毒の言葉

花淵菫

第1話:毒の言葉

 人には言えない秘密の一つや二つ、誰もが抱えて生きている。その秘密が、誰かを傷付けるような物でなければ、私は構わないと思っている。


 口さがない言葉や、無意識の悪意から身を守るために、必要な事だった。どこから狂っていったのだろうか?


 私たちは、穏やかに愛し合っていた。一般的な形からは外れていたとしても、確かに家族としての絆を育み、形式を取り繕い、縫い合わせ、愛という物に昇華していた。その幸せまでも、否定しないで欲しい。


 どうしてあなた方は何時も、失われてから綺麗な言葉を並べ立てるのか。何故、もっと早く口を開いてくれなかったのか。



 超高層階のホテルの窓は、数センチしか開かなかった。



 日暮理沙子。それが今の私の、一般的な呼び名。新進気鋭の声優。今期の主役は二本。レギュラー級が三本。自在に声色を操れる事から、カメレオン声優と言われている。


 一見勝ち組の様に思えるかもしれないが、私は人として致命的な欠点を持っている。


 人を愛する事が出来ないのだ。正確には、恋愛感情を抱けない。


 同性、異性問わず、交友関係は広く、信頼出来る人も、好きだと思える人も、尊敬出来る人もいる。だけど、どうしても男女の恋愛に理解が及ばない。


 それは、主に舞台作品や、実写映像作品への出演に影を落とした。


 恋を知らない人間は、情熱的な演技が出来ないと指摘された。



 それは、私のせいでしょうか?



 声優をアイドル扱いして、恋愛禁止と釘を刺され、少しのスキャンダルも許されなかった。異性の友人と飲みに行った時だって、お開き前には、必ず同性の友人を呼び出して一緒に退店した。


 良いな、と思った人がいたこともある。だけど、どうアプローチすべきか分からなくなっていた。気付けば恋愛出来ない体質になっていた。


 業界、時代、それとも私自身の問題? 不器用で真面目な性格だったから? 約束を破って、コソコソ愛を育むべきだったのだろうか。


 同期が、一人、また一人と電撃結婚して行く。


 ずるい、ずるい、ずるい。


 言われた事を守って、正しく生きて来た私が、損をしている気分になった。私は、自分が損をする事を許せなかった。何故なら役者だから。貪欲に、あらゆる物を吸収し、欲しい役は殆ど手に入れて来た。


 家族が欲しい。恋を知りたい。そうすれば、もう二度と、上から目線の、セクハラじみたアドバイスを受けずに済む。


 だけど、私はもう二十半ばだ。大人の恋なんか知らない。誰が相手にするというのだろう?



 そんな時に、彼と出会った。彼は私の光になった。私が、恋することの出来ない人間だと知って尚、優しく手を差し伸べてくれた。


 ただ、私たちの関係は歪で、大きな問題を孕む物になった。


 だけど、それでも、私は手に入れる事が出来た。家族の形をしたナニカ。まがい物だけれど、他人に罵倒される様な物ではなかったはずだ。私たちの間にあった愛まで、嘘じゃない。


 少なくとも、私は彼を心から愛していた。


 だから、連日、面白半分に取り上げられた記事を見て、自分の事の様に怒りと、苦しみに支配されて行った。



 彼は、とても良い人だった。

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