第32話 合流
真っ暗な中タクシーを走らせ、指定された店へと向かった。住宅地にあるコンビニで、やや人気も少ないタイプの店だ。注意深く辺りを観察してみたが、今のところ不審者らしき人物は見当たらなかった。
透哉さんと二人でタクシーを降り、店内へ入ると同時に、奥から森さんが駆けてきた。すると、隣にいる透哉さんに気付き、わっと嬉しそうな声を上げた。
「柚木さんも来てくれたんですか!? ありがとうございます……私すっごく怖くって!」
そう半分泣きながら、一気に彼の腕に抱き着き体を密着させたことに、私は固まって動けなくなってしまった。華奢な手が、透哉さんの腕に絡みついている。その光景があまりに似合っていて、胸が締め付けられて痛くなった。
「ああ、伊織に何かあっても困るから。ちょうど一緒にいたし。つか、離して」
彼はそう言って、さらりと森さんの腕を払った。彼女は慌てた様子で頭を下げる。
「ごめんなさい! 心強いなって嬉しくなっちゃってつい。本当にごめんなさい! でも、来てくれてありがとうございます! 先輩、遅くに呼び出してすみませんでした」
森さんが申し訳なさそうに言ってくる。とりあえず私は小さく微笑んだ。
「別に大丈夫だよ。店の周りを見たけど、今それらしき人は見つけられなかったんだけど」
「ようやく諦めたのかそれとも隠れてるのか、少し前に見えなくなったんですよ。でも、もし近くで隠れて待ち伏せしてたら、と思うと……」
彼女は肩を震わせる。同じ女性として、こういう恐怖心は分かるので、ここは素直に同情してしまう。
「怖かったね、大丈夫?」
「はい。先輩、無理言ってごめんなさい。他に誰も捕まらなくて」
「いいよ、散らかってるけどうちでよければ」
「ありがとうございます!」
透哉さんが考えるようにして森さんに尋ねる。
「どんな男だったの?」
質問に、彼女はすぐに答える。
「中年のおじさんでした。多分五十代くらい? 作業着を着てて、無精ひげを生やしてて……ちょっとぽっちゃりな」
「どこでみたの?」
「私の家がここから少し行ったところなんですけど、ちょっと買い物に出ようと歩いていたら、やけに後ろをついてくるなあって気付いて。走ったら走ってくるし……コンビニに駆け込んだら、ずっと外でこっちを見ていたから、怖くて」
森さんの証言に、透哉さんは何も答えなかった。タクシーを待たせている私は、とりあえず早くここから離れることを提案する。
「今は多分いないし、タクシーに乗れば巻けると思うし、行きませんか」
「伊織の家じゃダメなの? ホテル泊まればいいんじゃない」
苦言を言ったのに対し、森さんは泣き出しそうな顔で言う。
「一人が心細いんですよ……誰かがいてくれたほうが安全だと思いません?」
「……まあ」
「一晩様子見て朝になったら帰ります! 寝るだけお邪魔させてください!」
それでも渋い顔をしている透哉さんを私は宥めた。
「寝るだけってことですから……家まで透哉さんが送ってくださるなら安心ですし」
「わあ! 柚木さん、先輩、ありがとうございます!」
森さんはぺこりと頭を下げると、私と透哉さんの間に入った。なるべく彼女を隠した方がいいことは間違いないので、少しもやっとしながらもそのまま外へと出た。
三人ですぐにタクシーへ乗り込む。やはり真ん中は森さんだった。目的地である私のアパートを告げたが、少し回り道をするように透哉さんが運転手さんへ告げる。
車がゆっくり走りだしたところで、森さんが透哉さんに尋ねた。
「もしかしてデート中でしたか? ごめんなさい邪魔して」
「まあ、そんなところだけど」
「仲いいんですねえーでも柚木さんの私服姿、新鮮です! かっこいいですねえ」
キャッキャと嬉しそうに話しかけている。なんとなく会話に入りづらくて、私は窓から外の様子を眺めていた。夜の闇の中に、時々まだ営業している店の看板のライトが眩しく見えた。
「柚木さんはおうちどの辺なんですかー?」
「伊織の近く」
「へえー。美味しいお店とかありませんか?」
「伊織の方が詳しいと思う。あ、運転手さん、ここ左で」
柚木さんの声がどこかぶっきらぼうに聞こえて、つい横を見た。彼は窓ガラスにもたれ、無表情でまっすぐ前だけを見ていた。森さんは膨れたように私の方を見る。
「先輩と柚木さん、おうち近いんですねー?」
「あ、うん、偶然なんだけど」
「へえー行くの楽しみ。あ、私お風呂とかも済ませてるし、あと寝るだけで大丈夫なんで! ほんと急にすみません」
彼女はまたペコリと頭を下げ、私に謝った。今更だが、森さんと二人で夜を越えるだなんて大丈夫だろうか。まあ、寝るだけだしなんとかなる。あまり親しいとは言えない後輩を泊まらせるなんて経験したことがない。
そのままタクシーは透哉さんの案内通り少しだけ迂回して、私のアパートにたどり着いた。三人で降り、透哉さんは辺りを観察して私に言う。
「今のとこ変なやつはいなそう。俺は帰るけど、戸締りはしっかりするんだよ。何かあったらすぐ連絡して」
「はい、わざわざありがとうございます」
そのあと、彼は森さんにも声を掛けた。
「もう遅いし、すぐに寝て朝になったら大丈夫だろうし帰ればいい」
「はーい」
「伊織に何かあったら、俺は君相手でも容赦しないから、とにかく大人しくしてろよ」
やや低い声で透哉さんが言ってくれたので、森さんは少し表情を固まらせた。
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