最悪の相棒 

文鎮猫

序章

第1話,2話 穏やかな日常と友人と

 窓の外に目を向けると、ひどく歪み、荒んでしまった世界が見えた。幾千、幾万もの意識がひしめいているというのに、まるで統一された意識であるように錯覚し、その中にこそ確かに正義があると妄信し、「正しい」声に従う。その中に自らの意志は介在せず、ただ大衆の目を気にし、相互に監視し合っているだけの、そんな窮屈な道徳だ。

 

 俺はそんなものよりも、本心から、何を望んでいるのかを、何を正しいと思っているのかを知りたい。願わくは、命をかけてもいいと思えるほどの熱情を・・・ 

 

「おいおい、まだ提出していなかったのかよ、進路希望調査。」


 両肘を突き、顎を乗せていた俺の思考を、天啓の如く中断しやがったのは親友の山口だ。俺と同じように平凡、何をやらせても中の中から中の上といったところ。潜在能力に目覚める可能性もゼロではないにせよ、たまに・・・ごくごくたまに中の下に落ちる俺よりかは優秀だろう。

 彼の夢は声優らしいが、希望調査には大真面目に中堅どころの大学を書き、夢はと聞かれれば官僚と答える。なんというか、人生の先輩と崇めたくなってくる奴であることは間違いない。


「で、お前の夢なんだっけ?」

「え?そりゃあ、何不自由ない穏やかな生活、そして思い悩むことのない隠遁生活!心清らかに生きていくのが俺の望みだ。」

「・・・そう言いながら、この間また喧嘩売ってたの誰だよ。この瞬間湯沸かし器のカッコつけめ。」


 あれは仕方なかったんだ。っていうかそもそも、カッコつけかどうかはともかく、喧嘩を売るつもりもなかった。ただ、コンビニに入るのに邪魔だったから、座り込んでいた人たちに丁重に、近くの公園なり、それぞれの家に行くなりし給えと提案しただけだ。そうしたら何故かすごい剣幕で殴ってきたので、仕方なく応戦しただけで。まあそこにちょうど山口が現れ、奴らも退散したのだけど。


「まあそれはいい。」


 いいのかよ。



「で、その夢のような生活について親は?」

「仙人にでもなるつもりかって笑われた。」

「そりゃあそうだろうな!こういうのは、とりあえずペラペラーって大学一覧見て、適当なところ書いときゃいいんだよ。」

「なるほど・・・よし、最高峰のT大にしよう。」

「馬鹿め!」


 パシッと筆箱で叩かれて、頭を擦っていたら笑い出した。


「まあいいんじゃね?先生の顔が見ものだけど。」

「・・・あのさ、その筆箱何入ってんの?」

「ん?これは特別製の鉛を使用した筆箱でね?」

「中毒になるよ。」

「冗談だって!で、マジでそれで出すの?」


 いや、だってよくわからないんだから仕方がないだろう。それに、二年次の進路希望なんてどんどん下げるためにあるようなものだと、上の兄を観察していた俺は思っている。つまり、最初は高ランクを書いておいた方がお得なのだ。ということで、そのまま出すことに決めた。


 因みにそのあとで調べたところ、山口の筆箱の中にはしこたま文鎮が入っていた。一体学校に凶器を持ち込むなんて、何を考えているのだろう。



 山口とは学校を出たところで別れ、今日はそのまま家に帰ることにした。進路希望で手こずったせいで、もう空も暗くなり始め、一番星が瞬き始めていた。・・・そう、まるで迷える我らを導かんとするかのように。


「今晩は。」


 薄暗い道には、まだ明かりは灯っていない。その影から出てきて俺の前に立ったのは、背が高く異様に足が長い、全身黒ずくめの男だった。


「実は探し物をしているのですが、手伝っていただけませんか?」

「いいけど、何を探してるんだ?」


 即答したのに驚いたらしく、帽子の下で光る目が見開かれた。

 ・・・いや待てよ、確かに変なやつだ。すんなり受け入れてしまったが、黒ずくめとか普通に目立って不審者だ。こいつを目の前にして逃げ出さない子どもがいるなら、怒らなければいけないレベルじゃないか?

 それを、この高校2年にもなるこの俺が、なぜ無視するという手段に出ずに、うさぎさん的な物を探すと頷いてしまったのだろう。不可解がすぎる。


「では、黒いウサギのようなものを探していただけますか?まだそんなに遠くには行っていないはずなんです。」

「えっと・・・うさぎ!?」


不審者必須ワードに、黒いっていう条件がついた!条件付き確率になると当然、確率は下がる(はず)だが、俺の中では一応まだ警戒レベルにある。


「ええ、鳴き声はミーミーです。名前はクロちゃん」

「クロちゃん・・・わかった、探してみる。届けは?」

「先ほどいなくなってしまったばかりなので、まだ・・・」

「兎に角、電話したあとで、暗くなる前に探すぞ。」


黒兎のクロちゃんだと!なんていうか怪しいとか思ってごめんなさいって感じだ。鳴き声まで再現されたら、疑うわけにもいかない。黒ずくめも、ただのファッションだろう。

 俺は細い路地に入って探し、クロちゃんの飼い主はちょっとした物陰や軒下を探し回っているようだ。


「いないな・・・」

「ですね。仕方ないので、あなたで我慢しましょう。」

「は!?」


振り向いた時には、弧を描いた唇と、闇に染まる空、そこにきらめく星々と、全て無に帰す感覚が、急速に失われていく体温とともに脳内から消えていった。

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