14話:何なんだこの人は

「あぁ〜全っ然金が届かない!」


 錬金術師が使用しそうな10畳程の一室。

 机には謎の書類が乱雑に置かれ、その周りにはカラのビーカーやフラスコが倒れたままの状態で散乱していた。


 そのゴミ屋敷のど真ん中で⋯⋯一人の青年がこの世の終わりかのように叫び散らかしていた。


「くそーどうしよう!」


 魔力の伝導率で一番いいのが金を使った装備だ。いつも懇意にしているアリエスさんからの依頼だから絶対に成功させたい!


「でもなぁ⋯⋯」


 ぐでんと机に死んだように顔を沈め、青年の死んだ瞳は更に光が消えていく。


「くっそー、ただでさえ金は希少価値なのに、こんなに使うなんて⋯⋯誰だよそんな風に設計した奴は」


 大体ほとんどの人たちは資産形成や非常時の為にしか金を所持していない。

 そんな金を送ってくる馬鹿どこにいるんだ⋯⋯。


「あー、アリエスさんに断りの連絡入れるかー」


 青年がスマホを取り出してタタンと入力を始めたと同時に、インターホンが鳴った。


「え?」


 誰だろうと扉を開けると、配達員の人がニコリと笑いながら箱を渡してくる。


「こちらに判子をお願いします」

「あ、はい」


 処理を終わらせ、ダンボールを受け取って部屋に戻る。


「え? ちょいちょい金は届いてはいるけど、こんな大きい箱に詰まってるって相当じゃないか?」


 もしかして、18金とかかな!? もはやそれでも嬉しいレベル! 一体どんなのが入ってるんだろう。


 ウキウキの俺は魔導具カッターですぐにダンボールを開けて中身を覗く。


「⋯⋯?」


最初の数秒は理解に苦しんだ。

入っていたのは、明らかに輝きが違う大量のコイン。

いや、少し違うかな。

⋯⋯大量の金貨だ。


「えぇ?」


 自分でも色々呆れたような声が漏れ、1枚を手に取って確かめる。


「あぁ、本物だ」


 これまでに、純金なんて水くらい触ってきたから分かる。体が『本物』だと叫んでいる。


「他のは?」


 かなり多いのは数個がも本物で、ほとんどが偽物というケース。俺は当然気になった。

 そして触り、しっかりと重量や必要事項を確認していく。


「駄目だ⋯⋯全部本物だ」


しかも怖い事に、全部24だ。

俺の頭に最初に浮かんだ言葉は──『正気か?』だ。


 自分は長い事魔力を使った加工装備を販売してもう8年。様々な金を含めた鉱物、アイテム、素材をこの目にしてきた。

 中にはこのように形状が金貨であるものから延べ棒のようなものまで見たことがある。


 しかし、どれもここまで純度が高く形状を変えた状態でここまでの硬質加減をされている状態の品?


一言で言うなら「抜かせ」⋯⋯だ。


 そもそもな話、世には沢山のサイト、機関で金を欲する者は多くいるが、俺達生産職、またはそれに関わる者たちならば一言聞けば理解できるだろう。

 金は、魔力を使った加工、物理的な加工の中でも⋯⋯最難関レベルの技術略を必要とする代物だ。


 つまるところ⋯⋯生産者で金を取り使う事が出来るというだけで、その者のレベルは高い事を意味する訳だ。


「⋯⋯⋯⋯」


 ダンボールから数枚の金貨を取り出し、顔に近付けてマジマジと俺は見つめる。


「《注視》──」


 俺が持つ、『精錬士』の力がなければ⋯⋯多くの者が後に地獄を見ることだろう。


 多くの者たちは金を使って稼ごうとするわけだが、結局のところ──失敗に終わって金だけ失うか、本番前に現実を知ってからただの資産に戻る、または、誰かに転売するかのどちらかだろう。


 俺はダンボールから取り出した金貨を専用デスクの上に並べる。


「間違いない⋯⋯」


やはり、純度100%⋯⋯正真正銘の純金で間違いない。


「はっははは」


 俺は呆れたように笑う。

こんな物──そもそも売りに出すなら、こんな所で出しちゃまずいんだけどな。


「これを送りつけたのは、よほど世間知らずか、最近冒険者になって金欲しさにとりあえず売ってみた⋯⋯かな?」


まあそれよりも。


 青年のスマホには『送金完了』というテキストウインドウが出ており、そのままスマホを近くのソファへと放り投げて表情を固くした。


「さて、これなら良い仕事が出来そうだよ。少し色を付けたんだから⋯⋯良い取引相手になってください、名も知らない冒険者さん」


 両手を金貨に翳すと形状が変わり、ドロドロ形がカメレオンのように変化していく。


「《精錬・抽出》」


その言葉の直後、目の前から一枚の金貨が消えた。


「ぷっ!」


青年の笑みが更に激しさを増した。


「ぷっははははははは!!」


 凄い。凄過ぎる。

 抽出は、必要な物だけを取り出して、それを専用インベントリに加える事ができる。 

 そして、そのインベントリに入った物を別の物と掛け合わせる事も出来るし、改良も可能だ。


 つまり、ユニークの中でも、俺の職業はトンデモ職業の一つなわけ。


「確かに100%と言ったけど、まさか全てが金だったなんて!」


 彫刻やその他の微細な物はカウントされず、砂や当時使われていたものなんかがテーブルに落ちるはずだが、この金貨は全てが必要物資。


 本当の100%を意味する。


「つまり、この抽出システムでも細かく判別出来ないモノもあるというわけか。これは世界が広がるね」


 青年はそれから魅入られたように精錬を始め、作業を進める。抽出し、精製し、錬成し、加工する。

 青年の瞳は太陽地味た笑みすら浮かべた。


 金の伝導率を活かすには⋯⋯それ相応の素材レベルというのが必要だ。

 青年の使う精錬士も万能ではあるが、全能というわけでもない。


 例えば、抽出したモノと全く同じ素材のモノを合わせて純度を上げることはできない。

 あくまで不純物から不要なものを取り除き、純物に変える。

 それも、その素材が持つ物そのものだけだ。


 レベルが上がって錬成も可能だ。

 しかしそれも素材の費用やそれ相応のレベルを求められるわけで、到底常人のレベルを遥かに逸脱した⋯⋯強いて言うなら、常識を捨て去って地道に進んだ者のみが立つことの許される領域である。


青年はそれで言うと、非常にその言葉に近い青年だった。


⋯⋯しかし、秀才であって、天才や始祖●●ではない。


 青年はそれから1週間以上も没頭し、自分が出来る最高峰の加工を施し、依頼を達したのだった。

 そして、青年は今回の送り主のハンドルネームを完全に記憶し、動向を確認し始めた。

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