【四周目】

「それじゃあ、今日はこれで解散にしよう」

ブルーが基地を出ると、俺も後を追うように基地を出た。

彼はまたしても、本来とは異なる道を通って家へと向かった。

そして三周目と同様に人気の無い路地へ入った彼は、「そこにいるのは分かってる。怖がらなくていいから出ておいで」と電柱の陰に隠れている少年に言った。

ここまでは前回と全く同じだ。

俺は少年が電柱の陰から姿を現したのを確認すると、「おい!ブルー!」と、すぐに大声でブルーの名を叫んだ。

「あらら、きちんと撒いたつもりだったんだけどね。まだ後をつけられていたとは、僕も詰めが甘いな」

「どういうことだよ?俺が尾行していたこと、ずっと気付いていたのか?」

「当然だよ。逆にあんなバレバレな尾行でよく気付かれないと思ったね」

「もしかして、俺が尾行していることに気付いたから本来とは違う道を通っていたのか?」

俺が言った『本来』という言葉の意味を、ブルーはすぐに理解した。

「まさかとは思うけど、レッドもタイムリープしてきたの?」

「やっぱりお前もだったのか、ブルー。どうりでタイムラーがお前のことを知っているわけだ」

「なんだ、それじゃあ全てお見通しってこと?」

「お見通しってどういう意味だよ、ちゃんと説明しろよ!」

俺はついブルーとの会話に夢中になってしまい、少年が視界の端に入ってくるまで彼の存在をすっかり忘れていた。

「おい!待て!」

少年に向かって叫んだが遅かった。

少年は勢いよくブルーの懐に飛び込むと、ブルーはその場に倒れ込んだ。

俺は慌てて少年を捕まえようとしたが、彼は逃げる素振りすら見せなかった。

刃物を握りしめる彼の手は震えており、「お前が悪いんだ。お前達が悪いんだ」と、目の前で血を流しながら倒れているブルーを睨みつけながら言った。

「このガキ!」

俺は少年の肩を思い切り掴んだ。しかし、そんな俺を見てブルーは、「その子は悪くない。悪いのは俺達なんだよ」と刺された箇所を手で抑えながら言った。

「悪くないわけが無いだろ!こいつはお前を刺したんだぞ!」

ブルーは興奮状態の俺を必死で宥めようとした。

そして彼は俺に全てを話してくれた。

 

俺がタイムラーに初めて出会うよりも前、ブルーが初めて殺されたあの日、俺はあの日が本来の過去だと思っていた。 

しかし、そう思い込んでいたのがそもそもの間違いだった。

あれは本来の過去なんかではなく、ブルーが作り上げた過去だった。

正規の過去、つまり俺やブルーがタイムラーの能力で改変していない本当の過去では、少年が刺したのはブルーではなく俺だったのだ。

少年は刃物で俺を刺し、刺されて気が動転していた俺は無意識のうちに少年の首を絞めていた。

少年は死に、俺はなんとか一命を取りとめた。

それが事実であり、在るべき本来の過去だった。

この事実を知った世間は俺を刺した少年ではなく、少年を絞め殺した俺を徹底的に非難した。これまで人々のために命を懸けて戦っていた俺は全てが馬鹿馬鹿しく思えてきて、怪人と戦うことを止めた。

それでも俺以外の四人はタイムラーと戦おうとしたが、タイムラーによってイエローが殺され、グリーンが殺され、ピンクが殺されると、最後の一人になったブルーは全てを変えるためにタイムラーの能力で過去へと戻った。

最後に地球を救うのはレッドだ。

ブルーは昔から俺に何度もそう言っていた。

人類に必要なのは僕じゃなくレッドなんだと、なぜだかブルーはそう信じていた。

たとえ自分が犠牲になろうとも、レッドは人類のヒーローで在り続けるべきだと彼は思ったのだ。


「つまりお前は俺のために、俺の身代わりとして死んだってことか?」

「・・・うん」

少年も俺と同じように、基地を出たブルーの後をずっとつけていた。

てっきり犯人はブルーを待ち伏せしていると思い込んでいたが、単純に俺が少年の存在に気付いていなかっただけだった。

前回のタイムリープで犯人が少年だと分かるまで、まさかブルーを殺した犯人がこんなに幼い子供だとは想像すらしていなかったから。

「全部俺のせいだったってことかよ。そもそも、どうしてこのガキは俺を殺そうとしたんだ?」

「半年前、爆弾怪人ボンバーンと戦った時のことは覚えてる?」

「ああ、あの時の事なら覚えてるさ。アイツはなかなか手強かったし、被害も相当大きかったからな」

「あの時に君が助けた人々のうちの一人、それがこの子だよ」


爆弾怪人ボンバーンの強さは異常だった。

俺達五人の力を合わせても、ボンバーンの強さは同等かそれ以上だった。ボンバーンを倒すのに四日間を要し、その間に多くの市民が犠牲になった。

少年は母親と二人でマンションに住んでいたが、ボンバーンの攻撃によりマンションは崩壊した。二人は生き埋め状態となったが、そこに助けにやって来たのがレッドだった。

当然レッドは二人とも助けるつもりだった。

しかしレッド一人では二人同時に救い出すことは出来ず、先に息子を瓦礫の中から救い出して欲しいという母親の頼みを聞くことにした。

無事に息子を瓦礫の山から救い出すことが出来たが、その直後に瓦礫が崩壊し、瓦礫の下敷きになった母親は死亡した。

レッド達がボンバーンを倒すと、一人残された少年はその怒りの矛先を、母を救うことが出来なかったヒーロー達に向けることしかできなかった。


「俺だって全員助けたかったさ。でも、それは無理だろ。俺達五人だけで市民全員を守りながら怪人と戦うのは無理なんだよ」

「分かってる、レッドは悪くないよ。俺だって、この子だって本当は分かっているはずだよ」

「それじゃあ、どうすればいいんだよ」

「レッド、君は今まで通りでいいんだ。これからも、僕達の前を歩き続けてくれ。全員を救うことは出来ないかもしれないけど、君が救える命は全部、救ってあげて欲しいんだ」

その言葉を最後に、ブルーは静かに息を引きとった。


少年は俺達五人の中で、一番初めに基地から出てきた者を殺そうと考えた。

あの日、正規の過去で一番初めに基地を出たのはブルーではなく俺だった。

 



「もう諦めたらどうだ?君も知っている通り、あの男は意外と頑固者だ。君が何度過去に戻ったところで、あの男は君の代りに死ぬつもりだろう」

タイムラーは最初から全てを知っていた。

そのうえでタイムラーはブルーの意図を組んで、自分の口から真実を伝えることは決してしなかった。

タイムラーは敵であるブルーの意思を尊重しようとしたのだ。

いつかは怪人達とも分かり合える日が来ると信じていたブルーの優しさが、敵であるタイムラーの心を多少なりとも動かしたのは事実だった。

「これで本当に最後だ。最後にもう一度だけ、俺を過去に戻してくれ」

「過去に戻ってどうするんだ?あの男のために、君がまた少年に刺されるつもりかい?そんな堂々巡りを続けても何の解決にもならないことくらいは君にも分かるだろう。彼のことを本当の仲間だと思っているのなら、自分の身を犠牲にしてまで君を救おうとした彼の意思を尊重すべきではないのか?」

「いや、まだ方法ならある」

一つだけ、俺達五人全員が傷付かずに済む方法がある。

「面白い、それは一体どんな方法なんだい?」

「俺を半年前に戻してくれ」

「半年前?」

「爆弾怪人ボンバーンが街を襲った日、あの日に俺を戻してくれ」

タイムラーは頭の切れる怪人だ。

俺が全てを話さずとも、タイムラーは俺が何を考えているかを察した。

「本当にそれが、ヒーローである君が望む結末なのか?」

「ああ、頼む」

「ここまで付き合ってやったんだ、どうせなら最後まで付き合ってあげよう」

「ありがとう。それと一つ聞いていいか?」

「何だい?」

「ブルーが過去に戻ると決めた時、あいつはお前に何を差し出すと約束したんだ?」

俺がそう尋ねると、タイムラーは呆れた顔をして答えた。

「彼は君と違って何も差し出そうとはしなかった。彼は敵である私に、過去に送って欲しいと頭を下げて頼んだ。私に頭を下げた、ただそれだけだよ。どうしても助けたい奴がいると言ってね。敵ながらあっぱれな男だと思ったよ。私は彼のことが気に入ったんだ。だから彼の願いを聞き入れることにしたんだ」

「・・・お前は本当に怪人なのか?」

「ああ、私は君達にとっての敵だよ。そして君達は私にとっての敵だ。私も正しければ、君達も正しい。だからこそ私は、自分に嘘だけはつきたくないんだよ。たとえ敵であろうと、尊敬する者は尊敬すると決めているんだ。ただし、これが最後のチャンスだぞ」

そう言うと、タイムラーは俺を半年前のあの日に送った。


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