城趾

秋色

〈前編〉

 僕達のシーズンに、終わりが近付いていた。


 僕達、中二の帰宅部で作った野球チームの今年度のシーズンという意味だ。試合も今シーズンあと一試合を残すだけになっていた。


 ところがそんなある日、いつも試合に使っていた空き地にロープが張られた。オモテには「立入禁止」の四文字。

 ここには、マンションが建つ事になったらしい。見回りにやって来た不動産屋のおじさんが言う。

「今までだって、ここは私有地だったんだぞ。大目に見てやってたけど。もう、すぐに工事が始まるんだから、これからは入っちゃダメだ」


「そう言わないで。あと一試合だけなんだ」


「ダメと言ったらダメだよ」


 学校のグラウンドは運動部の部活のために使われるので、正式な部活でない僕達には使わせてはもらえない。ちなみに僕達の中学には野球部はない。



 そんな時、リョウヤが提案した。「じゃ、城趾に行ってみん? あそこなら試合できる位、広いやん」


 城趾とは、町の外れにある小高い山のてっぺんの平たい場所だ。バスも通っていて、バス停の名前も「城趾前」。だから、昔、お城が建っていたのは確かなんだろう。でもそこまでは歩いて三十分以上かかる。


「え? あんなとこまで? 行ってみて、もしそこにもマンションが建ってたらどうするんだよ」


 僕は小学校低学年の頃、遠足で行って以来、そこへは行っていない。


「あそこにはマンションは建たんよ。城趾なんやけ」


 チームの中の一人は、最近もそこに行ったと言う。

「たまにペットの犬を遊ばせに、家族で行くんだ。まだ平たいままだよ。土曜や日曜は結構、人がいたりするけど、普通の日なら誰もいないから、野球だってできるよ」



 そんなわけで僕達は、中間考査の終わった九月の終わりの金曜日、昼過ぎに、野球道具を抱えて「城趾」へと向かった。


 着いてみると、確かに昔、遠足で行った時と何も変わらない。学校のグラウンドよりはるかに広く、テンションが上がる。




「あ……」思わず、声に出た。「まだあるんだ。あの建物」


 それは広い土地にある柵の向こう側の洋館。

 小三の秋の遠足で気が付いた建物だった。昔、女学校だった建物で、校長先生が外国人だったから洋館なのだと物知り顔の子が言っていた。

 幼かった僕は、初め、それが城なのかと思っていた。


 ――じゃあ城は丸ごと消えてしまったんだろうか? 跡って言うから何か残ってんじゃ? ――


 気になった僕はその洋館の周りを探検してみる事にした。カオリちゃんという同級生の女の子と一緒だった。その頃、理由あって僕は、男子でなく、クラスの少数の女子としか話したり遊んだりしてなかった。

 その理由というのは、クラスのボス的男子を怒らせてしまったから。イジメという程ではなかったけど、アイツとは付き合うな的な命令は出ていたと思う。だからやっぱりイジメかな。でも意地っ張りな僕は、自分にも悪いところはあったであろう出来事に対し、謝ったりはしなかった。平気なフリをして女子とだけ仲良くしていた。

 どうせなら自分も女の子に生まれてくれば気がラクだったのにと思った。そして、どうせ女の子ならハーフのモデルのような可愛い顔がいいなとか、ずいぶん勝手な空想を膨らませていた。後々、妹に聞くと、女子の付き合いも結構大変らしい。


 昔の女学校だったという洋館は結構広くて、周囲には石段が続いている場所、石畳の通路の跡、テニスコートの跡が残っていた。建物のガラス窓が所々、割れている。台風に何度も見舞われたのだろう。

 そのうち、体育館と思われる場所の横に着いたけど、一箇所、下側の窓が少し開いているのが見えた。下側の窓は足下の窓なのだけど、山の斜面に沿って建てられているので、実際には体育館の上の方になる。手で横に滑らすと窓は開き、中が見えた。人一人が入れる広さのスペースで、好奇心から、カオリちゃんと一緒に中へ入った。

 体育館を見下ろすスペースに出て、その高さにドキドキしながら歩いていると、出口があった。そこから陽のあたる渡り廊下に出ると、その両側の窓から野バラの茂みが見えた。カオリちゃんは、「わぁ」とうれしそうだった。

 渡り廊下を過ぎると校舎に入り、突き当りの豪華な感じのドアの前に着いた。調子づいてそのドアを開けると、そこはドアと同じ位、贅沢に作られた部屋だった。座り心地の良さそうなフカフカの椅子が堂々とした机の奥にあった。同じ椅子は部屋の片側にも二つ置かれてある。

 机は木製だけど、磨けばすぐにピカピカに輝きそうだった。ただ、長年のホコリを被っているだけで。

 奥に、童話の本やディズニーの映画でしか見た事のない暖炉というものがある。もちろん中には灰一つ残っていない。

 何分間かその情景に魅せられていたと思う。そのうち、誰かの気配を感じた気がした。振り向くと一匹のトンボがすーっと割れたガラス窓から外へと飛んでいった。

「な〜んだ。トンボかぁ」


 そう言いながら僕は、トンボが少しうらやましくなった。羽根があるから自由に外へ飛んで行ける。クラスのポス的存在に睨まれ、小さくなってる自分とは大違いだ。

 カオリちゃんは「何か不気味だから、もうここから出ようよ」と言った。

 僕達は今来た道を引き返した。



 その冒険は、すごい宝物のように感じられた。やがてクラスのボス的存在の子は、親のやっていた店がうまくいかなくなって、親戚のいる遠い地方へと引っ越していった。たまにお盆の時期に見かけたりするから、親の実家はまだこっちにあるんだと思う。でもその子の時代は終わったと言うか、それ以来僕はクラスの男子達とも普通に話すようになった。

 でも、例の冒険の話を他のクラスメートに話す事はなかった。下手に喋って、「探検しよーぜ」となるのを避けたかった。あれは人が足を踏み込んじゃいけない神聖な場所なんだという気がしたから。


 僕は遠足の後、気になって担任の若い男の先生に訊いてみた。

「遠足で行った城趾って、あれはどういうお城の跡なんですか?」


 担任の先生は、困った顔をした。

「それが先生にも、いや誰にも分からないんだよ。古くからいる先生で郷土史って、土地の歴史に詳しい先生も、この土地には古代から城が建っていた記録はどこにもないと言うんだ」


「それ、本当ですか?」


「ああ、本当だ。でも先生は思うんだけど、城っていうのはいろんな人にとって素晴らしい場所という意味で使われるだろ? 狭い場所で威張っている人もお城の殿様みたいみたいだと言われるし。

 アパートの部屋だって住んでる人にとっては、その人の城になる事もあるし。そう考えると城趾と呼んでいるのを別に不思議に思わなくていいんじゃないか?」


 僕はますますモヤモヤしてきた。

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