きっと、二度目の青春は恋愛ゲームの正規√になる(はずだったのに)。
小鳥遊一
達成度1:人生二度目の青春
青春。それは読んで字の如く、人生の春に例えられる時期である。
夢。希望。友情。恋愛。挫折。葛藤。
思春期という多感な時期に過ごす、若さと思い出に美しく彩られた学生時代の日々。
それは多くの人間が享受し、そして平等に失うものだ。
だが────こう思ったことはないだろうか。
もし、過去に戻ってその青春をやり直せるとしたら、と。
それはきっと多くの人間が一度は考え、夢想し、恋い焦がれたことがあるであろう夢物語。
好きだったあの子に告白する? それとも、その子は諦めて次の恋を探してみる? それとも、恋愛はやめて部活に注力し、もう一度前の青春ではなし得なかった全国大会やインターハイ出場の夢を全力で追いかけてみる?
あり得たかもしれない無数の可能性に人は思いを馳せ、そして最後にはゆるゆると首を横に振る。
所詮は妄想。いくら思い描こうとも、失った日々はもう戻らない。
今さらどんなに後悔しようとも、希おうとも、過ごした時間は帰ってこないのだ。
だが、だがしかし。
僕、
詳細はここでは割愛するが、とにかく僕は高校二年生の春から学生生活をもう一度送ることになったのだ。
人生二度目の青春。突如振って湧いたこの機会に、僕は戸惑いながらもある決意をした。
それは、今度こそは必ず青春を謳歌してみせるぞ、ということ。
毎日自宅と学校を行き来し、愛と勇気とPCとモニターとコントローラーとだけが友達の日々ではない。
そう。あの日も僕がプレイしていた恋愛ゲーム、その正規√のような。
苦楽の末に色々あって清純派のヒロインと結ばれ、付き合い、ハッピーエンド。
そんな普通でありふれていて、けれども幸せなキラキラした青春を送るのだ。
僕はそう決意し、意気込み、そしてそんな青春を送ることができるように努力しようとした。
そのはずなのに────。
「……」
今はもう授業では使われていない、古びた旧校舎の階段を上る。
この学校はかつて、生徒数二千五百人を超える市内随一のマンモス校だったらしい。
だが、現在では少子高齢化の影響を受けて生徒数はその半分以下に激減。
結果、現状の生徒数に比べて無駄に大規模で広い多くの施設は学校の手に余り、持て余された施設は半ば放置されており────この旧校舎もその一つ。
まるで洋館のような見た目をしたこの旧校舎は現在、学園当局の公認非公認を問わず多くの同好会や部活が空き教室を部室として利用する、巨大な部室棟と化していた。
僕が今向かっている「部活」もまた、その例に漏れず旧校舎の三階、そこにある旧生徒会室に拠点を構えている。
薄暗い廊下を進み、『生徒会室』というプレートの立てかけられた教室の前で足を止める。
ガチャリと音を立てて扉を開けば、まず目に入ってきたのは大きな椅子だった。
革張りの豪奢な椅子はきっと、以前の生徒会長が座っていたものなのだろう。
その椅子は現在、窓際を向き────僕に背を向ける形で置かれていた。
「鏡野」
巨大な椅子に向かって声をかける。すると、
「────おやおや、随分と遅かったじゃないか。こんなにも見目麗しい少女を一人待たせるだなんて随分と罪作りな奴だね、君も」
そんな声と共にくるりと椅子が回転し、座っていた一人の少女が僕に不敵な笑みを見せた。
ブレザーの制服に学校指定のリボンではなくネクタイを結び、膝丈のスカートに黒タイツ。
そして頭にはまるで学生帽のようなキャスケット。
絹のような黒髪をミディアムヘアに切り揃え、こちらにほほ笑みかける少女の名前は鏡野柚葉。
旧校舎三階の旧生徒会室を占拠し、打倒生徒会を掲げて活動する謎の部活(?)『暫定生徒会』。
彼女はその生徒会長にして部長にして、現状僕以外の唯一のメンバーである。
「まぁいい、許そうじゃないか。更正の機会は全ての生徒に平等に与えられるべきだ。それに────私が恵まれているのはこの顔の良さだけじゃない、人格においても当然そうなのだからね。私の寛大さはこの高校の正門よりも高く水溜まりよりも深いのだよ、感謝したまえ塩江君」
「お前の自己肯定感の高さにはさすがの僕も常々驚かされるし、その見上げた自尊心には感服に値するものがあるが、今はお前の寛大さとやらがせいぜい数メートルしか存在しないことを指摘したほうがいいか?」
それを言うなら山より高く海より深いとか、でいいだろう。
相変わらずこいつは比喩が下手である。
「ふっ、副会長ともあろう者が小さいことは気にするな。そんな些細なことにいちいち気を取られていては、私達の計画の大いなる最終目的は達成できないよ? 塩江君」
「いや、何度も言うが別に僕はお前の計画とやらに乗った覚えはないし、なんならこの部活に入った覚えもないんだが。そもそもここにはお前に脅されて来てるだけだし……来なくていいんだったらむしろ」
「さて塩江君────いいや、副会長!」
そこで鏡野は誤魔化すように俺に続きを言わせず、ガタンと席を立ち上がる。そして、
「今日も始めようか、我々『暫定生徒会』の活動を! 我々こそがこの柊ヶ丘高校を統べるに相応しい、君と私で学園を支配しようじゃないか!!」
ビシッと俺を指差し、満面の笑みを浮かべた。
「……」
……違う、僕の青春の正規√はこんなはずではない。
僕の思い描いた青春はもっとこう、普通で無難な日々なのだ。
断じてこんなお化けの出そうな洋館みたいな旧校舎の三階で、旧生徒会室を占拠する謎のレジスタンス少女に『暫定生徒会』とか言う訳のわからない組織に加入させられ、怪しい活動に巻き込まれるはずではなかった。
そのはずなのにああ────どうして。
どうしてこんなことに、なってしまったのか。
話は一ヶ月前に遡る。
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