第2話 近衛隊の新入り(前編)
彼らは一番隊から始まり十番隊まで、その数はおよそ五百人にのぼる。その中でも、七番隊は特殊な部隊だった。
七番隊は通称「近衛隊」と呼ばれ、任務として聖女の身辺警護を受け持つ。ここに入隊できるのは、守護者の七つあるランクのうち下から三番目の
そんな近衛隊にこの度、新人が加わった。
「新しく入ったのは、ユイトという女性の奇石使いです」
そうシンに告げたのは、七番隊隊長カイル・ゼンナだ。
仕事に忠実な男で、シンに対しても妙に媚びへつらうところがない。シンにとって、数少ない信用できる相手だった。
カイルの言葉を聞いて、「おや」とシンは眉を持ち上げた。
「女性……ということ入隊してからまだ何年も経っていないのでは?」
つい一年前まで、守護者になれるのは男だけだった。しかし、しばらく前からこの制限はおかしいと、隊長会議でも議論になっていた。
男であっても女であっても、優秀な奇石使いは聖教会にとって喉から手が出るほど欲しい存在だからだ。それ故に、近年の守護者採用試験における身体検査は形骸化しており、ごく少数ではあるが己の性別を偽って入隊する女性もいた。
守護者を男性に限る意義はもはやない。
それで規則が改正され、女性守護者認可後の初の採用試験が昨年行われたのだ。
「はい。彼女は一期生のようですね。つまり、たった一年で
「ずいぶんと優秀なんだな」
「そうですね。これ程早く昇格したのは、三番隊や八番隊の副隊長以来ではないでしょうか?ともかく、
そう口にするカイルは、どこかホッとした表情をしていた。
「来てくれたのが女性で良かった」というのは、何も助兵衛心からの発言ではないとシンは知っている。
カイルは安心しているのだ。女ならば、シンに対して不届きなことをしでかさないだろうと。
実は過去に何度も、近衛隊員がシンに惚れてしまうという事態が発生していた。
その想いを胸に秘めているだけなら良いのだが、シンに対して愛の告白を行ったり、酷ければ無理やり迫ったりして、その都度カイルの胃をキリキリと痛めつけていた。
ただこれは、カイルの部下の管理が悪いというわけでも、近衛隊に自分より遥かに年下の少女(実際には少年だが)に好意を持つような性癖の人間ばかりが集まっているわけでもなかった。
こうして、シンに惚れる者が後を絶たないのは、彼の体質に因るところが大きい。
聖女に必要な資質でもある膨大な霊力が他者を惹きつけてしまうのだ。
ちなみに、他者――というのは人外も含まれる。
そう、異形の怪物エニグマも。
さて、シンは聖女の身代わりで女装をしているが、その身体と心は『男』である。また、同性に迫られて喜ぶ趣向もない。
ならば、相手が女性なら嬉しいのかと聞かれると、「男性よりはマシ」という程度だ。
相手が男にしろ、女にしろ、こちらの気持ちを無視して、己の下心や性欲をぶつけてくる相手を、シンは軽蔑し嫌っている。
二、三年前までは、そういったことに対する嫌悪感が今よりも強く、ともすれば吐き気を催すほど苦手だった。
――女性という点だけで、カイルは安心しているようだが……果たしてどんな人物だろうか。
そう思うシンに、期待の感情はない。
いずれシンはこの国を逃げることになる。
それまでの短い付き合いだと彼は考えていた。
そうしてシンは、ユイトに出会う。
*
「ユイトと申します。聖女様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
ペコリとその新入りは頭を下げた。
大きな双眸が印象的な少女で、黒くゆるやかに波打った長い髪を一つに結っている。
想像よりも若い新入りに、シンは少し驚いていた。
「失礼だが、年齢は?」
「十六になります」
つまり、シンより一つ年上なだけである。近衛隊員は総じて二十歳以上だから、最年少の隊員ということになるだろう。
ユイトは物怖じしない性格なのか、正面にシンを見据えていた。
そして、その瞳に変な媚の色はない。
「それでは、今日から頑張ってくれたまえ」
「はい!」
「もう、下がっていいぞ」
「失礼いたしました」
シンが退室を促すと、ユイトはあっさり従った。
最後にもう一度頭を下げて、彼女は部屋を出ていく。
扉が閉まってから、シンは横に控えるカイルに話しかけた。
「ずいぶんと若いが大丈夫なのか?」
「若いと不安ですか?」
「能力を不安視しているわけではない」
シンは首を横に振った。
実際、彼は実力主義的な考え方を持っており、年齢や性別で人を差別することはない。だから、彼が気にしているのは、ユイトの能力についてではなかった。
「ただ、女性であれだけ若いと目立つだろう。他の隊員とモメないか?」
近衛隊員の中には、自身が近衛隊に所属していることに対してのプライドが高すぎる者がいる。
自分たちはエリートの集まりだと、そう思い込んでいる連中だ。
そんな中に、彼らよりもずっと年下の女性が入ってきたらどうだろうか?
変にユイトを見下してしまうのでは……とシンは考えた。
というのも彼自身、見かけ上の性別や年齢を理由に、周りの大人たちから散々侮られてきたからだ。
「そうですね……。ただ、彼女の元上司――六番隊隊長の話を聞く限り、そう心配することはないかと…」
「そうなのか?」
「とりあえず、様子を見てみましょう」
その場はそのように落ち着き、数日が経った。
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