第101話 #ルキウスの計算違い

 一方、こちらはルキウスの自室。


「おいっ、デュランダルっ! まだリブレイズに追いつかにぇーのか!? ヤツらはもう十層に到着するじょ!」

「も、もう十層ですか!? こちらはいま四層に着いたところで……」

「ちゃんと走れ、このダボ! なんのためにアサシンダガーを買ってやったと思ってりゅんだ!」


 ルキウスは激昂するも、デュランダルたちが追いつけないのも無理はない。


 なぜならデュランダルの『常時ダッシュ』がLV:5であるのに対し、リオはLV:10を取得している。


 LV数値イコール倍速の速さで行動できるため、単純計算でも移動速度には二倍の開きがある。走ってようやく追いつけるかどうかというところだ。


 ちなみに追撃隊が十層ボスで足止めを食らうことはない。なぜならトライアンフはチームゴールドの手によって、一ヶ月以内にボスを討伐し直している。


 ボスの討伐判定はクラン単位で残るため、戦闘に参加してないデュランダルたちでも十層を素通りできるのである。


「それよりルキウス様、リブレイズがようやく十層ボスに挑まれるようですよ!」

「グフフフ、ようやくお楽しみの時間の始まりだぎゃ?」


 ルキウスは追撃隊との連絡を切り、リブレイズたちの映るドラゴパシーの画面を覗き込む。


「十層ボスはオイラでも苦戦したほどの、超強力ボスだぎゃ! 大聖女や魔法剣士ならともかく、弱小才能の盗賊や僧兵はここでくたばっちまうかもしれにぇーな?」


 十層で待ち受けるボス、人工災厄・ラグナレクはランクS+とは思えないほど強い相手だ。


 ルキウスが自信をもって送り出した駒も、このフロアで幾度となく斃されてきた。


 最近になってようやくゴールドで討伐が安定したばかり。攻略情報が流れてるとはいえ、初挑戦のリブレイズはここで全滅してもおかしくない。


「さあ、リブレイズのクショアマども? ラグナレクに苦しめられる表情を、オイラにたーんと見せておくれよっ!」


 そう言ってルキウスがニタグフ笑いを浮かべていると、フィオナが吹雪ブリザードを打ち込んでいる姿が見えた。


「ギャハハハハ! バーカ、ラグナレクには属性魔法は効かにぇーんだよっ! 本当におみゃーは攻略情報を読んできたにょか!?」

「どうやら恐れるまでもなかったようですね」


 あまりにも愚かな行動をとるリブレイズを見て、二人が腹を抱えて笑い始める。


 だが次の瞬間。リオがラグナレクに接近し、両手の短剣を振りかぶる光景が目に入る。


 それに呼応してラグナレクはチェーンソーで反撃。しかし既にリオはその場におらず、手にはきらびやかな鉱石を握っていた。


「……いまなにが起こっただぎゃ?」


 突然のことにルキウスは困惑し、護衛のアーロンへ解説を求める。が、アーロンは画面にくぎ付けとなっており、ルキウスの方も見ずにつぶやいた。


「あ、あれは……伝説の鉱石、オリハルコンっ!?」

「オリハルコン? なんでリオは戦闘中にそんなものを握ってるんだぎゃ?」

「盗んだんです! リオの才能は盗賊、おそらく強奪のスキルで盗んだのかとっ!」

「なに!? まさかラグナレクからはオリハルコンを盗めるのかっ!?」


 ルキウスたちは知らなかった、ラグナレクからオリハルコンを盗めることを。


 意外に思えるかもしれないが、これは現実クラジャンではままあることだった。


 そもそも盗むアイテムを確認できる『観察眼かんさつがん』『掌握眼しょうあくがん』は、鑑定スキルの中でもマイナーな部類だ。


 習得できる盗賊や商人は戦闘に特化した才能でもないので、高難度ダンジョンに潜る機会も少ない。冒険者が使う鑑定スキルは、ステータスを確認する類がメジャーなのだ。


 相手の弱点や吸収属性を確認し、残り体力HPを確認して戦闘を有利にする目的で使われる。


 だから高難度ダンジョンのレアドロップ、ましてや盗めるアイテムまで把握している冒険者はゼロに等しかった。


「クショッ、オイラのダンジョンでそんなレアアイテム盗みやがってぇ! 帰ってきたら取り上げてやるっ!」

「それよりルキウス様、画面をご覧ください!」

「今度はなんだ!?」

「画面が真っ暗になっております……」

「魔道具の故障か? 今いいところだってのに!」

「あ、映りました」

「なんだ驚かせやがって。……って、なんでラグナレクがボロボロになってんだぎゃ!?」


 ふたたび画面に映ったラグナレクの機体は、万力を込められたようにひしゃげていた。


「どうなってんだぎゃ!? さっきまでピンピンしてたじゃにぇえか!?」

「もしかすると無属性魔法、イクリプスかもしれません。占星術師せんせいじゅつしのアリアンナ様も使用される、あの魔法です!」

「だがどうしてヤツらが使える? リブレイズには占星術師なんかいなかっただりょ!?」

「そこまではわかりませんが……」


 先ほどからワケのわからないことが立て続けに起きている。ルキウスとアーロンが困惑していると、鉄球をブチ当てられたラグナレクが激しく横転する。


 立て続けの攻撃を受け、ラグナレクは起き上がることすらできないようだ。


「な、なにかの間違いだぎゃ! なんでラグナレクがこんな簡単に、吹っ飛ばされてりゅんだ!?」


 信じられない光景を前に、ルキウスは動揺を隠せない。自身も苦しめられた憎いボスではあるが、この時ばかりは「立ち上がれ!」と神頼みにも近い気持ちで凝視する。


 すると……祈りが通じたのだろうか。天井に衛星兵器のマッピング映像が映し出される。


「キタキタキタぁっ!!! サテライトレーザーだじょ!!!」


 スキル発動のモーションが入ると同時、戦場には破壊の雨が降り注ぎ始めた。


「これで一網打尽! まさかヤツらも十層でこんな攻撃を受けるなんて夢にも……」


 言いかけたところでルキウスの笑みが消えていく。なぜなら画面には破壊の雨を物ともせず、ラグナレクに向かって駆ける剣姫の姿が映っていたのだから。


「な、なんだ!? どうなってりゅ!? なぜあの女にはサテライトレーザーがっ……やめりょおおおおお!!!」


 ルキウスは思わず叫ぶも、深層で戦うリブレイズには届くはずもない。フィオナが漆黒の剣を薙ぐと、ドス黒い衝撃波がラグナレクの機体を吹き飛ばした。


「ぷぎゃああああああぁぁぁっっ!?!?」


 まるで自分が斬撃を受けたかのように、ルキウスは叫び声をあげて椅子から転げ落ちた。


「ル、ルキウス様!? 大丈夫ですかっ!?」

「そんな、そんなバカにゃあっっっっ!? オイラがラグナレク討伐に……どれだけ苦労したと思ってるんだぎゃあぁぁぁぁっ!?」


 五人パーティを三回全滅させ、初討伐の二十人パーティでも十六人を失っている。


 戦闘種の駒に与えた装備品、かけた育成費用を考えれば10億クリルはくだらない。それほど労力をかけてクリアしたボスなのに、リブレイズの連中はほぼ無傷でラグナレクを粉砕してしまった。


 ルキウスは直視できない現実を前に、体中の穴という穴から水分を吹出スプラッシュし始めた。


「クサっ……じゃない、大丈夫ですか? ルキウス様っ!?」

「ウソだ、ウソだぎゃあぁぁぁっ……」


 ルキウスはその後も赤ん坊のように泣き続け、アーロンの呼んだ汚物清掃班によって浴室へ連れていかれたのだった。

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