楽観主義者の下剋上
さとり。
プロローグ
――何処だ、ここは?
俺は真っ暗な闇の中で目を覚ました。
立ち上がろうとしたが足に踏ん張る感覚が全くといって無く、バランスを崩して慌てて足をジタバタさせてしまう。
足元がない。
どうやら俺は今浮いているらしい。
信じ難いことだが、今はすんなり受け入れてしまっている自分がいた。
――誰か、いないのか?
辺りを見回しても、人どころか光の筋も全く見つからない。
だから本当に「目」で見ているのか判らなくなる。
錯覚ってやつだな。
いや、光が無いから人が見えないのかもしれない。
そうだ、きっとそうだ。
―そうと想わなければ、俺は救われない。
「っつ……」
――頭が痛い。脳が急過ぎる展開についていけていない様だ。
俺は普段通り、いたづらに日々を消費していただけだった筈だ。
確かあの時、目が見えなくなる程の白い光が差し込んで……
それから、どうだった?
そこから現在まで、何があった?
一体何があったら、あの日常がこの闇になる?
――記憶喪失とかそういうのでは無い。
本当に、何があったかを知らないのだ。
不安の波紋が、心に響く。
この闇の中。
何が現れても、何かが起きてもおかしく無い。
俺自身は何も見えず、ましてや「ここ」に関しては何も知らない。
もしそんな事があれば確実に……
――死ぬ。
人間の最大の恐怖。
まさにこの展開は、ホラー要素増し増し状態だ。
こういった恐怖も娯楽になるが、今はそれどころでは無い。
本当の死が危惧されるし、終わりというものが見えないからだ。
例えば、お化け屋敷は必ず「出口」や「非常口」が存在する。
お化けも機械か人間の変装だし、そう思っていればある程度の怖さで済むだろう?
しかし、ここには出口という光が無い。
何処へ進めば、いや、最早進んでいいのかどうか分からないこの世界は、本当の恐怖の支配者と言っても過言では無いのでは無いだろうか?
――とにかく俺は、こうでも考えを巡らして気を逸らさなければ、精神がおかしくなってしまいそうな状況だった。
俺はどうやら助からなさそうという結論が出てしまったので、完全に逆効果だったのだが―。
――寒い。
気温などという概念が無さそうなこの世界だが、恐怖が心を氷漬けにしてしまった。
冷たく包み込まれ、その感情は動くことは出来ない。
「恐怖」は身体をも蝕み、俺は本能的になっていく。
人の理性など、ちっぽけなものだ。
ああ……
怖い。
怖いよ……。
死ぬ時も、こんな感覚なのだろうか。
ふとそう思う。
安らかな眠りでは無いことは確かだ。
きっとこれは、「死にたくない」という感情の渦巻きなのだろう。
もしや「こんなことになった」は簡単に「死にたい」と考えていた俺への天罰なのか?
そうだとしたら、俺は人生を一生後悔するだろうなー。
いや、死んでしまっては一生は無いだろ。
ふっ…。
「……!?」
……マジか。
まだ笑う気力があった自分自身に、思わず驚いてしまった。
―そういや俺は、楽観主義者だったな。
急展開と恐怖のせいで、すっかり忘れていた。
『何事にも笑え! 全力で、自分の人生を楽しむの!』
よく覚えている、姉の口癖。
泣き虫だった幼い俺を宥めてくれた言葉だった。
その後の学生時代でも思わず心が沈んでしまった時はそれを思い出し、自分を元気づけた。
そうか。
簡単なことだ。
「ははっ、上等だ!かかってこいよ! どんな奴でも、笑い飛ばしてやる!」
何が存在するかも分からない闇に向かって思いっきり叫んでやった。
氷は溶け、水になって俺を潤す。
恐怖は消え、高揚感が止まらない。
―これも人間の野性かもしれないな。
人間とは、なんて単純な生き物なのだろう。
いや、だからこそ笑っていればいい。
たとえそれが苦くても、狂っていても。
笑うしかない、とはよく言ったものだ。
本来悪い風に使われるが、これは人類の先代の教訓かもしれない。
笑えば、救われる。
これが後に、いや、今でも俺を救うことになったのだから。
そうして俺は、一部始終を見ることになる。
とても平凡な人間の俺では成し得なかったはずの、この世の最大の秘密を。
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