自分にしか加護をかけられない聖女だけど、精一杯頑張ります!

あばら🦴

第1話 お披露目会

 トードル公国の中心地、レンバステン城入口の広場に大衆がつどっていた。

 新しい聖女のお披露目会があるからである。

 聖女とは神から賜りし加護を国や民に与えられる、トードル公国にも数人しか居ない特別な女性のことだ。国を守る要とも言える存在なので、国民の関心は非常に高く、皆がその人となりに注目している。

 するとそこに、兵士数人に周りを固められている若い女性が城から現れた。陽の光に照らされた艶のある長い黒髪に、豪勢ながらもおしとやかさを感じさせるドレス。兵士たちに先導されて歩く彼女の姿を見て、彼女こそ新しい聖女だと大衆はざわつき始める。

 彼女は用意されていた木製のお立ち台の上に立ち、噴水をバックにして、大衆を端から端まで眺めてから一礼をした。

 その後に一歩前に出ると話し始める。


「初めまして。トードル公国の聖女となりました、ニニスライト・レガーナと申します」


 ニニスはニッコリと笑顔を浮かべると、大衆のざわつきはさらに大きくなった。


「未熟な私の力がどれほど及ぶかは分かりませんが、トードル公国の安寧のためならば身を捧げる覚悟です。それだけでなく、私は皆様の困り事にも寄り添えるような、皆様にとって身近な聖女になりたいと思っております。なので気軽に『ニニス』とでもお呼びください。至らぬところが多い私ですが、どうかよろしくお願いいたします」


 言い終えるとニニスは一歩下がった。

 そしてここで大衆から拍手が起きる―――のがいつものお披露目会なのだが、今回は誰も拍手をせずに場はシーンとしてしまった。

 あまりに異様なことに場は動かなくなり、奇妙な間が生まれてしまう。


 その静寂を破ったのは、大衆の最前列にいる男性からのひとつの野次だった。


「自分にしか加護をかけられないって本当なのですか!?」


 ニニスは少し驚いた様子を見せるが、ニッコリと笑顔を向けるとまた話し始めるために一歩前に踏み出す。


「はい。その通りです。私は自分にしか加護をかけられません。ですが、この頂いた聖女という大役とその期待を裏切るつもりはありません」


 大衆はさらに一層ザワザワとし始めた。見かねた兵士のうちの上官が「静かに! 静かに!」と静止をかけるが止まらない。

 そしてその声の中には、いくつかニニスに対するものもあった。


「自分だけって、どうやって国を守るんですか!」

「聖女様にふさわしいんですか!?」

「なんで聖女様になれたんだ!」


「はい。受け入れ難いのは承知しています」とニニスは冷静に言い放つ。


「聖女様になるために貴族に媚びを売ったのは本当なの!?」

「いや俺は階級が上の兵士と寝まくったって聞いたぞ!」


「はい……? すみませんが、それは身に覚えがありません」とニニスは困り顔で笑う。


「魔族と関わりがあるってのも聞いたぞ!」

「使用人に虐待してるんだって!?」

「ハーティ様が聖女様になれないのはこの聖女様が印象操作しているかららしいわ!」


「あぁー……、困ったものですね。操作とはどういう―――」


 その時、ニニスに向かって小石が投げられた。その石自体は当たらなかったが、それを皮切りに大衆たちは思い思いに何かを言いながら何かを投げ始め出した。

 小石、布切れ、紙くず、食器、更にはタマゴやトマトやレモンやオレンジまでが飛んでくる。そこに二人の兵士がニニスの間に入って、彼らの鎧が飛翔物を受け止めていった。

 兵士たちは「やめないか!」と言いながら静止を試みるが、集まった人数と彼らの怒号の前にその声は届かない。


 兵士の後ろに隠れる形となったニニスに兵士の上官、グノット・ミークが近づいてきた。彼はやや老けながらも確かな体格と声の力強さは健在の男性だ。


「ニニス様、どうしましょうか。ここは一旦城に戻られた方が……」

「そうしましょう。投げられたものが、事故で私以外に当たってしまいかねません」

「……すみません。ニニス様。あなたには辛い役回りを負わせてしまいました」

「あなたは悪くありませんよ。そしてここにいる皆様も悪くありません。彼らは不安なのです。その不安を突き放してしまえば、私は聖女に成った意味がありません。私は彼らからの非難を喜んで受け入れましょう。シャーザ様もきっとそれをお望みですから」

「承知しました。我々がお守りしますのでなるべく身を屈めるようにお願いします」


 ニニスは「はい」とコクリとうなづいた。するとグノットはある違和感に気付く。


「……ところで、あなた様の手元のはいつから所持していたのですか?」

「ついさっき、ですよ」


 その籠の中にはタマゴやトマトやレモンやオレンジなどの食べ物が入っていた。


 ――――――


 お立ち台から立ち去るニニスを、城の中から見下ろす女性がいた。彼女はハーティ・ファン・ブロンディーズという名で、およそニニスと同い年だ。

 彼女もまた神から聖なる加護を授けられる能力を持っていて、誰もが聖女になると疑わない逸材だ。既に聖女の如く加護を降り注ぎに各地を巡る活動をしていて、民からの信頼は厚く、まだ聖女でないにも関わらず他の聖女がされているように様付けで呼ばれている。

 特徴的な金の長髪を短く結んでいるハーティは、誰にも気づかれない窓辺で、歪んだ笑みを浮かべてお披露目会の一部始終を見ていたのだ。


「アハハ! 良い気味だ。どんな手を使ったが知らないが、とっとと聖女なんて辞めやがれ!」


 ハーティは印象操作用に手駒にしている新聞記者と密かに結託して、ニニスに関するあることないことを書きなぐった新聞を国民に配っていたのだ。


「聖女様ってのは特別な人間がなれるもんだ。そう、私のような……。類まれな才能と積み重ねた実力が無ければ相応しくない。どこの馬の骨が知らねえやつが気軽に座っていい椅子じゃねえんだよっ! それも、私より先にだと……!? ふざけやがって!」


 ――――――


 ハーティがニニスを知ったのはお披露目会の前日の夜。城の内部にある応接室のような部屋で、グノットとニニスが高級な机を挟んで打ち合わせをしている時のことだった。


「―――まぁお披露目会といっても、聖女様としての品格を損なわないように気をつけていただければ、何を申しても構いません。あなた様の思うがままで」

「分かりました」

「それから改めて、ニニス様にこのような大役を急に押し付けてしまい、本当に申し訳ありません」

「いいのですよ。これもまたシャーザ様のお導きですから」


 するとその時、急に応接室の扉が開いて外からハーティが入ってきた。外にいる兵士たちが「ハーティ様! 困ります!」と言うものの聞く耳を持たない。


「グノットさん! 新しい聖女様が誕生したというのは本当なのですか!?」

「ハーティ様。……勝手な行動は謹んでもらいたいのですが」

「……これは失礼しました。私としたことが」


 ハーティは人当たりの良い笑顔を浮かべながら、柔らかそうで鋭い瞳をニニスに向けた。


「まぁ、ちょうど良いかもしれません。ハーティ様、彼女こそが新しく聖女様になられるニニスライト・レガーナです」


 そこでニニスは立ち上がり、ハーティに対してにこやかに一礼する。


「よろしくお願いします」

「ハーティ様。ニニス様はまだ聖女としての経験に乏しいのです。どうかニニス様の支えになってもらいたく思っているのですが」

「……はい! お任せください!」とハーティはハキハキと応えた。

「ありがとうございます」とニニスは感謝した。「それならば私の加護の特性も知ってもらわなければ、ですね」

「特性、ですか?」とハーティは聞き返す。

「ええ。私の加護は自分にしかかけられないんですよ」

「は…………!?」


 思わず絶句するハーティ。それを察してかグノットは付け加えた。


「しかし聖女様になるには相応しい方です」

「……あはは、そうでございますか。はいはいはい……ところで話し合いはまだ続くのですか?」

「あぁいえ、お構いなく。今しがた終わったところですよ」

「それは良かった。ニニス様とお話がしたいですし」

「私ですか?」

「はい! 仲良くしていきたいので!」


 ハーティはとても眩しく純粋に見える笑顔を浮かべていたが、ニニスはどこか恐怖を覚えた。


 その後部屋から一緒に出たニニスとハーティは、城の中を案内するという名目の元でハーティの導きで歩き回っていた。

 最初は普通に話していたのだが、人気がない廊下を歩く時、急にハーティは黙りこくった。


「あら、ハーティ様。どうされました?」

「気安く呼ぶんじゃねえ!」


 ハーティはニニスの服の首元を掴んでニニスの頭を壁に叩きつける。


「お前……! 何しやがった!? なんで私を差し置いて聖女になれたんだよ!」

「あら、これはなかなか手厚い歓迎……」

「いいから答えろ!」

「そう申されましても、聖女様になれるなんて、私の方が不思議なくらいです」

「ふざけてんじゃねーぞ! それになんだ、お前の加護の特性は!? アレで聖女が務まるワケがねーだろ!? どんな手の回し方をしやがったかって聞いてんだ!」

「手を回してはいませんよ。話はできますけど、私がする話は信じないつもりなのでは?」

「当たり前だバカタレ! 言い訳なんて聞くかよ! いいか、私はお前を聖女様だなんて絶対に認めない! 引きづり下ろしてやる! あと、今のこのことを誰かに言うのはやめておけよ、お前の方が嘘つき扱いされるからな!」


 そう言い切るとハーティは首元から手を話して立ち去っていった。

 取り残されたニニスはおもむろにその場で手を組み出した。


(お父さん、お母さん、そしてシャーザ様。少し嫌な予感がしてきました。ですが私は負けません。見守っていてください)


 ――――――


 お披露目会の後。まるで城の中に逃げ帰ってきたかのような兵士たちとその中心にいるニニス一行は応接室に入った。

 ニニスは言う。


「皆さん、ありがとうございました。しかし私のせいで苦労をかけてしまったようで」

「いいえとんでもない! 俺たちの任務ですから」とグノット。「……ところで気のせいだったらいいのですが、さっきより籠の中身が増えているような……」

「あぁ、これですか? 投げられた食べ物を回収してたんですよ。床に落ちるともったいないので」

「なっ!」


 それにはグノットだけでなく他の兵士たちも驚いた。


「ど、どうやったんですか?」「というか、籠もいつの間に持ってたんですか!?」「演説の時はなかったですよね!?」と三人の兵士が驚きのままに聞く。

「特別なことはないですよ。ただ飛んできたものを取っただけですし、この籠も城に戻って拝借しただけです。それよりもこのオレンジ! なかなかに新鮮ですよ。一緒に食べましょう!」


 ポカーンとしてしまった兵士たちは、ニニスから渡されたオレンジをとりあえず食べ始めた。

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