第12話 親友
思考を巡らせている内に、今日の授業は既に全て終了し、終礼になっていた。
皆がゾロゾロ帰っていく中、俺はずっと窓の外を見ていた。
「それじゃ眞秀葉クン、僕はお先に失礼するよ。待っているからね♡」
終礼が終わって早々、俺に気持ち悪い声で話しかけてきたのは黒瀧雷夢だった。
文末から投げキッスの様な要素を感じ、思わず背筋がゾクゾクと波打つ。
(この後あいつと会う用事なんてあったっけ……ま、どうせゲームの中での話だろ)
さほど重要なことではないと感じ、雷夢との用事は頭から排除することにした。
(それよりも今やらなければならないことは「母親の捜索」だ。秘密組織に所属している母に会えば、七森会長を貶める方法を教えてくれるかもしれない。もし企業秘密だと言われたら、その時はその組織に入ろう)
およそ四年間も会えていない母親を見つけるのは一番骨が折れそうなタスクだと初めは思っていたが、よく考えれば母の今の情報を握っていそうな叔父がいるではないか、ということに気づいた。
嘘を吐くのが苦手な真面目気質の彼なら、観念して何か情報を吐いてくれそうだ。
と思っていると、
「風露くーん!一緒に帰ろー!」
いきなり何かが飛びついてきた。
後ろからの急激な衝撃に俺が吐いてしまいそうになる。
声色と後ろから押しつけられる豊満な胸から大体誰かは想像できるが、何もこんな人がまだ教室にいる時にやらなくても良いだろうと思わず嘆いてしまいそうな状況だ。
こいつが「遠慮」というのを知っていれば少しは周りからの視線が痛くならないのに、何度もそういった旨で説教をしてもこのバカは理解してくれない。
「嫌だね、今日は忙しいんだ」
(母親を見つけにいくのが、な)
母親を探すには、まず叔父の家に行くのが手っ取り早いと考えた。
しかし、叔父の家に行くには帰る方向と反対の電車に乗らなくてはいけない。
緩坂に話すにはかなり面倒な事情だし、何より巻き込みたくない。
軽くあしらって先に帰ってもらってから一人で叔父の家に行こうと考えていたのだが………。
「えーどうせ風露くん暇でしょ? 毎日帰ったら即ゲーム起動してるじゃん!」
そう言って彼女は頬を膨らませて、俺をウルウルした目でジッと見つめてきた。
まあ確かに可愛いっちゃ可愛いんだがそれより今こいつ、サラッとヤバいこと言わなかったか……?
「な、何でそんな事知ってるんだ……?」
「ほら、愛弓と風露くんゲーム機で友達登録してるでしょ? それで風露くんがいつ誰とどんなゲームをしてるのか、かーんたんに分かっちゃうんだよぉ〜? 昨日は23時17分56秒から今日の4時6分7秒まで同じクラスの黒瀧君と混沌ノ
俺の勘違いかもしれないが、早口で喋る彼女の笑顔が真っ黒い闇に染まっている気がする……。
「あっ、ああ……そ、そうだな……」
俺は薄ら笑いを引き攣らせながら返すことしかできなかった。
(コイツに嘘はつけないな……ついたところで尋問されてバレるに決まってる!
そしてその後あの闇を含んだ顔で殺される、確実に!
全く、何でこんな奴が学校では人気なんだろうな……)
「ハァ……」
思わずため息を吐いてしまう。
今日改めて俺の立場の弱さを思い知らされた、貴重な経験となった。
※※※※
ガタンゴトン、ガタンゴトン……
俺は今、当初の予定とは逆の方向の電車に半メンヘラ女と退勤ラッシュの電車に乗っている。
吊り革に掴まって夕陽に照らされながら項垂れている俺は、きっと哀愁が漂っている事だろう。
つまりは、俺は愛弓に負けたのだ。
「あ、そうだ! 今日風露くんのお家、行ってもいいかな、かな?」
彼女はずっと自分の靴を見ている俺を覗き込んで言った。
「え、いや、だから今日は忙s」
「暇なんだよね?ね?それとも何?もしかして、何か見せられないものがあるのかなぁ〜?ん〜?」
「……ないです……用事も……全く……」
「じゃあ行っていいんだね、やったぁー!」
嘘をつけないどころか本当にあった用事も何なら無かった事に改変されてしまったが、黙っておく。
(これ以上口を出せば本当に身の危険が迫るのは確実だからな……)
俺のこんな現状を見た昔の俺はまたこう言うだろうか。
「お前の姉を大事に思っていた気持ちは、そんなにも小さいものだったのか」
と。
確かに母の捜索は、「姉の死の正当化」を人生の目標としている俺にとって今一番優先すべき事だ。
しかしそれを言い訳にして周囲との関係を切断するのも悪手だということは、引き篭もったことのある俺が何より分かっている。
何より相手は変態でこそあるが、俺の数少ない「現実」の親友だ。
「親友」という関係は深く、脆い。
多少悪口を言い合っただけでは笑い話になるだけで、簡単には切れない関係だ。
でも、たった一つ。
何かが一つ噛み合わなくなった時、その絆は錆びた鉄の様にいとも容易く切れてしまう。
歯車が一つなくなっただけで、大きな大きな機械は動かなくなる。
俺は酸化させないように、手袋をして鉄に触れた。
歯車を手放す事を拒んだ。
現実を棄てる事はもう辞めた。
あの時から俺はもう、そう決意した。
現実を捨てる事は、それは本当の「死」のようなものだ。
いや、本当の「死」より苦しいものかもしれない。
本当の「死」は、誰かにはまだ憶えてもらえる。
現実世界からの「死」は、誰からも忘れ去られてしまうのだから。
現実を疎かにしてまで自らの理想を追う必要はない。
「……どうしたの風露くん? 具合でも悪い?」
神妙な顔をしていたからだろうか、愛弓が本気で心配してきた。
「ああ、大丈夫だ」
一応彼女には笑顔を見せておく。
(いつもそんな風に接してくれたら可愛いのにな)
『紅風台〜、紅風台です。お出口は〜右側です、お忘れ物が無いようにご注意下〜さいっ。紅風台です』
そう思っている内に、癖の強いアナウンスが流れる。
「ちょ、早く出ないと閉まっちゃうよ、ほらボーっとしない!」
俺は背中を押されるがまま、出口へ向かう。
(それに……)
姉は俺の事を一番大切に考えてくれるような人だった。
前に考えた様に姉を殺した奴を絶望に貶めてやるなんて野望は絶対に辞めて欲しいと懇願してくるだろうし、姉の事を調べるのも本人が知ったら恥ずかしがるに違いない。
でも俺はそんなの関係なしにこれから首を突っ込んでいくつもりだ。
そうすればもしかしたら俺は学校に来れなくなるかもしれない。ゲームが出来なくなるかもしれない。緩坂や黒瀧と会えなくなるかもしれない。
だから、今日だけは……
(お姉なら、俺にこんな日常を送って欲しいだろうしな)
寄り道は、しても良い。
今日はそうとも知ることが出来た一日だった。
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