軽薄と言うには

堕なの。

軽薄と言うには

 ヘラヘラ笑ったアイツが嫌いだ。暖かい春の日差しの中、大学の構内でただそう思った。何故かモテる学内一イケメンのアイツは、軽そうな笑みを浮かべている。悪意100%で言うのなら、沢山女を食ってそうな笑みだ。

「アイツムカつく」

「分かる。ミスターコンだか何だかがそんなに良いかよ」

 隣の席に座っていた奴も同意する。アイツはこのクラスにいる男子の大半を敵に回している。それでも、何かがあったときは女子が助けてくれるというのだから、その度によりヘイトが集まる。

「弱みとかねぇのかよ」

「アイツに着いて行って現場を抑えようかな」

「何のだよ」

「浮気とか、女に頬を叩かれてるところとか。ホントはEDみたいな明確な弱点が良いんだけど無さそうだし」

「本人にはバレんなよ」

 クラスメイトは俺の言動に引いたのか、苦笑していた。


 講義が全て終わり、ストーカー作戦を開始する。朝はあんなに晴れていた空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。

 駅まで行くと、近くのカフェに入った。今日一緒にいた女子と待ち合わせでもしているのだろうか。そう考えるだけで怒りが増してくる。しかし予想に反して、アイツの向かいの席に座ったのは男だった。

「ご注文はお決まりしましたか?」

「あ、えっと、じゃあコーヒーを一つ」

 彼女が出来たことのない俺にとってはカフェなんて異世界にあるようなもので、注文に戸惑ってしまう。店員も不審に思っていることだろう。

「コーヒー一つですね」

「あっ、ハイ」

 もう二度とこの店には来ないと決めて、目的である二人の会話に耳を傾けた。

「大学生活は順調か?」

「うん、まあまあだよ」

 あんなにモテていてまあまあとは、嫌味にしか聞こえない。

「コーヒーです」

「ありがとうございます」

 目の前に置かれたコーヒーを一口。思ったより苦くて顔を顰める。

 カフェのBGMが悲しげな曲に変わって、それに呼応するように二人も小声で大事な話を始めた。俺は二人が座っている席の後ろで背を向けて座っているため辛うじて聞き取れるが、ここ以外の席では難しい声量だった。

「それでお前、大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「女だよ」

 俺の望みを知ってるかのようなドンピシャな質問に心臓が早鐘を打つ。聞き逃さないように、全神経をそこへ集中させた。

「高校のとき色々あっただろ」

「皆、良い子だよ」

「そんな 痛いみたいな顔して言うなよ。さっき鞄から手作りのチョコが見えたぞ」

「ちゃんと食べるよ。作ってくれた子に悪いし」

「そうじゃねぇだろ。お前高校のときにチョコに髪やら血やらを入れられたのを渡されてから、他人の手作り食えないじゃねぇか」

「確かに気持ち悪くはなるけど。もう吐きはしないし大丈夫だよ」

 悲しげで、申し訳なさそうな声。完璧だと思ってた。でもちゃんと人だった。苦労もしてた。しかも、俺たちが妬むほど羨ましいと思っている女関係で。

 窓の外を見れば、クラスの中でも可愛いと言われてる子がカフェの中を見ていた。何となくストーカーなんだと思った。多分そうなのだろう。スマホカバーの下にある写真は隠し撮りの角度だ。

 途端に自分もストーカーをしていることが恥ずかしくなった。あれと自分は一緒なのだと。

「笑ってれば何も問題ないよ」

「それはお前を守る仮面で、お前の心を隠すためのベールだろ。辞めろよ。もう良いだろ。由香への贖罪はこのくらいで。女性には絶対優しくするなんて言葉、ずっと守り続ける必要も無いだろ」

 由香、見知った名前が出てきて驚く。それは俺の従姉妹の名前だった。すると、その言葉はアイツに対する遺言なのだろう。だって、由香はもうこの世には居ない。あの頃は不慮の事故で無くなったのだと聞いていた。でも、子どもながらに分かっていた。事故なんかではないと。

「由香が死んだのはお前のせいじゃない」

「僕はそうは思ってない」

 申し訳ないような声と、悲しげな声と、痛そうな声はこのカフェの中でたくさん聞いた。それでも、こんなに意志の籠った声は一度も聞かなかった。誰に言われても、それだけは認められないのだろう。俺は膝の上で拳を握り締めた。

「ごめん。、」

 アイツには聞こえない小さな言葉で謝って、会計を済ませた。窓越しに見たアイツの顔は苦しさを滲ませていて、いつものあの表情は完全に作っているのだと理解させられる。軽薄だと思っていた男の笑顔は、それを浮かべるしか選択肢のない男の笑顔だった。

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軽薄と言うには 堕なの。 @danano

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