第16話
――昭和六十三年の年明け早々だったろうか、私は新たな仕事に就職した。
定時制高校を退学し、去年の夏前には離職。時間的な拘束も無くなった私は初め、時間をただ浪費するだけの『穀潰し』となっていた。離職当初は母にもその理由が伝えられていた為、あまり私に干渉することは無かったが、流石にただ無為にダラダラし続ける私を見て、いい加減腹が立ったのか、それとも頑張ってほしいと願ったのか、秋口になる頃には「いい加減にまともに働いて家にお金を入れて」ときつくはないが『チクチク』し始めた。そうして家にいるとごちゃごちゃ言われるのが面倒になり、その頃に出来た自分の人脈を使い(まぁ、スタンド時代に出来た友人や先輩ぐらいだが)日雇いのような真似事をして、偶に働いては家にはちゃんと入金していた。
だが当時の賃金をご存知だろうか? 当時の最低賃金は時給換算にして約四~五百円程度。バイトやパートとして働いた場合、一日八時間働いて、四千円に届くかどうか。物価も今の約半分だったが、それでも当時の賃金はとても低いものだった。……ただそんな中、ある業種だけは日々天井知らずで給金が上がっていた。
――特殊技能職。
……いや、まぁ、平たく言えば、所謂己の肉体を駆使して地道な作業を行う業種……である。
――はいはい、解っています。……そうです、そうです。今で言う『ガテン系』のお仕事です。
でもね、これ、ある意味凄かったのである。仕事の性質上、現場に行けば一日拘束が決定するので、勿論給料は日当制、しかも支払いは事務所でそのまま現金払いと言う。……そして何より、その金額が凄かった。勿論業種に拠って金額の多寡はあっただろうが、私の勤めた業種は当時「電気工事」の派生とも言われた『エアコン取り付け』の手元作業員。定時制高校で電気を学んだ経験があったので、単純に選んだだけだったのだが、事務所で初めてもらった封筒の中を覗いて驚いた。中には聖徳太子一人と伊藤博文が二人、じっとこちらを見詰めていたのである。
当時、既にお札は福沢諭吉や野口英世に変わっていたが、発行されてまだ数年(確か、二年程度だったか?)彼らは未だバリバリの現役として世に出回っていたのである。……考えてみれば、二十年定期で日本銀行券は変更されているらしいから、私のような五十代以上の人間ならば、二世代以上の新札発行を目にしている訳だ。
思い返してみると、小学生時代、一万円札の聖徳太子を初めてみた時は衝撃だった。豪華に装飾が施された券面には「壱万円」の文字が中央にドンと構え「この文字が
閑話休題。
初めは金額が間違っているのかとオロオロしたが、所長が「それが今の日当や。社員なってもっと真面目に働いたら、ぎょうさんやるで」とニヤニヤした目で言われ、思わず「やります!」と喉まで声が上がったが「……あ、あはは。考えます」と無理やり答え、自宅に帰って毎日ぶっ倒れていた。
……当然である。この年になるまで労働自体の経験はあるが、どちらかと言えば軽作業に入るものばかり。それが、一日中動き回り、エアコンと言う機器を運んで作業員の手元作業を手伝うのだ。工具は勿論鉄の塊のようなものも有るし、室外機に至っては鉄その物である。それを客先に運び入れ、設置し、片付けなどをして……そんな行程を一日数件行えば、いくら体力がある高校生でも所詮は子供なのだ。故にこの高給でも有る訳だった。
……だが、人は慣れる生き物である。毎日ぶっ倒れていたのが、二三日に一度になり、二月も過ぎると、そんな事でへばる事も無くなっていく。そうして身体が順応し始めると、気持ちに余裕が産まれてきて、職人たちの話す言葉の意味を考えたりし始める。彼らの仕事では道具が必須であり、またその呼び名も様々。一つ例を取ってみると「ウォーターポンププライヤー」と言う先端が一方向に曲がり、少しいびつに尖った形のペンチが有るのだが、とある職人はそれを「アンギラ」と呼び、また別の年寄りの職人は「カラス口」と言う。名前の由来自体は諸説あるが、皆一様に「先輩がこう呼んでいた」から。らしいのだ。手持ち工具一つでこんな調子、それが何十何百種も存在している。私のようなハンマー一つを「トンカチ」と呼んでいた人間からすれば、その先端の違いで名が違うだなどと想像できるだろうか。呼び方も人により「タタキ」「ゲンノウ」etc……。正直、毎回違う名で呼ばれる工具を覚えるだけで、頭がよくこんがらがっていた。
そんなこんなで仕事の面白さ? に気づいてしまった私。年の変わった六十三年。まさかの再会を仕事先で果たしてしまったのである。
「おぅ〇〇、お前今日、この人と量販の仕事に行ってくれ」
事務所にタイムカードを打ちに行った途端、所長から掛けられた言葉がそれだった。紹介された人はこの会社では初めて見る人。何故急に? とは思ったが、所詮バイトの身。選ぶ権利など有るわけもなく「はい。……よろしくお願いします」とだけ言って、自分の手荷物と工具バッグを引っ張り出して、彼の車に向かっていく。
「悪いね。俺も元々ここの社員やってんけど、独立してさ、何時も連れてたバイトが急に辞めてしもうて、どうしても人手が欲しくてな。社長に泣きついてん」
言われるがまま彼の車に乗った途端、そんな内情を話しながら自己紹介をしてくれる。年齢は二十五歳、この仕事は高校卒業後、すぐに私の居る会社に勤めて一から覚えたという。独立は二年前で、その時から量販専属で今の仕事をしているとの事だった。
――二十三歳で独立!?
その言葉に衝撃を受けた目で見返すと、彼はニコニコと笑いながら「独立言うても一人親方やからな。現に手元一人おらんだけでアップアップしてるやろ」と車を走らせながら答えてくれた。……ただ、当時の私にとって『一人親方』の意味もよく分からなかったのだ。だから、今もニコニコと色んな話をしてくれるこの人は、とても、とても偉い人なんじゃないかと思っていた。
そうして一見和やかムードで、車が到着したのはとある量販店の倉庫。幾つかの建屋が並んでおり、小型の二トントラックがずらりと並び、倉庫から出てくる荷を積み込んでいく。そんな倉庫の端に、何台分かのスペースが開けられており、そこには工事車両と思しきトラックやバンが順番待ちをしながら並んでいた。彼もそんな場所の一箇所に車を止めると「ちょっとここで待ってて」と一人離れた場所にある、事務棟へと、カバンを持って歩いていった。
「――ふぅ、あんな若い年で独立って……スゲェな」
車でじっとしているのに飽き、降車して倉庫の方を眺めながら一人、小声でそんな事を呟いていると、前に並んだ車に戻ってくる人達がちらほら。そんな光景を特に気にも止めずにぼうっと見ていると、突然誰かが私の下の名前を叫ぶように呼んだ。
「◯◯!? お前、〇〇か?!」
――懐かしいイントネーションで私の名前を呼ぶその声は、もう何年ぶりになるのだろう。振り返った先に立っていたのは、見紛う事なく、我が父だった。
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