第2話 後輩
扉を開けると、朝の教室では緑地公園で起こった火災の話題で持ちきりだった。
やれ火は自然発生したものだの、人為的なものだの、大して根拠もなく面白おかしく推測を立てては語り合っていた。
昨夜の真相を知る縁は、なに食わぬ顔で自分の席につく。
「おっはよ!縁ちゃん」
「おはよう」
テンションの高い挨拶に、そう端的に冷たく返す。
そのような対応をされても気を悪くすることなく、声を掛けて来たクラスメイトは話を続ける。
「ねえ、聞いた聞いた?緑地公園が火事だって!そりゃもう大惨事みたいだよ?」
「そう。大変だね」
「いやいや、そんな一言で済ませられる事じゃないよ。そりゃあ、縁ちゃんはあんまりここら辺には思い入れ無いかもしれないけどさ……」
「そんなにあの公園が大事なの?」
「大事っていうか、身近な物なんだよ。みんな大体小さい頃はあそこが遊び場だったんだよ」
「ふうん」
今年この高校に転校してきた縁にはピンとこない話だった。
「あ!そういえば、また転校生みたいだよ。縁ちゃんと一緒だね!」
「……ちなみに、どの学年?」
「ピカピカの1年生!」
「……そう」
(もう代わりが来たのか)
縁は心の中でため息をついた。
「随分と中途半端な時期に来たんだね」
自身の真意は表に出さずに、縁はありふれた感想を溢す。
「あっ。そういえば、菫ちゃんはまだ来てないみたいだね!もうホームルーム始まっちゃうよ」
「何で私に聞くの?」
「だって縁ちゃん、菫ちゃんとは仲良かったじゃん」
「まるで」
「今日は来ないかもね」
「あー、やっぱり何か知ってるんだね!教えてよー」
しつこくごねるクラスメイトを無視して。
やがて担任が教室に現れ、クラスメイトは渋々自分の席へと帰って行った。
(もう来ることは)
※※※※
何も無いところから火を起こす。
天候を自在に変える。
死者の魂と交信する。
お伽噺や神話でしか許されない、世界の基本法則に逆らう超常現象。
そんな夢物語を現実に再現する行為を総称して、「魔法」と人は定義した。
また、魔法を使用できる人間は総じて「魔法使い」と呼ばれた。
魔法は紀元前より人類の歴史の裏側で強い存在感を放ち続け、常識や理屈では説明できない理に則て世界に作用する不可解なその現象の数々は、時には人々に恩恵をもたらし、時には不幸を与える。
故に魔法使いが人類の発展に寄与し、称えられた歴史があれば、恐れられ、排斥された歴史もある。
そして現代。
科学の発達と共に魔法はその影響力を失い、非現実なものとしめ通説に否定され、その存在自体が人々の記憶から忘れられることとなった今日。
今でも魔法の実在を知り、その上で魔法使いをこの世から一人残らず駆逐しようと考える組織がいる。
ある意味では時代錯誤とも捉えられる、現代の「魔法狩り」を、近世から現代に至るまで何百年と続けてきたその集団の名は、聖罰委員会。
聖罰委員会は、元々は「人が神の如き所業」という教義の基、規模が小さいとある一神教にて作られた一機関だった。機関と言っても所属していたのは少数の教徒で、たかが十数名で構成された、魔法使いとの戦闘を主とする一部隊に過ぎなかった。
しかし、委員会は世界が魔法使いに対して憎しみと排斥の意思を増す毎にその影響力を強め、成長していった。結果母体となる宗教が廃れ、信仰者がいなくなった現代においても「魔法使いを殺す」という理念と共に、聖罰委員会は存在している。
今の聖罰委員会には儀礼も教義もない。
ただ魔法使いを殺す為に群れとなり、動いている。
その委員会内で、特に戦闘能力の高い人間は矯魔師と呼ばれ、武器の保有、独断専行など、数々の特権が与えられる。
特に優秀な矯魔師には魔法使いが出没しやすい地域の管理を任されることもある。
そして
彼女は普段は女子高生として生活する中で、担当地区に魔法使いが現れれば殺し、またある時は上層部からの依頼で魔法使いを殺す毎日を送っている。
『スミレの代わりを用意した。今日からはその娘と共に動いてくれ』
「仕事が早いですね。昨日の今日―――どころか、今日の内ですか」
昼休み。通常は閉鎖されている校舎の屋上で、委員会で直属の上司に当たる人物と電話で連絡を取っていた。
連絡の内容は、峯ヶ浜市を担当する二人の矯魔師の内一人が先日の「空腹の魔法使い」との戦闘で死亡したことによる、新しい矯魔師の補充についてだった。
今回のように誰か一人が死んだ時の為、地区を担当する矯魔師は必ず二人一組になるよう、委員会側は定めている。
『まあね。ちょうど打ってつけの人員が一人いたから、円滑に話が進んだよ』
「打ってつけ?」
『話せば分かるさ。じゃあ、後のことはよろしくね』
「随分と投げやりですね。大した事前説明も無しに、上手くやるも糞も無いのですが……」
『詳しい話はこれから来る娘に聞けばいい。君を信頼しているからこそ、そう判断した。私も忙しいんだよ。構わなくても勝手に成果を出す優秀な人間には、なるべく時間を使いたくない』
「信頼……ですか。便利な言葉ですね」
『今回の「空腹の魔法使い」を含めれば、君はその若さで既に
それは魔法使いの中でも、特にその存在が公に知られ、甚大な被害を出す危険性の高い者達のことだ。
一部例を挙げるなら、何百年という時を生きている者や、過去の闘争で何万人という人間を虐殺した者など、その全員が例外なく強大な力を魔法の力を振るうことが出来る。
故に名有りの魔法使いを殺した矯魔師は委員会内でも特別評価されることになるのだ。
「成り行きですよ。あんな化け物共を相手にしていたら、命がいくつあっても足りない。出来ることなら、今回だって逃げていました」
「空腹の魔法使い」を殺したのは、死んでいった相方が強く望んだから。縁はその復讐劇に付き合ったに過ぎない。
『でも、結果的には罰した。それが事実だ。君だって望まないと口では言っているけれど、機会があれば罰しよう、というくらいには考えてくれているのだろう?』
「それは―――」
ダンッ。
誰もいない筈の屋上で、背後で何かが落ちる、鈍い音が聞こえる。
「いてて……」
縁は振り返ると、そこには茶色髪を耳より下の位置で二つにまとめた、自分と同じ制服を着用する少女が尻もちをついていた。
『お、着いたようだね。じゃあ話は終わりだ。後は頼むよ』
そう言うと、相手は有無を言わさず電話を切る。
縁は上司の横暴な振る舞いに内心ため息をつきながら、後ろで打ったおしりをさすっている少女に向き直った。
これから自分の後輩となる、新しく配属された矯魔師の全体を改めて捉える。
「もう、先輩どうしてこんなとこにいるんですか?ここって立ち入り禁止でしたよね?鍵も締まってましたし……」
「誰も来れないからこそ、密会にはちょうどいい。それに、窓から壁づたいに渡って、最後に数メートル跳躍すれば簡単にここには来れる」
「でも、危ないですよー」
縁の言う、最後の跳躍で勢い余って尻もちをついた少女は、ぶつぶつ文句を言いながら立ち上って乱れた服を正す。
「この程度で音を上げるなら、矯魔師なんて務まらないでしょう?」
「ぐっ。それはそう……ですけど……」
「それで、貴女が新しい矯魔師?」
「っ!はい!」
少女は背筋を正し、縁に向かって敬礼をする。
「本日より配属されました、二等官の
威勢良く宣言し、彼女は掌に収まるほどの大きさの十字架を懐から取り出し、縁に見せた。
その十字架は意匠がさして凝ってるものでもなく、極めてシンプルなデザインだった。見た目は無骨なキーホルダーやアクセサリーのようにも見えてしまう。
が、その十字架は矯魔師にとって無くてはならないものだ。
例えば、警察官における警察手帳。学生証や社員証のような、自身がどの集団に属するかを示す―――つまり、宇津花蕾が真の矯魔師であることを示す、唯一の証明書があの十字架なのだ。
「ん。確かにね」
縁は示された十字架を確認する。
どれだけ礼や言葉を尽くされるよりも、それを見る方がよっぽど話が早い。
委員会から正式な矯魔師に支給される、可愛げの一切ない無骨な十字架。装飾と呼べるのは、十字の中心に小さく施されているローマ数字くらいだろうか。蕾の十字架にはしっかり『Ⅱ』と施されている。
Ⅱとは、二等官を指す。矯魔師の中で二等官は最も低い位だ。
それより下は見習いとして魔法使いとの戦闘の知識と実践方法を学び、矯魔師に足る能力を持つと委員会に認められて初めて二等官の地位が与えられる。
彼女の振る舞いや落ち着きの無さから、二等官になりたての新米矯魔師であることが縁には察せられた。
いきなり実戦経験に乏しい、はっきり言って足手まといとなる新人を何の説明も無しに任されるのは誰だっていい顔はしないだろう。だが縁は上司に対する文句を考えるよりも先に、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「宇津花?」
縁はその苗字に覚えがあった。
宇津花菫。
自分の元相方と同じものだった。
「はい!先日殉職した宇津花菫は私の姉です!」
「姉妹揃って矯魔師……スミレからは妹のことなんて少しも聞いたことは無かったけど?」
「はい!姉さんにも伝えていませんでしたから、知らなくて当然です!姉さんは私に危険が及ばないよう、魔法使いのことも委員会のことも一切教えようとはしなかったんです!」
つまり、姉に隠れて勝手に委員会とコンタクトを取り、訓練の末晴れて今日、矯魔師になったということだ。
実の姉が知らない事実を部外者の縁が知る由は無かった。
「ふうん。なのに、矯魔師になったんだ?」
「はい!姉さんだけに、重荷を背負わすわけにはいきませんから」
「大した姉妹愛ね」
重荷とはつまるところ、両親への復讐だろう。
縁は菫との最後のやり取りを思い出す。両親を「空腹の魔法使い」に殺され、その復讐の為に矯魔師になったと彼女は言っていた。
そしてその復讐を果たす為、彼女は自ら殿を引き受けた。
「でも、スミレは死んだよ」
縁は諭すように、冷たく事実を述べた。
「「空腹の魔法使い」も、ね。君が殺したい魔法使いは、既にこの世にはいないんだ。貴女にはもう矯魔師になる理由は無いんじゃない?」
「はあ……どうしてですか?」
蕾は心底縁の言葉が分からないとでも言いたげに、首をコテンと傾けた。
「だって、私は家族全員を魔法使いに殺されたんですよ?すべての魔法使いを罰したいと考えるのは当然じゃないですか?」
「……君のお姉さんは、君に矯魔師になって欲しくは無かったと思うけど?」
「姉は矯魔師になりました。両親を殺した魔法使いが憎かったからです。私も同じ気持ちです。だから私も矯魔師になりたいと思いました」
筋が通っている。何も不思議のことはない。
胸を張って蕾は答える。
自身の歩む道は矯魔師であることに、まるで疑う様子が無い。
「……そっか。これ以上の話し合いは無駄だね」
「えっと……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。委員会は君に随分素晴らしい情操教育をしたらしい。君は、何故自分が矯魔師なんかになっているか、まるで分かっていない」
「?」
蕾は再び首を傾げる。
と、ここで縁の携帯に着信音が鳴る。
縁が携帯を見ると、そこには上司からの仕事の依頼がメールで届いていた。
内容は、峯ヶ浜市に潜伏していることが判明したある魔法使いの討罰。
討罰依頼が届くこと自体は矯魔師にとっては普通のことだが、上司の人使いの荒さに今度は内心に留まらず、本当に縁の口からため息が零れた。
まあ、ちょうどいいか。と縁は考えを即座に切り替える。
「早速だけど、次の仕事が決まった。討罰以来だ。今日の夜、一緒に言って貰うよ。ちなみに、魔法使いを殺した経験は?」
「今まで、一体だけ罰したことがあります」
「一人で?」
「複数人です」
「ああ。二等官になる為の、最終試験だったっけ。でもあれには矯魔師も付いていた筈だから……じゃあ今日がほぼほぼ初めての実践だね。気を引き締めて行こうか」
(いい社会勉強になりそうだし)
縁の思惑は露程も知らず、蕾は「はい!」と元気よく答えた。
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