第4話 NTR

命でお手玉する私にとって、無作為に命を救いあげようとする医者という存在は気色が悪い。

いわばその類は私の不手際を暴こうとするからだ。


三度ほど、私はそうしてしまった。叫び声の集りに手を誤ったのだ。

もう顔も性別すらも覚えていないが、その獲物は重症で済み、生き地獄を味わっているだろう。


私はやや楽しめなくなった。行為中に次のことを考えたり、周囲への注意を強めてしまい、完全に入り込めなくなったのだ。

それでもあの生を懇願する顔を間近にすると理性も吹っ飛んで、それで三度あったわけだが。


仕留めそこなった三人はこれからもずっとそのまま仕留め損ねるままだろう。やはり私に記憶は無いからだ。

しかしてその三人にとって私の存在は片時も忘れられないことだ。ああ、気色が悪いものだ。


でももし、このようなことがあったらどうだろう。

たまたま今日の獲物がその三人のうちの一人で、あちら側が私に気づいたとしたら。

いわば熟成肉のような感じになるか、また違った絶望を味わえるのではないか。


――――だが、今、私の前にある顔は虚ろなだけだった。


私は人混みを歩き、今日を探していた。その中で私をじっと見つめるたった一人があった。その瞳に恐怖や不安もなく、まるで果てのない地平線を眺めるような。

異様な様子にすぐこの女は仕留めそこなったのだと悟った。


そしていざ、縛り付けて炙ろうとしてみれば、まったく抵抗することもなく、まるで中身がない。とは、生気がない。


「女、どういうつもりだ?」


私はあまりにつまらぬ臭いにその心境を尋ねた。

女がやや不気味すぎてもいたからだ。


「やっと殺してくださるのですね。ならばどうぞ、ずっと待ってました」


女はこの際に死を懇願した。気色が悪い。

私はすぐに女を開放し、その日常を観察することにした。

今までにあった不味いものは数えきれない、味わう前にすぐわかるくらいには経験している。ただこの女は今まででもっともその灰汁が強い。


跡をつけると、女は町の外れにある白く四角い建物に入っていった。どうやら病院のようだ。

薬の品のない異臭が鼻を塞ぐ。


ああ、こんなことしなければよかったな。

してもここで途切れるのも居心地の悪い。


私は自動ドアを跨ぎ、中へ入った。

中身は普通の病院だろう。ただ――――あの歪な視線が三つ、私を捉え、驚かされた。


どうやら私がここにいるのは正常らしい。

ならば医者に診てもらった方がよさそうだ。


私は噛みしめるようにその三つの顔を記憶する。一人は二十代ほどの男、一人は小さい女の子、そして一人は先ほどの女。

さてさて、私の足はここまで重いものだったか。


どこにでもいるような看護師が私を呼び、部屋へ入る。

そこに座る医者は若い男だ、ただ私の顔を見るとすぐに周りの看護師を下げたところ、どうやら私が何者か理解したようだ。


「度々、そういった方は来られますが、もう最初から年月がかなり経っています。ましてやこちらも隠していたわけではないので、驚きました」

「ただ診てほしいだけかもしれないだろう?」

「それならば、あなたは病院を間違えていることになりますが、耳鼻科はやっておりませんので」


話をしに来たわけではない。とはいえいくつか疑問がある。

私と同じ類がここにトドメを刺しにたびたび来ているような医者の言い方、その割には焦りはなく淡々と、私を捕らえるつもりもない。なんならむしろこの医者――――、


「そうだね、君の所業は聞いている。ずいぶんと乱暴のようだ。どうだい、見学していくかい? 今から手術があるのだ」

「……いいだろう」


医者はそうして私を手術室に入れた。室内にはまた看護師はなく、私と二人だけ。いや、麻酔に寝ている少年が一人あった。


医者は慣れた手つきで脳を開き、仕事をこなしている。

だいたい二時間、手術は終わり、医者はメスを置いた。とても退屈だった。


「どうだ、こういったものは」

「私もそういうのは一度やったことがあるが、さすがにここまでは綺麗にいかなかった、とはいえあまりにも不味かったからそれきりだ」

「やはり乱暴のようだ、二度三度から、だんだんと分かってきて楽しめるというのに。楽器と同じようなものだよ」


「……その心電図を音に変換するつもりか?」

「はは、そこまでは思いつかなかった」


私はよく声色を楽しむが、この男は少し違うらしい。心電図に映る波形で楽しむ、いや、嗜んでいるようだ。

とは、こちらからすれば音か視覚化の違いでしかない。やはりこの医者――――こちら側だ。


「この少年はね、連続強姦殺人の被害者なんです。犯人はなぜか、捕まっていませんでした。自分の足音にフラッシュバックする程、恐怖を抱えた少年は、私の所へ来て治療を求めましたが、それがいま、完了したところです。医学は素晴らしいですね」


「やはり気色が悪い」

「そうですか、ええ、そうでしょう、ではどうですか、明日は貴方の損なった男の子の手術ですが、やってみます?」


どこか嬉しそうに誘う男の様子、そのようなところがだ。

こちらとしては美しさなど求めない、不快感だ、私の知らないところで他の快楽に染められるのは気に食わない。それは私の獲物だったはずだ。


「ああ、いいですね。その上面。所業の雑さが滲み出ている。いいですか、損なったのは君であり、探したのも君です。でもどうでしょうかね、本当のところは自分で断ちたかったのでしょう、ただ見てくださいよ、彼の顔を。これが医者なんですよ」


「そうか、そういうことか」


「ええ、そうですよ。君は乱暴に自分の発散のための殺人、しかし私は彼らの救済のための治療。治療とは望んだ状態にすること、心電図も最なる安楽の道ほどです」


相容れない。別に道理や信条などどうでもいい。そして私の獲物が安楽になろうとも。

ただあるのは、そう、この男の顔にはこう描いてあるのだ、


「私の類の仕留め損ないをわざわざ集め、死を懇願させてから殺す快楽。いわば、私を出汁にしている、私を下拵えに利用している」


「何を言う、そこに患者がいるから医者はいるのですよ、ははは、それに言ったでしょう、明日は貴方がやられてみますかと」


ああ、どこまでも相容れないようだ。

いいだろう。今、いいことを思いついた。


「では私はここの場所を覚えておくことにする。勝手にやればいい」

「はは――――メスを持って、何を?」


ギョッとする男に構わず、私はメスを握りしめ、待合室に向かい。

そして――――奴の冷蔵庫を空にしてやった。


それにて外に出たときに香りは実にいいものだった。腐り物は無くなった。

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殺人日記 ラッセルリッツ・リツ @ritu7869

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