第123話 #ダンジョン配信がもたらされた世界
夕方。リオたちが配信を始める少し前。
各都市に設置された
だが何が始まるのかは誰も知らない。
「なあ、一体なにが始まるんだ?」
「あんな巨大な魔道具、見たことないぜ」
「あっ、見ろよ! 魔道具に変な男が出てきたぜ!」
画面に映ったのはエルドリッヂ。だが表舞台に顔を出すことがないため、彼を知る人はいなかった。
『皆様、大変お騒がせしております。ワタクシは天才錬金術師エルドリッヂ! 突然ですが只今より、新しい魔道具の紹介を始めさせていただきますっ!』
やや芝居がかった男の登場に、聴衆はそろって胡乱な視線を投げかける。
「……なんだ、あの男」
「自分で天才とか言ってるぞ」
「ていうか、あの平たくて大きい魔道具はなんだ? どうやってあの男は魔道具の中に入ったんだ?」
この世界にはテレビやカメラも存在しない。そのため画面に映るという概念そのものが、この世界にいる人々にはわからなかった。
『いま魔道具で見ている光景は、別の場所でしゃべるワタクシの姿を映したものです。――つまりっ! この世界はようやくっ、遠方の人と会話する技術を手にしたのですッ!』
エルドリッヂは熱の入った弁舌を振るうも、聴衆たちはなにがすごいのか具体的なイメージができない。
「遠いところの人と、交流……?」
「それってすごいのか? いや、確かにすごそうではあるけど」
「ほっほっほ。それならワシは魔族領の防壁警備に出た孫と、久しぶりに話をしたいのう」
とあるご老人がそんな独り言を口にすると……周囲から似たような声があがり始める。
「……確かに。遠くの人と顔を見ながら話せるのなら、俺も故郷に住むおふくろと話がしたい」
「商売にも役立ちそうだな。遠方で不足している物資がすぐわかるなら、売れる物をあらかじめ用意できるじゃないか!」
「もしかしてダンジョン内とも繋がるのか? それならダンジョンに潜らなくても、冒険者たちの様子が……」
『そこの君ィィィィ―――ッ! まさにその通りなのですよぉ―――っ!!!』
びくうぅーーーーっ!!!
エルドリッヂが画面いっぱいに顔を近づけ、数ある意見のひとつに食い付いた。
まさかこっちの声まで拾ってると思ってない聴衆は、揃って肩をビクリと跳ねさせる。
『そうッ! まさにその通り!! ワタクシの開発した魔道具――ドラゴパシーを使えば、ダンジョン内にいる冒険者と顔を見ながら会話が出来ます。つまりっ! これまで冒険者以外は見ることのできなかったダンジョンの様子が、誰でも地上から見れるようになったのですっ!!!』
エルドリッヂがそう熱弁すると、聴衆たちの間にも驚きの声が広がっていく。だが――
「でもさ、ダンジョンの様子が見れて、それでどうするんだ?」
「ああ。確かにすごいことかもしれないけど、生活種の俺たちが戦う様子を見たってなぁ……」
まだこの世界に誕生していない発明品を前にすれば、このような反応も当然のことだ。エルドリッヂとて、その辺もしっかりと把握している。
だからこそ、発表と同時のセレモニーが重要であることも。
『フフフ、そうですね。この魔道具がどのような意味を持つのか、理解できないのも当然のことです。そのためっ、今日これから! 話題沸騰中のクラン、リブレイズによるダンジョン配信を始めたいと思いますッ!』
「ダンジョン、配信……?」
「リブレイズってあれだよな? 大聖女の流転巡礼に付き添ってるクランだろ?」
『百聞は一見に如かず、ワタクシの説明よりご覧いただいた方が早い。ということで場面はSランクダンジョン、四十層におられるリブレイズの皆さんに代わらせていただきます!』
エルドリッヂがそう言うと、映像が別の物へと切り替わる。そこには桜舞い散る古都を背景に、画面に顔を近づける少女が映っていた。
その少女はどこかぎこちない笑顔で、画面に向かって手を振りながら言う。
『あ、あ~……リブレイズのリオ、ですっ。いまからSランクダンジョンの魔物と、戦いまーす、がんばりまーす……』
どこか自信のなさそうな声に、聴衆は揃って「この娘、大丈夫なのか……?」と不安に包まれる。
するとリオの背後からS+ランクの魔物、ブレイド・コアトルがゆらりと姿を現した。
「お、おい! 後ろっ! 全身刃だらけの大蛇がいるぞっ!!」
リオはまだ気付いていないのだろうか。少女の背後では息をひそめたコアトルが、地面に数多の刃を這わせて忍び寄る姿が映っていた。
「に、逃げろ!!! このままじゃ、みんなの見てる前で殺されてっ――!?」
瞬間。コアトルが全身の筋肉を伸ばし、獲物に向かって飛びかかる。
誰もが惨劇を覚悟し、息を呑む。――が、コアトルの姿は宙をきっていた。
「あ、あれ……? 少女は?」
「まさか避けたのか? あの距離で、あの速さの攻撃を?」
「み、見ろっ! コアトルの背中だ!」
いつの間にか、少女はコアトルの背中に乗っていた。
そしてその場に屈み、虹色の短剣を取り出して背中を一突き。すると傷口から黒い靄が立ち昇り――刃の蛇は痙攣しながら絶命した。
「「「?????」」」
理解が追いつかない聴衆は、ぽかんと口を開けて画面を眺めることしかできない。
そしていつの間にか手にしていた氷の牙をポーチへ仕舞うと、今度はミノタウロスへ向かって突っ込んでいく。
「お、おい。あの魔物ってミノタウロスだよな?」
「ああ。だけど話に聞くより、数倍デカいような……」
「……キング・ミノタウロスって言うらしいぞ」
画面越し鑑定スキルを使った男が、誰に言うでもなくそう呟く。
「魔道具から届く姿でも、鑑定スキルは使えるみたいだ。魔物のランクは……S+、攻撃力もS+! ……この場所、本当にSダンジョンの四十層なんじゃないか!?」
その言葉を聞いて、聴衆のざわめきが大きくなっていく。
生活種にとっては初めて見るダンジョン内部の映像。そして冒険者にとってのSダンジョンも、一層を歩くだけでも天井人の領域だ。
それなのに目の前の少女は、四十層という深層の魔物と渡り合っている。
いや、渡り合っているのではない。圧倒していた。
ミノタウロスへ立ち向かうリオの姿は、あまりの早さに断片的な残像しか視認することが出来なかった。
その素早さにミノタウロスも反応できないと察したのか。巨大な斧を横薙ぎに振り回すことで、少しでも命中率を上げようと画策する。だが――
『はいっ!
先ほどまでミノタウロスが手にしていた巨大な斧が、いつの間にかリオの手に収まっていた。そして明らかに収まるハズのない、小さなポーチへと吸い込まれて行く。
武器を失ったミノタウロスは動揺し、その場で思わず立ち尽くしてしまう。瞬間、ミノタウロスの周囲にリオの残像がいくつも浮かび上がる。
実際には残像ではない。ドラゴパシーのシャッタースピードでは、リオの挙動を捉えられなかっただけのことだ。
そのため画面を見ている聴衆たちには、断片的にリオが短剣を振るう残像だけが見える。
そして三つ目の残像が映った時。ミノタウロスは体を激しく痙攣させ、その巨体を宙に溶かしていった。
リオはそんな強力な魔物を倒したにもかかわらず、特に感慨もなく次のミノタウロスへ向かって突っ込んで行く。
「お、俺たちは一体、なにを見せられてるんだ!?」
「わからない……でも、なんか鳥肌が止まんねぇよ!」
「ああ! だってリブレイズのリーダーって盗賊だろ!? 盗賊でもS+ランクの魔物を倒せるなら……俺たちも努力次第では、チャンスがあるんじゃないか!?」
「だよな!? それにあの戦いぶりを見れば、盗賊がハズレ才能だなんて話も疑わしいくらいだ!」
次第に聴衆はリオたちの戦いぶりに魅入られて行く。
ドラゴパシーという魔道具がなんの役に立つのか。そんな議論があったことも忘れ、稀代の発明品に釘付けになっていく。
また同時刻。投影機の設置された四都市では同じように、リブレイズの戦いが配信されていた。
ニコルの冒険者ギルド前に設置された、投影機の前でも――
「どうなってんだ!? さっきからリオのヤツ、ほとんど姿が見えねぇぞ!?」
「あっ、今度は大蛇から
「強すぎんだろ!? まさかこんな最強の冒険者に絡んだヤツがいたなんて、信じられねえよなぁ!? レ・イ・ラ?」
「う、うっせぇーな! 昔のことはいいだろっ!?」
またエレクシアの首都、ミラのギルド本館前でも――
「ほっほっほ、見なさいマチルダ。あのスピカの元気そうな姿を」
「……ああ、なんということでしょう! 大聖女ともあろうとも御方が、魔王の爪を装備しながら戦うなんて!」
愉快そうに笑う教皇とは対称に、
『はーっはっはっは! 死ね死ね、魔物どもー! スピカが成長するための血肉となるがいいっ!』
「スピカ様、なんか物騒なこと言ってるぞ!?」
「まだ子供だからな。子供が死ねとか言うのは普通だろ」
「魔物が倒されて困る人もいないし、いんじゃね? それに大聖女さまが幸せならOKです!」
四都市に設置された投影機の前で、リブレイズの戦いを見た聴衆は歓声をあげ続けた。これまで映像という娯楽のなかった世界に、突如もたらされたダンジョン配信。
その刺激的な映像と革新的な発明によって、世界はまたひとつ大きな変化に見舞われるのだった。
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