殺人日記
ラッセルリッツ・リツ
第1話 初めての殺人
初めて殺したのはあのクソ教師だった。
僕の高校生活はきっと真面目で見本のようだっただろう。クラスメイトは「勉強しすぎだろ」とか言っておちょくってきていた。教師は「よくやっている。周りは見習え」と褒めたりして露骨に僕を立てていた。クソ教師もその一人だった。あのときはどこにでもいる教師だと見えていた。ただその眼差しは他より気持ち悪くて仕方なかった。
部活動は特にやってなく、塾に通っていた。あんなに長時間も無駄話を聞かされた。ああ、思い返すと虫唾が走る。それでもずっと通っていた。
どうして僕が青春を投げ売ってまで勉学に励んだのか、同級生がスポーツや恋愛で汗を流す中、筆でお絵描きしているだけの苦行を繰り返していたのか。
僕には学者になるという夢があった。未知の事象や現象がどのように成立しているのかを知りたかった。だからそのために良い大学に入ろうとしていたのだ。
ここまで見ればやはり真面目な学生だろう。
自分の掲げた夢のために毎日を努める。周りの人たちに何を言われようが、自分を信じて突き進んでいく。そんな姿は人間としての理想と憧れだ。
だが三年目に入ってくれば大して変わりはない。もちろん学力は雲泥の差であるが、だんだんと周りの自分と同じ色に染まっていくのだ。あんなに馬鹿にしてきた奴ら、称賛した奴ら、遠めに見ていたあの子も、僕と同じように机に向かって行く。
そんな姿を見て最初は嬉しかった。やっと一人だけじゃなくなると、一緒の目線で話せる相手ができるのかと期待した。
ちがった。彼らはたまに僕へ勉強に対して質問するばかり、それも稚拙で根本的な内容、それを聞いたらあとは群がるだけ。そう、自分の仲のいい奴らと――――――――その青春の中で知り合い、共にした友人と。
だんだんとその姿を見せられることが増え、僕はより孤独を感じるようになった。同じことをしているようで全く違う。野蛮で下劣な、利益のみしか考えない悪人ばっかりが周囲に腐卵臭をばら撒いているようだった。
それで僕は勉強が苦しくて仕方なかった。普段よりも帰り道が暗く感じた。
そんな暗闇には疑問ばかりが浮かぶ。どうして僕はこんなに苦しいのか。今まで頑張ってきたのに僕は何故笑えない、知識は何を生んでいる。
答えを探しても行きつく先はどうして人間は生きるのか。その答えがないということ。
虚しさと寂しさばかりが風に乗ってやってくる。
季節が幾度移り変わろうとも僕は背丈が変わらず、頭が大きくなることもなかった。たくわえた知識も僕を幸福にはしなかった。
僕だけ時間が止まっているとも感じた。いや、止まったのだろう。
反動が起こった。僕はある日を境に勉強をしなくなった。学校にも行かなくなった。
一日中部屋に籠ってはゲームをして過ごした。ただ時間を潰すために。
それが僕の答えだったかもしれない。人生は暇つぶし。いや、実際は疲れていたのか。よくわからない。
ただその日は朝起きたときからそんな気分だった。浪費したかった。
たまにクラスメイトが大声で話していたからとやってみたゲームは、低俗だった。
味付けだけを濃くして整っていない不味さに近い。こうすればコントローラーを手放しにくいだろうと中毒にさせるような、中身のないものだった。
それでも時間つぶしはできていた。ゲームをしていれば早く時間が過ぎていくようだ。
何度もなる電話も、朝に鳴く烏と幼稚な声も、聞こえなくなるくらい。忘れるくらい。あの暗闇に比べればマシな部屋の中でじっと一人、食べるのも風呂に入るのも面倒なくらいにやり続けた。
しかしなんでだろう。気が向いたからだろうか。
僕はその夜中に久々に学校に赴こうと思っていた。朝になったらトーストを噛み、制服を着て、歩道橋を渡ろうと。
恐らく気分か。
教室に入ると魚の目みたいに点になっているクラスメイトが見てきた。座ればなにか聞いてくるが、魚語はわからず、聞き流した。煩くなかったのは眠かったからかもしれないな。
それで針が下を差したとき、ギョッとした顔で教師が入ってきた。きっと僕はそのとき笑顔だっただろう。もちろん学校への喜びではなく、教師の変顔だ。
教師はなんども声をかけてくる。全て無視だ。
すると変顔もさらに深まり、怒りをあらわにして怒鳴り出した。そうだ、そうするだろうと思っていた。
ただそれでも僕は笑っていた。自分の嫌いな相手がストレスを抱え、怒鳴っているのだ。
初めはそうではなかった。引きこもっている間は、もしも学校に行けばどう怒られるのだろうと怖かったし、迷惑をかけているなと情けなくもあった。
しかしよくよく考えれば、困っているのも怒鳴るのも嫌いな相手だろう。笑わずして何をするというのか。
そして教師は僕のそんな顔を止めるべく、拳で僕の顔面を歪めた。ついに殴ってきた。
理由は僕が気持ち悪かったからだけではないだろう。今まで優等生だったものが堕落していったことへの責任、特に上からの。
僕がこの教師をクソ教師だというのはそこにある。自分の利益のために僕の苦行を褒めた、過剰に称賛した。正しいと騙した。
僕にはもはや失うものはない。だからここで答えを出したかった。実感したかった――――人を殺すとどうなるのかを。目覚ましき好奇心に駆られた。
それからは覚えていない。ただ血塗れになったクソ教師に僕は跨っていた。手には尖ったペンだったか。
まわりには口を覆って絶句する女子、震えて立ち尽くす男子、ああ絶景だ。
初めての人殺しの感想はとても新鮮だった。蒸し暑い部屋から早朝の外に出たときの涼しさ、爽快感、解放感に近い。血が踊っていただろう。
楽しかった。ついに暗闇は晴れたのだ。
そして僕は窓を割って走った。次は塾だ。
捕まるならば捕まるならば殺したい人間を殺して回ろう。血まみれのままに僕は風を浴びていく。
そうして僕は何人も殺した。
結局はクソ教師の殺害がもっとも気持ちよかった。その後は血の色も薄かったような気がしたな。
ただ鼻にこびりつく生臭さはどんな薬にも勝てない香りだった。これが僕の求めていたものだったのではないのか。
<あとがき>
なんとなく書いたものだから細かいところは矛盾している。
だけど殺人描写を書くのが割と楽しい自分がいました。仕方ないね。
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