第7話 魔獣との出会い
初回でいきなり成功したことに味を占めたディアナは、それからも積極的に夜の街に繰り出した。とはいえ、常にチャンスが転がっているわけがない。何度か肩透かしをくらった後、オリオンは、浮浪児のたまり場へ行って情報収集を行うことにした。
叔父一家の家から追い出され街をさまよい歩いた頃知ったのが、この浮浪児ネットワークだった。非合法の仕事や取引に使い捨ての鉄砲玉として、浮浪児が使われることがある。捕まれば命の危険すらあるが、無事に逃げおおせれば実入りが大きい。そこで、逃げ足が速いと自信のある子供がチャレンジする例が後を絶たず、秘密裡に一大情報網を形成していた。
師匠と出会う前、明日をも知れぬ毎日だったことを思い出すと、二度と戻ってきたくはなかったが、こんな経験でも役に立つことがあるのかと思ったのも事実だ。オリオンは、身をやつして浮浪児の振りをしてリーダー格の少年に近づいた。小銭を握らせれば、この街の裏側で行われていることを簡単に教えてくれる。
こうして情報収集をして、非合法組織のアジトや違法な取引の話を聞きつけて、ディアナとオリオンは、夜な夜な「世直しの冒険」へと繰り出した。
「本当にこんなところで禁輸品の取引が行われるの? さっきから待ってても、物音ひとつしないんだけど?」
「しっ。ディアナはいつもこらえ性がないんだから。静かにしろよ」
この日は、カリンシュアの南部に位置する港に来ていた。倉庫の屋根に上り、真っ暗な空間に身を潜め待つ。もちろん、この日も付与術で身体能力を上げている。国外持ち出し厳禁の品が密輸されるとの情報を得たのだが、約束の時間になっても一向に人影が見えない。自分たちの存在が敵方に知れて、罠を仕掛けられている可能性もなきにしもあらずなので、もしその兆候があればすぐに逃げなければならないが——。
「あ、来た!」
ディアナが指さす方向を見ると、数人の男たちが大きな鞄を持ってやって来た。暗闇に紛れ姿は見えないはずだが、反射的に頭を低く垂れる。やがて、反対側から別の一団がやってきた。いよいよ事態が動き出したのだ。
「何を密輸するんだろう? ぱっと思いつくものがないけど……」
「危険な魔法薬の原料とか、魔道具とか……何でもあるよ」
二人がじっと見守る中、粛々と取引が行われる。そろそろ行動を起こす頃合いか。ディアナは、この日は弓矢を携えていた。
「これ、本当に殺傷能力はないのよね?」
「この期に及んでそれを心配するのか? そろそろ行くぞ」
オリオンは、魔灯を応用した魔道具を空に放って周りを明るくした。これは、空中に滞空し、太陽のように一帯を照らし続ける効果がある。辺り一帯がぱっと明るくなった隙に、ディアナは弓を構え、中心人物らしき者に向かって矢を放った。矢は男の心臓の辺りに命中し、相手がばたりと倒れる。男たちはこちらに気付き懐から武器を取り出そうとするが、その時には、ディアナは二つ目の矢を放っていた。
その一方で、オリオンは目くらましの光を放つ。これで相手の行動はかなり封じられるはずだ。ディアナは、剣だけでなく弓術の心得もあり、次々とターゲットに命中させていった。
(剣よりこっちの方が筋がいいんじゃないか? おっと、そんなことを考える暇はないか)
オリオンは、残りの者の動きを封じる方に専念した。本来人を傷つける効果のない魔法をこのように応用するなんて、師匠が知ったら嘆くだろう。でも、決して悪事を働いているわけではない。そういうことにして、自分の中の良心と折り合いをつけていた。
ディアナの命中力は抜群で、みるみるまに屈強な男たちは全員倒れた。命中すると一瞬で深い眠りに陥る以外に傷つけることはない。これはオリオンが弓矢に加工した魔法だった。魔道具作りの応用だ。
「すぐに起きてこないよね?」
「朝まで起きないようにはしたけど……油断しないでそっと近づこう」
二人は、屋根から地面に降りると、そろそろと男たちが倒れている方に近づいた。大丈夫、みな意識はないようだ。次に、所在なげに放置された鞄に近づく。ディアナは恐る恐る鞄の中身を確認した。
「これ……何?」
カバンの中を開けると、ケージの中に一匹の見慣れない動物が入っていた。体は小さく、生まれて間もないようだ。体表に短い毛がまばらに生え、長い尻尾があり、小さなイタチのような姿をしている。顔の正中と尻尾にひと筋の青い線が通っている。
「これ、国外持ち出しが禁止されてる魔獣だ! 見た目は小さいけど怒ると巨大化して狂暴になるやつ! ええと、確かギュドリアと言ったような?」
「ギュドリア? かわいい見た目なのに変な名前ね」
ディアナはケージを取り出し、目の高さまで持ち上げてギュドリアをまじまじと見つめた。
「こら、そんなに見つめるんじゃない。もしかしてまだ主人を見つけていない個体かもしれない。目が合ったら……」
オリオンが言いかけた時にはもう遅かった。ギュドリアはまだ赤ちゃんだと言うのに、ケージを噛み切って外に飛び出し、ディアナの懐にちょこんと転がり込んだのだ。
「ちょっ! これどういうこと?」
驚くディアナを前に、オリオンはがっくりと肩を落とし、手で顔を覆った。自分がうかうかしていたのが悪い。もう少し早く忠告できていれば。
「ディアナと目が合ったことで、自分のご主人様だと認識したんだよ。こうなったら主人が死ぬまで傍を離れることはない。ものすごく忠実で主人の言うことなら何でも聞く。知能も高く、状況判断も人間並みに優れている。その代わり、主人が危機に瀕したり、無理やり離されたりすると、体が巨大化して狂暴になり手あたり次第破壊して回る。そうなると駆除するのも厄介だから、禁輸扱いされてるんだ。そいつは、もうディアナを選んでしまった。今更警察に預けようとしても無駄だ。余計面倒なことになってしまう」
ディアナはそれを聞いて真っ青になった。つまり、自分が飼うしか方法はないのだ。
「どうしよう。そんなものだなんて全然知らなかった」
「俺ももっと早く教えればよかった。まさか魔獣が入ってるなんて思わなかったから。どうする……?」
ディアナは自分の懐を覗き、再び顔を出したギュドリアと目が合った。つぶらな瞳がまっすぐ彼女を捕らえ、鼻をひくひくさせる姿はとても愛らしい。じっと見つめ合ううちに、ディアナの心の中に母性めいたものが湧いて来た。
「この子これから大きくなるのかしら? 飼育は大変?」
「まだ赤ん坊だから少しは大きくなるけど、そんなには成長しないと思う。餌も雑食で、人間の食べるものも欲しがったりするからそんなに苦労しないかと……まさか飼うつもり?」
「だってこのまま離れるわけにはいかないじゃない。私がいないとこの子駆除されてしまうんでしょ? 別に所持自体は違法じゃないのよね?」
「まあ、ここにいる分には大丈夫だけど……でも周りにどう言い訳するつもり? ただでさえ希少な動物なのに?」
「そんなの秘密にすればいいのよ。懐に入っておとなしくしていればそれでいいし、それに片時も離れるのを嫌がるんでしょう?」
まあそうだけど……オリオンはそれでも心配の種が尽きないが、これ以上何も言うことができなかった。確かに主人には異常なまでに忠実な動物である。ディアナに仇をなすことはないであろう。もし彼女に危機が迫ればボディーガード代わりにもなる。どこでそれを手に入れたかと言う説明さえクリアできれば、確かに大きな問題はないかもしれないが……
「じゃ、決まりね! 早速名前をつけてあげる! そうね……ルナってのはどう? だって今日は月が弓のように細くてきれいだもの! さっき弓を使ったし」
空を見上げると、確かに弓のように細い月が光っていた。それを自分が使った武器と結びつけるのがおかしいが、主人が命名するのが筋であろう。特に異論はない。
「よかったね、ルナ! 私はディアナよ。よろしくね!」
ディアナはルナに向かってそう言うと、ルナもむきゅうと返事したような、そんな感じがした。
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