第48話 好きだった人
「カメラって……プライバシー侵害です! 訴えますよ!」
「あんたみたいなのがいるから設置されてるんだろ」
透哉さんも呆れたように腕を組む。
「そもそも、俺と伊織が少しでも会って話せばすぐにわかる嘘だろ。計画に穴がありすぎ。ああ、よっぽど俺を誘惑する自信があったのと、伊織が三田によりかかる自信があったのかな。あんたの自信、すごいよ。ちなみに俺はゲイでもないし不能でもない。伊織にしか興味ないだけ。特に、あんたみたいな性格悪い女には」
「……なによ、みんなして……この女の味方して……」
「何度も言うけどこれは犯罪だから。今から覚悟しといて」
「なんでみんなこいつの味方ばっかり!!」
大きな声で森さんが叫ぶ。すると、ずっと開けっ放しになっていた扉から三田さんが飛び込んできた。彼も遠くからこの騒ぎを見ていたのだろうか。森さんを押さえるように腕を掴む。
「さわこ!」
「私は悪くないもん! 同じ会社にいたあいつが悪い!」
「落ち着けってお前!」
「いい人ぶらないでよ、あんたのせいで失敗したのよ! もっと上手くあの女を取り込めてたらこんなことになってなかった。無理やりにでもやって既成事実作っておけばよかったのに!」
「俺のせいにすんのかよ!!」
ひときわ大きな声を出した三田さんに、森さんが黙り込む。その光景にただ驚いていた。どうしてここで三田さんが入ってきて、森さんを止めているんだろう。
静かになった森さんを見て、三田さんがこちらを振り返った。そして、なぜか悲しそうに私に言った。
「嘘ついたんだな……」
私は頷いた。
「嘘をついたことは謝ります。私は透哉さんとしっかり話したし、会社を辞めるつもりだってありません」
なぜか彼はひどくショックを受けているようだった。そして、今度は透哉さんの方を向き直る。
「柚木は本当に、全然揺るがなかったのか……」
「何が? もしかしてそこにいる女の分かりやすい誘惑について言ってんの? これっぽっちも揺るがなかったけど。誰かとは違うよ」
「そりゃ、お前はこれまでたくさんかわいい子にモテてきただろ。俺は……」
三田さんが言い訳がましく言おうとしたのを、私はむっとなって止めた。
「言ったはずです、透哉さんは違うって。男はみんなそうなんだ、なんてひとくくりにしてた三田さんがおかしいんです。私は透哉さんだから信じたんです」
私の言葉に、三田さんはハッとしたように目を丸くした。透哉さんがとどめを刺すように言う。
「本当に好きな子がいたら理性ぐらい働かせられるだろ、サルじゃあるまいし。俺は伊織が悲しむことをしたくないと思ってた、それだけなんだよ。別に凄いことをしたわけじゃない」
彼の言葉を聞き、三田さんがしばらく黙り込む。そして次には、深々と頭を下げた。
「色々ごめん……」
そんな彼に、透哉さんが冷たい声を浴びせる。
「謝っておしまいにしたりしないよな? タイミング的に考えて、森さんと裏でつながってたのは分かってる。今までやってきたことも、許されると思ってる?」
ぐっと三田さんが黙る。そして眉を顰めながら言う。
「さわことは色々連絡を取ってた。今回も、スマホを取るまでは知らなかったけど、岩坂を騙すってことは聞いてた。だから俺も同罪」
「……急に何の真似?」
透哉さんは苦々しく言った。三田さんは項垂れる。
「弱ってる岩坂を支えるつもりだったけど……岩坂はしっかり柚木を信じてたんだな。なんか、俺が入る隙は無いんだって、今更目が覚めたっていうか」
「ずっとそう言ってただろうが。お前のことはもう好きじゃないって、伊織は何度も言ってたと思うけど?」
透哉さんはいらだったように言い返した。三田さんはさらに小さくなる。
「それでも、少しは可能性があるかも、って……でもここ最近、岩坂と話したくて必死になってたけど、全然相手のことを考えてないんだってようやく気付いた。本当に、ごめん。元はと言えば全部俺が悪い。岩坂の誕生日の日にキャンセルしたあの日から……俺が全部悪かった。ひと時の感情とムードに流された自分がばかだっただけだ」
彼は再び頭を下げた。その姿を見ていて、なんだか複雑な思いになった。
確かに少し前まで好きだった人。森さんがうちに配属されなければ、もしかしたら付き合っていたかもしれない。それが、こんな関係になるだなんて……。
毎日恋焦がれていた相手のこんな姿、見たくなかった。許したいわけじゃない、ただ虚しさで自分が苦しいのだ。
私の指導係であんなに優しく丁寧に仕事を教えてくれていた三田さんは、どこに行ってしまったんだろう。
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