第19話ー4
アパートでの撤去作業も終盤を迎え、それぞれ外したエアコンをトラックに積み込み、住人たちとの排出作業も一段落ついたところで、休憩となった。
「いやぁ、やっぱり若い職人さんが多いと早いなぁ!」
「ホントやねぇ、このアパートは古いから年寄り多いし」
「いやいや、儂も若いで!」
「あんたはちゃうなぁ、禿げてるし」
「ハゲ関係ないやろ!」
「「アハハハハ!」」
大家さんに良いオチがついた所でどっと笑い声が出る。一斗缶で作った『とんと』に集まり、誰かが淹れてくれた熱いお茶を皆で飲んでから、私は一人、皆と離れた場所でタバコを燻らせていた。
「お兄ちゃん」
空に向かい、深く吸った紫煙をゆっくり吐き出していると、不意に声を掛けられる。振り返れば古い
「ん? 何、おばあちゃん」
「お兄ちゃん煙草のむんやろ? 良かったらこれ
そう言って、彼女は皺が深く刻まれた手をこちらに差し出す。
「……ええの?」
手渡されたのは、古ぼけ、所々筋傷の入った『Zippo』と言うオイルライター。かなり使い込まれており、いい感じになっている。大事な物じゃないのかと言う意味で聞き返すと、彼女はにこりと笑って答えてくれる。
「息子の形見やねんけどな。私は煙草、のまんから」
「いやいや、形見やん! そんなんもらえへんよ!」
「ええねん、それも使てもろうた方が埃被るよりよっぽどええ」
彼女はそう言って半ば強引にそれを私に押し付けると「これくらいしかお礼できんねん。だから貰ったって」と言いながらとんとに戻っていく。
その言葉に「お礼なんかいるわけ無いやん」と口の中でだけ呟き、そっと握ったそれが少し暖かくて、黙ってポケットに仕舞った。
*~*~*~*~*~*~*~*
――カキン。
レア物と言うわけでもない。ただ使い込まれただけの古いオイルライター。今は使う事もなく、大切に仕舞っている。メンテだけは必ずしているので今も一発で着火するそれを、私はその日だけは取り出して、着火してメンテをしている。
彼女がその後、仮説住居に引っ越したところまでは聞いた。
あの日からもう二十九年経ってしまった。恐らくはもう……。
その後、この日本は幾度も『大震災』を経験している。
今やその状況は、SNSや動画であっという間に世界中に広まり、瞬時に同時進行で知ることが出来るようになった。テレビでは防災対策、防災グッズなどと騒ぎ立て、いざ起こると「今のご心境は?」等と言葉の暴力を被災者に直接ぶつける。
――当事者の心境など考えずに。
想いやりはどこへ行ったのだろう。
本当の優しさはいつの間のに消えたんだろう。
そんな場面を見るたび、私はあのトントで笑い合っていた場面が頭を
結局、向こうでの作業は一月近く続け、公的支援が本格的に始まる頃、私達も本業に戻るべく、大阪へと戻った。
久しぶりに戻った実家の自室。リビングボードの上には何も載せず、埃が少し積もっていた。
実家を出たのはその年の初夏、繁忙期が始まる少し前だったと思う。別に深い理由があったわけではない、ただ、周りに居た連中が「いつまでも実家暮らしはやばいぞ」と言った来たのでそうしただけだ。……まぁうちの母親は元々かなり放任してくれていたので、十代の頃から外泊しようと気にもしていなかったので、わざわざ出ていく理由もなかったのだが。
――あえて言えば、当時の彼女が五月蝿くなったからだった。
当時、私には特定の『彼女』は居なかった。……一人の女性と付き合っていたわけでは――。
あぁ、はいはい。そうですそうです。何人かと同時にそう言う関係を持っていました! でも一つだけ言わせてもらえるならば、あの頃、私や、私の友人の多くはそう言った関係の人間が多数派だったのも事実なのです、だからとう――はい、言い訳ですね。はい。すみません。
――んんっ! まぁ、要するにそう言った事情が有ったため『実家暮らし』と言うのは、非常に良い口実だったわけです。「今日は実家に帰らないと不味い」と言えば、渋々であっても「わかった」と言ってくれましたからね。
……ん? あれ? これ結構赤裸々すぎないか? いくら私の備忘録だと言ってもこれは流石に……。
あぁ! 考えても仕方がない! 良いのだ! これでいい!
……閑話休題!
とにかく、そんな言い訳を物ともしない彼女が一人、お付き合いをしている中に居たわけで。流石に実家バレは不味いと考え、急遽私は初めての一人暮らし? に挑戦することになったのだ。
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