第10話 罪 3


「えっ」


自室に入りソファーに座ってくださいと言おうとしたら、マーガレットが深く頭を下げていた。


「マーガレット様。頭をあげてください」


何故マーガレットが頭を下げているかわからず戸惑いながらも頭をあげるようお願いする。


「アスターさん。今回の件に我がブローディア家の使用人二名が関わっていたことが昨日わかりました。公爵家の一員として深くお詫びいたします。本当に申し訳ありません」


「……顔を上げてください」


そう言われマーガレットはゆっくりと顔を上げる。


「マーガレット様。今回の件はマーガレット様のせいではありません。全て私が悪いのです」


サルビアに領主としてこの町を任されたのに、病気は流行り食料は不足し大地は枯れ果てた。


結局最後には公爵家の力を借りなければ何もできないのだと思い知らされた。


この件が無事終わり次第領主の座を降りようと決意する。


「それは違います。これは、アスターさんのせいでは絶対ありません。これには呪術師が関わっているのです」


「どういうことですか?」


「使用人二人の話しだとフードを被った何者かが、公爵家の手紙を自分に渡して欲しいと頼んできたそうです。手紙は必ず届けるから心配ないと聞かされていたらしく、金と引き換えに毎回アスターさん宛とリュミエールの手紙をフードの遣いに預けていたそうです」


「でも、それだけでは……」


呪術師の仕業とは言えない、と続けようとして止める。


アスターは思い出したのだ。


呪術師は人だけでなく自然も呪うことができる者が存在していたことを。


四百年ほど前にイデアール国という国がまだあった頃、一人の呪術師が国全土を覆うほどの呪術をかけ国を滅したことがある。


それは隣国全ての国を恐怖に陥れた。


国王達は自国にいる呪術師を全て処刑することで恐怖を排除した。


もちろんこの国も例外ではない。


呪術師など二百年前に全て滅ぼしたと言われているが、生き残りがいてもおかしくはないかもしれないと思ったのだ。


「でも、何故この町なのですか。我々が一体何をしたというですか」


アスターは泣き崩れる。


勿論これはまだマーガレットの推測の域だということはわかっている。


それでも心の何処かで薄々感じでいたのだ。


もしかしたらこれは呪いではないかと。


「それは私にもまだわからないわ。だから、調べましょう。何故この町が呪われたのか。誰がどんな目的でこんなことをしたのか。必ず私は犯人を見つけるわ。そして、どんな手をつかっても報いを受けて貰う」


「私にも手伝わせてください。私もこんなことをした犯人を決して許せません。この手で殺してやりたい!」


「わかったわ。協力しましょう」


「はい」




コンコンコン。


「お嬢様。二人を連れてきました」


ちょうどいいタイミングで来た。


心の中でマンクスフドを褒める。


「入りなさい。アスターさん。さっきまでお話しした二人です」


アスターがきょとんとした顔をしていたので、コソッと教える。


「失礼します」


マンクスフドが二人を連れて部屋の中に入ってくる。


数人の騎士も部屋の中に入り二人を監視する。


アスターの顔を見るにようやく自分達のしでかしたことの重大さをわかったようだ。


ジョンの顔は真っ青で小声で「違う。違う。こんなことになるなんて思わなかった。ただ、親に弟達にいい暮らしをさしたかっただけなのに」と。


シーラは涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。


ただ「ごめんなさい。ごめんなさい」と呟いている。


「マーガレット様。この二人が本当に……」


「ええ、そうよ」


マーガレットはマンクスフドに目で指示する。


それを合図にジョンとシーラを床に座らせる。


「二人共、アスターさんに自分の口でどうしてこの町がこうなったのか説明しなさい」


マンクスフドが二人を連れてくる前に一度アスターに説明はしていたが、自分達の口で自分達がどれほど愚かなことをしたのか言わせてわからせるつもりでそう命令する。


「「…………」」


二人は黙ったまま何も言おうとしない。


「ーーマクス、二人の下と手を斬り落としなさい」


マーガレットが深いため息を吐き、マンクスフドそう指示する。


言うつもりがないなら罰を与えるまで。


「はっ」


マンクスフドが剣を抜き斬りかかろうとすると二人は逃げようとするが、他の騎士達におさえつけられ逃げられない。


アスターは急な展開についていけずポカンと口を開けてその光景を眺める。


「お、お嬢様!やめてください!お願いします!」


「なら、話しなさい。それが嫌なら黙って斬られなさい」


二つに一つ。


好きな方を選ばせる。


「時間が勿体から三秒で決めなさい。三、二、い……」


「お話しします!」


ち、という直前でジョンが叫ぶ。


「全ては半年前にある者と出会い旦那様がこの町に送る手紙を全て渡して欲しいと提案され、大金に目が眩んだ私はその話を受けてしまったのです。…………」


その日を境に自分が何をしてきたのか事細かく話す。


ジョンは何故そんなことを自分に頼むのか不審に思ったが、大金を見せられどうでもよくなったのだ。


手紙は責任を持って届けてけてくれると約束してくれたので、フードの遣いに預けるのも郵便局に預けるのも大して変わらないと。


そう考え毎回渡してしまった。


その結果がこれである。


あの時ちゃんと聞くべきだったのだ。


何故手紙を欲しがるのか。


貴方は何者なのか。


何が目的で自分にこんなことを頼むのか。


いや、違う。


あの時この話を断るべきだったのだ。


そして、すぐサルビアに相談していればこの町はこんなことにならなかった。


大勢の人が死ぬこともなかった。


たかが手紙だとそう言い聞かせ知らない人に大事な手紙を渡してしまった。


後悔ばかりが募る。


ジョンは手を床につけ頭を下げる。


「アスター様。本当に申し訳ありません。謝って済むことではないのは重々承知です。私の浅はかな考えで皆様に大変なご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありません」


「アスター様。私もジョンを止めるどころか賛同し手紙を渡しました。本当に申し訳ありません」


シーラも手を床につき頭を下げ謝罪する。


アスターは二人の謝罪を聞いて怒りが湧き上がってきた。


こんな奴らのせいで、金のせいで自分達はこんな目にあったのかと。


二人は公爵家の使用人。


この町に住む人達よりも多く稼いでいる。


それなのにまだ金が欲しいのか。


金のためなら主を裏切るのか。


謝罪なんて到底受け入れられない。


こんな謝罪で許される段階はとうに過ぎている。


「私は貴方達の謝罪を受け入れるつもりはない」

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