第47話 嘘泣きが得意な女は案外多い
「四年になったらピタッと来なくなって、せいせいしました。基弘はすぐに振りました。あんなのはじめから興味なかったし。邪魔者はいなくなったと思ってやっと私の平穏な時間が戻ってきた。でも就職したら、偶然にもまた先輩がいて……しかも、周りはサークルの時みたいにやたら褒めてるし。なんでこんなに私の神経を逆なでするんだろう、って」
森さんの唇が震えているが、それは私のセリフでもある。ついにこちらも口を開く。
「そんなの私はとんだとばっちりだよ。一生懸命やってただけなのに、ただの逆恨みだなんて。どうしてそこで私に矛先を向けたの? 自分に自信があるなら堂々としてればよかったじゃない!」
「嫌いなものを排除して何が悪いんですか? それにそもそも、取られる方が悪いんですよ。ちょっと誘えばついてくるような男にしか選ばれなかったのはそっちでしょ」
「……あなたは間違ってる。傷ついたというのも分かるけど、だからと言って他の人間を傷つけていい理由になんてならないよ。人間としての心が欠けているみたいだね」
「はああ? ずいぶん偉そうじゃないですか、基弘も三田さんもあっさりとられたくせに。負け惜しみですかー?」
「でも透哉さんは違った」
「あんなの! どうせ付き合ってるってのも嘘でしょう! 同情されて付き合ってるフリだけしてたんでしょ。それで柚木さんはゲイか不能、じゃなきゃ私に揺るがないなんておかしいじゃないですか!」
そう言って彼女が大きな声で笑った時だった。
会議室の扉が勢いよく開かれる。笑い声を止めて、森さんはそっちに顔を向けた。するとそこには、透哉さんを先頭に同僚たちが立ってこちらを見ていたのだ。
森さんはすぐに普段の声に戻る。
「あ、会議の準備まだなんです! すぐにやりまー」
「聞いてたから」
透哉さんが即座に言う。そしてつかつかとこちらに歩み寄ると、ポケットからスマホを取り出し、あのラインのメッセージを見せつけた。
「伊織との会話は俺たちずっと聞いてたから。完全な逆恨みで伊織を嫌ってて、それであんな嫌がらせをしてたんだな。盗った伊織のスマホはどこ? 伊織のフリしてこんなメッセージ送って俺をおびき出して。あんたがやってることは犯罪なんだけど」
透哉さんが冷たい声で言い放った。森さんが目を見開く。
透哉さんの後ろから、同僚たちが幻滅した目で森さんを見ていた。
森さんは唖然としたあと、私の方を見る。そして小さく呟いた。
「ハメたんですね……」
恨みがましい、恐ろしい声だった。
森さんの本音を一度直接聞いてみたい、と透哉さんにお願いしたのは私だった。じゃあ俺も一緒に、と言った透哉さんの提案を断ったのは私だ。どうしても一度、二人きりで話して彼女の本音を聞こうと心を決めた。まさか、こんな逆恨みだとは予想外だったが。
透哉さんは何かあった時、すぐに入ってこれるように、会議室のドアの前で待つことになっていた。ドアはほんの少し開けた状態で、中の声が聞こえるようにして。
透哉さんはなお続ける。
「やっぱりロック解除の番号は、伊織の家で盗み見したの? 親切を仇で返すんだな。あんたがやったことは警察に届ける」
彼の声に森さんは一瞬青ざめたが、すぐにわっと両手で顔を覆った。そしてぽろぽろと涙をこぼしながら体をよじらせ叫ぶ。
「ひどい! 先輩……こうやって私を陥れるんですか!?」
「……え!?」
「私は確かに先輩が苦手で、困らせたくて三田さんたちに近づいたけどっ、泥棒なんてしてません! だって、先輩が『柚木さんとの仲を取り持ってあげる』ってメッセ―ジ送ってくれたんじゃないですか! なんで嘘つくんですか、先輩も私の事嫌いだったんですね!」
わああっと激しく泣く森さんを見て、目の前がちかちかした。ここまで来てしらばっくれるつもりなのか。全部私が森さんを陥れようとしたことになっている。
「私はそんなことまでしません! 先輩、お願いだから本当のことを言ってください。嘘つかないでください! このままじゃ私泥棒扱いですよ。いくら私のことが嫌いだからってひどいです。確かに、最初に先輩の好きな人を取ったのは私が悪いけど、その仕返しがこんな形だなんて……証拠もないんでしょう! 私の手荷物全部調べてもいいですよ、なんなら家にまで入ってもらってもいいです!」
さめざめと泣く森さんに、私は言葉も出なかった。あまりに壮絶な虚言と演技に、もはや呆然とするしかなかったのだ。凄い、とすら思ってしまった。この子の図太さと、平気で嘘をつける自信に。
呆然としてる私と、号泣する森さん。はたから見て、どっちを信じようとするのだろう。
しばらく沈黙が流れた。困った目で透哉さんを見てみたが、彼は私に気付きながらも何も言わなかった。じっと何かを待っている。
森さんは両手で顔を覆いつつ、指の隙間から私を一瞬ちらりと見た。その目が、勝ち誇ったように見えて、心底ぞっとする。透哉さんはともかく、同僚たちがどう思うのか、不安になってしまった。
私が嘘をついてると思われてしまったら。
「……あのさ、ちょっと無理があるわそれ」
少しして、同僚の男性一人が声を上げた。苦笑いをして、森さんを見ている。
「さっきまでの暴言聞いてて、その泣き落としは通用しないって」
「それも先輩の計算のうちなんです!」
「それに何より、岩坂さんがそんなことする子じゃないって、俺らみんな分かってるよ」
そう言った言葉に、周りの人たちが大きく頷いた。森さんは涙を止めて目を見開く。続けて、みんなが発言する。
「ていうか普段から岩坂さんに敵意むき出しなのみんな気づいてたし」
「岩坂さんはそれに対して愚痴も言わず頑張ってたから、みんなも触れないようにしてたけど」
「それがなくても、みんな岩坂さんへの信頼は厚いから、そんな泣き落としはうちでは通用しないよ」
口々にそう言ったみんなを見て、透哉さんは満足げに微笑んだ。次々出てくる温かな言葉に、私もぐっと胸が熱くなる。
あまり人に相談もせずに来たけれど、もっと周りに頼ってもよかったのかもしれない、と思った。自分が思っていた以上に周りは私を信頼してくれていて、見ていてくれたんだと。
森さんは顔を赤くし、わなわなと震える。そこで透哉さんが言う。
「と、いうわけで、あんたの主張を信じる人は誰もいないってわけ。あのさ、男たちに馬鹿にされて悔しかったっていうけど、それ身から出た錆だから。コツコツ仕事を丁寧にやって、困ってる人には損得なしに誰にでも声を掛けれる伊織が信頼を得るのは当然のこと。外見だけ磨いて中身空っぽじゃダメなんだよ」
「……」
「それと、証拠がないって言ってたけど。きっともうスマホは用なしだからとっくに処分してるんだろうけど、伊織が会社内で失くしたのは確かだって言ってたから、社内の防犯カメラを調べるように上に相談した。盗難があったってことは緊急事態だからね、すぐに許可が下りたよ。それで残ってたらしいよ。伊織のデスクに書類を置きつつ、そばに置いてあったスマホをポケットに入れる様子が」
森さんの顔色がみるみる悪くなる。社内に防犯カメラの設置をしている会社は増えてきていて、うちのその一つだ。容易く想像できることだと思うけど、そこまで考えなかったのだろうか。
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