第14話 勘違イ

 さて、家の前に着いたわけだが……。



 「風露くん。私、頑張るね……!」

 

 何か食い違った解釈をして意気込んでいる緩坂を横目に見て、ため息を吐いた俺は玄関に鍵をぶっ刺してドアを開く。


 一応こんな奴でも、レディーファーストは心掛けなければいけない。

 習慣付けなければいざやろうと思った時に出来ないかもしれないからな。


 すると先に入った緩坂が突然、

「あれ? 風露くん結構綺麗好きだったよね?」

 などと言い出した。


 変な質問だと思いながらも俺は一応、

「ん? ああ、まあどちらかといえばそうかもしれんな」

 と応える。


「でも今日は結構散らかってるね。なんか忙しい事でもあった?」


「え、いや、学校に行く前はちゃんと家を掃除して……って何ぃぃ!?」


 俺は入り口で立ち止まっている緩坂を強引に俺共々中へ入れ、その先に広がる自宅の惨状を目の当たりにした。



 まず玄関のカーペットは斜めに裏返っており。



 そこら中のドアが開けっ放しで。



 洗面所の蛇口は開いたまま。



 籠に入れていた衣類はあたりに散乱していて。



 外に干していた洗濯物も地面に落ちている。



 おまけに食器は何枚か皿が割れ、床に無惨な姿となっていたッ……(怒)!



「ふ、風露くん! 一旦落ち着こ、ね?」


緩坂くんが優しく牽制をかける。しかしそれも虚しく。


「どないなっとんじゃわれぇぇぇぇぇええええ!」

 A型の眞秀葉風露きゅんは、ブチギレた。


 「なんや、泥棒か!? それとも熊か!? どっちでもええから、早よ出てこんかいゴラァァァアアアア!!」


 「出ちゃったよ、風露くんの感情が激しくなったときの謎の関西弁……! これは相当怒ってるよぅ……」


 たとえ人気者でもクラスをまとめられない様な緩坂くんでは、感情が爆発した風露を止めることは不可能だねっ……☆

 緩坂くんも珍しく自分の事を分かっているのか、おどおどしながらも敢えて何もせずに風露きゅんを放置している。


 流石幼馴染と言ったところか。う〜ん、羨ましいねぇ〜……。


 「さて、今が頃合いかなっ☆」


 眞秀葉と緩坂をドアの隙間から覗いて見ていたこの言動全てに悪寒を感じる人物は言うまでもなく黒瀧 雷夢である。


 そして彼は幼馴染である緩坂でも止めることの出来ない風露の感情の暴走を、機能停止させる事で緩坂を風露の正妻候補、つまりヒロイン枠から引きずり降ろそうと企んでいる。何故そんなにも緩坂をライバル視しているかは、ご想像にお任せしよう。


 彼は計画を現実にする為、今ドアの裏から飛び出そうと構えるッ!!


 「うにゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?」


 しかし彼は、目の前の光景に夢中で背後から物凄い速度で迫ってくる人物に気づかなかった。


 「今から行くからね、僕の風露きゅん♡ってうわあああべしぃぃぃぃ!?」


 その結果彼は見事その人物に轢かれ、全身を床に打ちつける。


 ―その頃緩坂だけは、此方に近づいてくる人物の気配に気が付いていた。


 (なになになになに!? もしかして泥棒さん!? もしそうだったら私闘えないし風露くんは精神が安定してないしで対処のしようがないよぉ!! もうほんとにどうしよぉぉぉおおお……とりあえず泥棒さんには服従の意を示さないと……!)


 「従うからどうか殺すのだけは勘弁して下さぁぁぁあああい! ……あれ?」


 緩坂は叫ぶと同時に土下座したが、そのせいで前は見えず泥棒?と風露がどうなったのかは把握できない状態にあった。


 しかもきっと泥棒?の罵声などが飛ぶのだろうと思っていた彼女の耳に入った情報は、何かと何かがぶつかった衝撃音と床に響く何かが倒れた音だけだったから尚更だ。


 彼女が恐る恐る視線を上げると,そこには彼女にとっては衝撃の光景が広がっていた。


 まず簡潔に言えば、男女が抱きついて床に倒れ込んでいるだけの光景。

 それだけなら彼女は何も言わなかっただろう。


 問題は、その男女が「眞秀葉 風露」と「知らない女」だった事だ。


 それを見た瞬間、彼女の頭は事態を勝手に決めつけた。

 浮気だ、二股だ、殺してやる、と。


 ちょうどキッチンにいた彼女の手には、鋭い包丁が装備された。


 「風露くん。その女、誰……? ……説明して?」


 普段朗らかで笑顔を絶やさない彼女の顔は、確かにいつも通り笑っていた。


 しかしその笑顔に含まれる意味は全く違うものだ。


 いつもは純粋な「嬉しさ」、「楽しさ」。

 今は「どうやって殺してやろうか」と妄想を楽しむ、純粋な「殺意」だった。


 「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつき……!

 今日は私とイチャイチャするんじゃなかったの? もしかして、他の女とイチャイチャしてるところを見せつけて私を嘲笑おうとしたの……? そんなの許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないんだから……」


 彼女は事態を彼女にとって一番最悪な方向に解釈し、それが事態をますます悪化させていく。


 実際緩坂の考えていることは全くの勘違いである。

 しかし彼女の決めつけの速さが半端ではなく、風露に弁解する時間など無いに等しかった。

 しかも今の彼女にはもはや耳が機能していないと言っていい状態だ。


 弁解する時間があったとしてもこの状況になるのは必然的だったのかもしれない。


 包丁を持った手をだらんと胴体からぶら下げて、ふらふら足元がおぼつかないながらも彼女はまるで何処へ行くかはっきりと理解している様な、しっかりした足取りで歩みを進めてくる。


 ヒタ……ヒタ……ヒタ……ヒタ。

 緩坂は遂に風露の目の前に到達し、狂気の笑顔で笑いかけた。

 

 そしてその刹那、緩坂は風露に飛びかかる。


 風露の視界はあまりの絶望的状況に、暗転していった。


 その後の風露の記憶は,無い。

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