第5話 私も妊娠しておりますのよ

「ふっ。その通りです。きっちり返していただきましょうか?」


「返せるわけがない・・・・・・どうしたら良いのだ?」


「返せない場合はこの屋敷ごと、ここにある全てのものが私のものです。全て、抵当に入っておりますからね。担保もなしにお金を用立てるなど私がするわけがないでしょう? 返せなければ、抵当権者の私のものです。それから、あの借用書に実はもう一つ大事なことが記載されておりました」


「・・・・・・まだ、あるのか?」


「えぇ、私の生む子供しかウィンザー侯爵家は継げないという記載です。もし私が子供を生めなかった場合でも、私が認めた子だけが、このウィンザー侯爵家を継ぎます。そういった記載が、あの書面にはありました」


「そんなものはなかったはずだが・・・・・・いったい、どこに?」


「これだから、ウィンザー侯爵家の事業は失敗続きだったのですよ。マリーナ! あの書類を持ってきなさい」


「はい、若奥様」


 マリーナが持ってきた書類は、私とウィンザー侯爵様が交わした借用書だ。お金を用立てるたびに交わされた書類は数十枚にもおよぶ。


 このような場合、最初に交わした書類は隅から隅までチェックする借主も、3度目以降になるとよく見もしないでサインをする迂闊さがある。


 『どうせ、同じ内容の書類だろう』という盲点を突くのよ。一部の意地悪な商人たちは、同じような契約でも変更や追記がある場合には、最後のページの隅に小さな文字で記載することがある。これは違法ではなく、確認を怠った側の責任になる。


 本当に大事なことは、最後のページの細かな文字列にまぎれこんでいるものよ。そんなことにも注意をせずに次々とお金を借りる書面にサインをするなんて・・・・・・なんという愚かさなの! 当主としては致命的ね。

 ラエイト男爵家は貴族というより、爵位を持つ商人と言った方が良い一族なのよ。私はちょっぴり意地悪な商人魂をもった女なのだ。


「こんな最後の小さい文字でそんな記載が・・・・・・詐欺だ・・・・・・騙された。こんなのおかしい」


「ウィンザー侯爵様。あなたは子供ではないのですよ? 字も読めますよね? 契約書の最後のページの細かな部分にまで気を配らなくてどうするのです。なんの為に拡大眼鏡があると思っているのですか?」


 3回目に交わした書類の最後の部分には、私の子供だけが爵位を継ぐこと、もし私に子供ができない場合は私が指定した者を養子に迎えその者が継ぐこと、という旨が記載されていた。それがお金を貸し出す条件となっていた。


「ということで、今日から私がこのウィンザー侯爵家の当主代行になりますわ。なぜなら、私のお腹に宿っている子供が次期当主となりますので。ウィンザー侯爵様にはご隠居いただきたいのです。屋敷やもろもろの権利は私のものになります。ですが、いずれあなた方の孫が継ぎますので文句はないでしょう?」


 話がすっかり済んだところで、たくさんの買い物袋を抱えたお義母様が満面の笑みでご登場だ。


「私にぴったりの宝石を見つけましたわ。それにこの靴とバッグもお揃いですのよ。それから、新しいドレスを注文しましたの。出来上がってくるのが楽しみですわ」


「いつものように後払いで購入なさったのですね? また借金が増えましたね?」


 貴族の夫人は商品を購入する際、特別な取引や商人との関係を活かして、後払いで手に入れることが多い。お義母様は自身の名声や信用を背景に、信頼できる商人との間で取り決めを行い、後日まとめて支払うことを約束してきたことになる。


 その請求書の山は最終的には私に回ってくる。そして、その分、ウィンザー侯爵家の私に対する借金が増えるのよ。なんて愚かなの?  


「あ、私は・・・・・・えっと・・・・・・シュミット伯爵家に戻らせていただきますね」


 あたふたとこの場を去ろうとするアニー様に旦那様は仰天する。


「え? なんで実家に帰ろうとするのだ? お腹の子どもを一緒に育てるのだろう?」


「えっと、妊娠したと言ったのは嘘です。ごめんなさい! 私の勘違いでしたぁーー。では、失礼!」


「ちょっとお待ちなさい! マリーナ! アニーを逃がさないで。この女は嘘をついてこのウィンザー侯爵家を乗っ取ろうとした大罪人です。すぐにでも裁判にかけて厳重に罰してもらいましょう」


「お許しください・・・・・・なんでもしますから・・・・・・見逃してください」


 涙と鼻水によって、せっかくのお化粧も完全に崩れてしまったアニーは、私よりも平凡な顔立ちだった。アニーは詐欺罪などの罪とウィンザー侯爵家乗っ取りの疑いで、地下牢に長い期間収監されることになった。一方、ウィンザー侯爵夫妻は当主の地位を退き、田舎で静かな隠居生活を送ることになったのだった。


 さて、私の旦那様は・・・・・・

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