君の背に、花が咲く
たき
第1話 嫁入り-1
「お嫁に行くのですって、私」
そう言って、お嬢様が困ったように、喜ぶように、嘆くように笑った。
「おめでとうございます」
わたしはそう返すので精一杯だ。
「とうとう私にも花が咲くのかしら」
そう遠くを見つめるお嬢様の首筋の下には、背骨に沿うように伸びる緑の茎が隠されている。
「……なるべく遅いと良いですね」
答えた声は、震えていなかっただろうか。
その花が咲いたら最後、お嬢様の命の
先祖代々伝わる奇病なのだという。数代に一人、背中にその命を
昔々にどこぞの妖の呪いを受けただのなんだのと、下卑た噂を口にする連中もいる。お嬢様の家はこの村の中では一番大きな家だから、
だから根も歯もない噂だと
お嬢様の腰の辺りから背中を真っ直ぐに伸びる植物の茎。先端に硬く閉ざされた小さな蕾を持つその緑は、日の光にあたることで成長していくそうだ。そして育ち切ったその時、美しい花をその首に咲かせて、娘の命を奪うのだと。
だから、背に花を持つ娘は決して背を日に晒さぬよう、長く長く髪を伸ばして覆い隠すのだ。ーーいずれはその命を奪う、美しき花の芽を。
しきたりに従い伸ばされたお嬢様の豊かな黒髪を、丁寧に
どうかできるだけ長く、わたしのお嬢様の命を守ってくれますように。
……それと同時に、仄暗い欲望も顔を出す。美しきお嬢様の命を吸って咲く花。それはどれほど素晴らしい花をつけるのか。
ふるりと身震いして、恐ろしい考えを頭から追い出した。
わたしの使命は、お嬢様を守ること。それ以外を考えては、いけない。
「今日は一段と暑いですね」
きりりとした目元が涼しげな、まだ少年とも呼べる年頃の男は、どこか照れくさそうに呟いた。
お嬢様の嫁入りが決まる直前の、
月に数回の、来客がある日。お嬢様が存外この日を楽しみにしているらしいと気がついたのは、つい最近のことだ。
気づいたきっかけも、ほんとうに些細なこと。お嬢様が普段よりも少しだけ、部屋の縁側寄りに腰を落ち着ける。それだけ。
「ええ。そちらは陽が当たるでしょう、こちらへどうぞ、
お嬢様が、花が綻ぶように微笑んだ。
これだ。きゅう、と胸が締め付けられるのを感じる。
鳳生家は、少し離れた町で呉服屋を営んでいる商家だ。ここ十年ほどで大きく商売を広げ、この辺りでも鳳生の名を知らぬ者はいないほどだ。
その鳳生の末子である彼は、月に数回お嬢様の元を訪れて、いくつか他愛のない会話をして去っていく。
これといって特徴のない細い顔に、ぼんやりとした笑みを浮かべてぽつりぽつりと話す姿は、言葉を選んで言うならば非常に穏やかな男だ。よほど可愛がられて育ったのだろう。
身長こそそこいらの男たちと比べれば高い方だが、わたしと並んでもそう変わらないほどに薄い肩は、気に入らない。そんな有様で、本当にお嬢様の隣に並び立つのかと、守ることができるのかと、詰め寄りたい衝動に駆られることがある。
それでも彼がお嬢様を心から大切に思っているのが、その眼差しや言葉の端々から伝わってくる。だからこそ、余計に腹立たしい。
しかし、お嬢様も彼のことを好いていることを、わたしは知っている。ならばわたしに否やはない。
「和人様、こちらの円座へどうぞ」
上等な円座を、縁側の中でも日陰となる場所に置き直して声を掛ければ、彼は軽く目礼をしてそこに座り直した。
……認めたくはないが、良い人なのだ。一介の侍女であるわたしにも、礼を払ってくれるような。お嬢様の許婚でさえなければ、きっと快い関係性を築くことが出来ただろうに。
しかし、彼はいずれお嬢様の命を奪うことになるのだから。心を許すことなんて、出来はしなかった。
このあたりの村では、婚姻をした子女はそれまで下ろしていた髪を結い上げるのが習わしだ。頭の上で華やかに結い上げられた髪は、幼い少女たちの憧れであり、大人になった証でもある。
しかしそれは、お嬢様にとっては命を
歴代の緑を生やした女性たちの記録を紐解けば、伸びる茎が首に到達してしまえば、そこから花を咲かせるまでにほとんど時間が掛からなかったと記されている。
お嬢様の茎の先端はちょうど肩甲骨に差しかかったところ。猶予は、あまり残されていない。
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