春の短いやつ集

北見崇史

あなたの便秘スッキリ隊

「もう一週間も便秘だよ。お腹が張って死にそう。さすがにヤバいわ」

 便秘体質の南谷果歩は、今日も会社のトイレでふんばっていた。

「ちっとも出る気がしない。どうなってんの、わたしのお腹。アナルもさあ、もうちょっと仕事しなさいよ」

 自らの直腸と肛門の出来の悪さを嘆いていると突然、ドドドドドと、たくさんの人の足音がやって来た。

「え、なんなの」

 唐突にドアが蹴破られ、目なし帽に黒タイツの軍団と対面した。その中の一人が言った。

「あなたの便秘スッキリ隊です。まかせてください」

 南谷果歩の会社のトイレは古式ゆかしい和式スタイルである。だから膝を抱えてしゃがんだ姿勢だった。

「野郎ども、かかれー」

「キー」

 隊長が命令すると、部下たちが元気よく返事をした。

「きゃあ、ちょ、やめてー」

 その恥ずかしい姿勢のまま荒縄で固定されて、数人の黒タイツに運ばれた。連れてこられたのは高層ビルの屋上である。

「あなたをここから落として、その落下の加速度で便秘を解消します。ゴムひもをつけていますので安心してください」

「ちょっとまって。これってバンジージャンプじゃないの」

 すでに南谷の体にはハーネスがセットされていた。ただし、恥ずかしい排便姿勢の緊縛はそのままであった。

「飛べ、虹の向こうへ」

「あひゃあ」

 蹴飛ばされた南谷果歩は、ビルの屋上から落下した。

 が、ゴムひもが伸びて徐々に減速し、地上一メートル六十五センチのところで一旦停止した。

 ちょうどそこに禿げ頭の中年サラリーマンが通りかかり、頭のてっぺんに残っていた波平的な数本が彼女の尻に触れた途端に、猛烈に上昇を始めた。何度か上昇と下降を繰り返した後、屋上に戻された。

「どうです、出ましたか」

「出るわけないでしょう。もし出してたら、あのおじさんの頭が大変なことになっていたじゃないのさ」

 落下の加速度でも、彼女の便秘は解消されなかった。

「野郎ども、次だ。かかれー」

「キー」

 その恥ずかしい姿勢のまま、今度はスポーツカーのボンネットに固定された。やや仰向けであり、股間が前を向いている。

「いまから時速三百キロまで加速して、急ブレーキをかけます。それでダウトでしょう。間違いなし」

「いや、それ間違いだから。ホントにやめてって。ダウトの意味がわからないって」

 キュキュキュキュキュー、と派手にタイヤをスピンさせながら、スポーツカーが猛然と加速した。真昼の高速道路をつっ走り、スピードメーターのデジタル表示が時速三百キロメートルに届いた瞬間、フルブレーキングとなった。

「ううううっ、く」

 南谷の下腹に急激な停止Gがかかる。これにはさすがの頑固便秘も挨拶せずにはいられなかった。

「どうですか、洋子」

「ちょっと、先っぽが出たような気がする。それと洋子じゃないから」

「よし。野郎ども、次だー」

「キー」

 恥ずかしい姿勢のまま空港まで運ばれ、セスナ機に乗せられた。パラシュートを装着させられ、高度三千メートルに達する。

「今度は気圧差で勝負です。十番勝負ですよ」

「ちょっとまって。このかっこうのままスカイダイビングできないっしょ。てか十回もムリだって」

「飛べ、月の向こうへ」

「キャッ」

 蹴飛ばされて、セスナ機から落下した南谷は焦っていた。

「ちょ、これって、どうやって開くのよ。取説なしかよ」

 装備の説明はなかったが、手元にあったヒモを引っぱるとパラシュートが開いた。その際の衝撃が直腸を刺激し、頑固一徹な便がブリブリブリブリっと、下劣な音をともなって放出された。

「アハハハ、ひっさしぶりにウンコが出た。すげえ、スッキリ」

 空中で放たれたOL女性の糞便は、風に吹かれるまま 河川敷で催されていた昭和町内会夏祭り会場のカレー鍋に突入した。

「うわっ、火を止めないと」

 火力が強くて鍋が噴いてしまったと、カレー鍋担当の主婦は思った。

「うん、今日のはすごくスパイシーだわ」

 お玉でよ~くかき混ぜて、ためしに味見をした主婦は満足した。

 その後、河川敷の夏祭り会場で、猛烈な下痢をともなう集団食中毒が発生して大騒ぎとなった。

 カレー鍋担当の主婦が故意に自らの糞便を混ぜたとして、逮捕された。

 昭和町カレー事件は冤罪なのである。

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