第103話 #桜都二十層ボス、無限スライム

 錬金術師エルドリッヂからドラゴパシーが届き、聖教騎士団の極秘任務が始まって数日。


 二日前から状況は大きく動き、リブレイズのが始まった。


 ここではルキウスたちの見ている映像、そして通話内容をすべて傍受できるようになっている。


 最近の会話を聞く限り、どうやらトライアンフはリブレイズを奇襲するつもりのようだ。


 本来であればこの会話だけでも、騎士団が動くべき事態だ。だがそれに待ったをかけたのは、他でもない団長のセドリックだった。


「……事件が起きる前に動く、それが我々の使命だ。だがルキウスは何度も捜査の手から逃れてきた。だから決定的な映像が出るまで接触は避けたい」


 ルキウスが犯罪に関わる証拠は何度も掴んできたが、いつも決定的なタイミングで逃げられている。


 だから今回だけは言い逃れの出来ない証拠が欲しかった。そしてエルドリッヂの魔道具は、決定的瞬間を見返す録画機能も備わっている。


 もしここでタイミングを間違えれば、次はルキウスに対策を打たれてしまう。だからこそリブレイズが危険に晒されていて尚、セドリックは団員に動くことを許さなかった。


「すべての責任は私が取る、だから頼む。動かぬ証拠が出るまで、誰も動かないでくれっ……!」


 セドリックの覚悟を聞き入れた団員は、正義感を抑えて映像と音声の書き留め作業に徹した。


 いざという時は団長からゴーサインが出る。その来たる瞬間に備え、騎士団員は目を皿のようにして決定的瞬間を待ち続けていた。


 ――だが。


「おい、見ろよっ!!! あの盗賊、武器を二本装備してるぜ? しかも攻撃しながらデカい宝石まで盗んでるし!」

「ダンジョンボスの攻撃もえげつないだろ……なんだよあの光の雨は!」

「まるで地獄だな……いや、でも待て。その攻撃を無視して女騎士が突っ込んでいくぞ!」


 十層ボスとの戦いが始まると、彼らはただの観客ギャラリーに成り下がった。


 初めて見るS冒険者たちが繰り広げる、Sボスとの頂上決戦に興奮を抑えられなかったのだ。


 映像の監視は最低二人という取り決めではあったが、ドラゴパシーの前には十人以上の騎士団員が詰めかけている。


 非番の者も休むよりリブレイズの戦いが見たいと、詰所にやってきて彼らの戦いに映像に魅入られている。


「しかし、これは予想以上と言うか……信じられない光景だな」


 画面を眺めるセドリックも、リブレイズの戦術には息を呑むばかりだった。


 装備品は見たことのない強力な物ばかりだし、四人の連携は芸術的なほどに完璧だ。ボスの戦闘速度は異常だが、それ以上に盗賊リオの手数が早すぎる。


 過去にSランク冒険者を目にしたことはあるが、これほど圧倒的なパーティは見たことがない。


 団員たちを持ち場へ戻すより、彼らの戦闘技術を学ぶ方がよっぽど勉強タメになりそうだ。


 そのためボス戦の時だけは団に臨時招集をかけ、最低限の守衛以外は視聴するようにと厳命にした。そして昨日に続けて今日、リブレイズはあっさりと二十層へ到着した。


「昨日の今日で二十層に到着するとか、こいつらの脚どうなってんだよ……」

「そんなことより今度はどんなボスが待ってるんだ? 楽しみで仕方ないぜ!」

「今回は大聖女様が先頭に出るようだぞ。これも何かの作戦か?」


 リブレイズの一挙手一投足に浮きたつ騎士団員は、今か今かと戦闘が始まる時を待ち続ける。


 そして扉を開けると――部屋の中央には一匹のスライムが鎮座していた。


「は? スライム?」

「一体どうなってるんだ? アタリか?」

「いやさすがにSランクダンジョンだし、なにか理由があるんだろ。……って、おい。スライムがどんどん分裂していくぞ!?」


 画面に映るスライムは二匹から四匹、四匹から八匹へとドンドン数を増やしていく。


「お、おい。なんだこれ。こんなスライム見たことないぞ?」

「誰かわかるヤツいないか? っていうか鑑定スキルを持ってるヤツ!」

「俺が持ってるけど……画面越しに鑑定スキルって発動するのか?」


 試しに鑑定持ちの団員がスキルを使用すると、なんと画面越しにボス情報をることが出来てしまった。




 名前:無限スライム

 ボスランク:S

 ドロップ:薬草

 レアドロップ:オールエリクサー

 盗めるアイテム:万能粉

 盗めるレアアイテム:ぷよぷよシールド(A)


※ここでは掌握眼で視れる情報だけ表示しています。




「視れました! やはり紛れもなくSランクボスのようです!」

「だがSダンジョンでスライム種のボスって……やっぱりボスとしては弱いほうなんじゃないか?」

「いや、よく見ろ! スライムの増える早さ、やばくないか?」


 戦闘が始まって約一分。その短い時間の間に、ボス部屋は足の踏み場もないほどスライムだらけになっていた。


「いやいや増える早さおかしいだろ! このままじゃボス部屋がスライムでいっぱいになっちまうぜ?」

「どうやらそれが狙いのようです! 一匹一匹は普通のスライムですが、五分で部屋はスライムで埋め尽くされ……冒険者全員を窒息死させるのが目的のようです!」


 無限スライムは五分の制限時間を持つギミックボスだった。


 プレイヤーの目的は五分間ひたすらスライムの数を減らし続けること。もし無限スライムが天井まで埋め尽くされると、窒息で行動不能となってしまい強制全滅ゲームオーバーとなってしまう。


 軟体のため物理ダメージがまったく通せず、有効なのは魔法攻撃のみ。そして数千体数万体と増えていくこともあり、全体魔法が一番の有効戦術となる。つまり――


『くらえーっ! スピカ様のとくいわざっ、聖光瀑布ほーりーほーるっ!』


 光の雨がボス部屋全体に降り注ぎ、地を埋め尽くすスライムをぷちぷちと消し飛ばしていく。


 命中率の低い聖光瀑布ホーリー・フォールではあるが、部屋を埋め尽くすスライムには打ち漏らしが起こりえない。


 一発の破壊光線で百匹以上のスライムが消し飛び、それが雨のように降り続ける。


「おおっ! これが大侵攻スタンピードを食い止めたと名高い光の雨!」

「なんて破壊力だ……そりゃ大侵攻スタンピードを止められるのも納得だぜ」

「他のメンバーもすごいぜ。色んな属性の魔法が飛び交ってる!」


 リオとキサナも指に嵌めた三属性のリングで、増え続けるスライムを消し飛ばしていく。


 火炎球ファイヤーボール辻風刃ツイストカッター、そして虚空穿こくうせん


 フィオナも吹雪ブリザードの詠唱を切らさず、次々とスライムを葬り続けていく。が、増えるスライムの勢いも止まらない。


 いつしか部屋の半分はスライムで埋め尽くされており、四人の体は宙に持ち上げられてしまっている。


「本当にこのペースで間に合うのか? もうすぐスライムが天井まで埋め尽くされちまうんじゃねえか!?」

「だがもうすぐ四分は経つ! なんとかスライムが部屋を埋める前に……」

「いや待て、三人が揃って杖を地面にかざし始めたぞ!」


 画面の中ではフィオナ・キサナ・スピカの三人がコラプスロッドを地面に構えていた。


 そして土属性魔法、崩落コラプスを同時に地面へたたき込む。するとボス部屋に三つの大穴が空き、そこへスライムがなだれ込んで落ちていく。


 必然的にボス部屋の容積が増え、リミットとなる天井の隙間がわずかに広くなる。


 ホッと息をつく間ができたと同時、スライムの数が急激に減り始めた。……どうやら制限時間となる五分を越えたため、スライムは増殖することが出来なくなったらしい。


 無限増殖をやめたスライムはただのスライムだ。烏合の衆となったFランクの魔物は、魔法攻撃でまたたく間に片付けられていく。


「終わった……のか?」

「十層ボスほどのインパクトはなかったが、心臓に悪い戦いだったな」

「ああ。窒息させられるかもしれないって恐怖の中で、よく冷静に立ち回れたもんだ」


 緊迫したスライム戦を眺めていた騎士団員たちも、安堵からみんなが一斉にため息をつき始める。


 その時。ドラゴパシーのスピーカーから、ルキウスの珍妙な叫び声が飛んでくる。


『クキュウウウウウッ!!! またしてもリブレイズの連中めえぇっ! おいっ、デュランダル聞こえてりゅか!?』

『は、はいルキウス様。今度はいかがされましたか!?』

『リブレイズはもう二十層ボスを倒しちまったぞ! まだ追いつけにぇ-のか!?』

『す、すみません。ようやく十三層に到着したところで……』

『本当に走ってるんだりょーなぁ!? おみゃー遅すぎるじょっ!?』

『リブレイズのみなさまが早すぎるのですっ!』


 騎士団員たちは失笑しながら、デュランダルと呼ばれる冒険者に同情する。こんな横暴なリーダーを持つクランは、さぞ大変だろうなと。


「……さあ。ボス戦も終わったことだ。各員、仕事に戻ってくれ」


 セドリックの解散の合図と共に、騎士団は持ち場へと戻っていく。このペースなら明日には三十層ボスが見れそうだな、という思いながら。

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