黙で雪の降る景色に立っているのが一番似合う美しい女性だった。

 対して当時遊びに遊んでいた五香は、チャラチャラに見えていたが家庭環境のせいでそうなってしまっていた側面もあり、雪乃と関わっていく事で段々と恋に発展して⋯⋯婚約までいった。


 しかし──。


 当時幸せそうだった光景は今でも数多くの冒険者たちが語っており、誰もが結婚するかに思えたが、S級ダンジョン攻略時──その事件は起きた。


 たまたまミスをしてしまった史郎を庇った雪乃に⋯⋯ドラゴンのブレスが直撃してしまったのだ。

 体の半分だけで受けてしまったこともあり、半身不随となったが最後⋯⋯毒を持つモンスターに追い込みをかけられ、病院へついたころにはもう、その命は燃え尽きてしまっていた。


 そしてそれを機に五香史郎はクランを抜け、暫くその名は世に出回らなくなった。

 それから数年の時間が経った時、ギルド長としてこの冒険者の世界に姿を現した。


「もう整理はついているから問題ないよ」

「ならいいんですが。昔チャラついていた人がそんな一途に変わるものなんですね」

「⋯⋯色々あるんだよ、人には」

「ですね」


 進めていた作業を終え、続いての問題。


「はぁ⋯⋯」


 五香は金のナイフを手に取りながら三神に見せつける。


「よく⋯⋯それ持てますね。重すぎて腕がとれるかと思いましたよ」

「うん、僕はステータス的にパワータイプだから割と平気だけど、あの子はなんであんな平然としていたんだろうねぇ?」


 うーん。重量的には冒険者をやっていればまぁ耐えれるとは思うんだけど⋯⋯それでもあんなひらひら手首を軽く振ったり、振り回すなんて以ての外。


「あの子の素性は割れてるの?」

「はい、むしろすんなり出て来てこちらが驚いてるくらいです」

「ちょっと読み上げて」


 五香の指示を受けた三神は一通り読み上げる。


 出身、経歴、その他全てを一つずつ読み上げていく。


「一応これが経歴です」

「⋯⋯⋯⋯」


 三神の説明を頬杖をつきながら黙って聞く五香。

 そのまま暫く無言で何かを考えながら2分。


「やっぱり変だ」

「変⋯⋯ですか? おかしい所は無かったと思いますが」

「今ね、少し調べてみたけど、例えばこの極真空手をやってたって所、出場記録は勿論、彼の名前が何処にも載ってないよ」


 五香の指摘を受けた三神はすぐさま調べてみる。


「ほ、本当ですね」

「それに施設育ちも変だ。名前なんてどこにもないよ?

しかも、彼、中学、高校に行ってるっていう経歴は確かにあるんだけど、彼の代の卒業写真に彼はどこにも見当たらないよ? なにこれ? 調べれば調べるほど怖いんだけど。
















まるで何もない中に存在している人みたいで鳥肌がすごいんだけど。ナニコレ気持ち悪い」


 五香の言う通り再度細部まで調べた三神は五香と同じような印象を持った。

 何を調べても黄河煌星という名前と顔が出てくる事はなく、遂には大学の名前ですら⋯⋯黄河煌星という名前ではなく、『椎蘭志遠しいらしおん』という意味不明な名前で入学していた。


 まるで何者かが手を加えたのか、存在はあるのに、本人と存在がまるで別物みたいに分かれている事に三神は五香と同じく気持ち悪さを覚えた。


「ちょっとこの件はだいぶ保留しようか。意味がわからない。後、情報屋のアイツに煌星くんの依頼をして欲しい。勿論⋯⋯この椎蘭志遠という謎の名前も」

「了解しました」

「ちょっと頭パンクしちゃうから、甘い物でも食べに行く?」

「奢りですか?」

「勿論」


 それから二人はスイパラで仲良く趣味の話を2時間もしていたとさ。

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