6

 地球上のある地点を目指す時に、かつての人類はGPSを利用したらしい。衛星が沢山周囲に浮かんでいてそれらと通信をすることで現在地を把握し、目的の場所までの距離や方角といった情報が得られた。そういう時代があったと、記録には残されている。


 だが現在、GPSは機能しない。どの衛星も信号を受信しないからだ。別のチームでは衛星を打ち上げる計画もあるらしいが、そもそもそんなエネルギィ資源はもうどこにも残ってないだろうし、何よりロケットを作る資材も圧倒的に足りないだろう。

 頼りに出来るのはコンパスと言いたいところだったが、磁気が安定していないのでこれも頼る訳にはいかない。


 上空から見た地形を全て記録しておき、それを平面図に展開して現在地や方角を知るしかないのだ。幸い空撮したデータは手に入れることが可能だった。

 それを頼りにスミスが目指したのは、以前設営した仮設のベースキャンプ、その地下駐車場だ。

 距離的にバッテリィが持つか不安があったが、警告残量になった頃、ようやくショッピングモールの建物をカメラが捉えることが出来た。


 何とか施設に辿り着くと、そこに捨て置かれた充電装置と古いバッテリィが幾つか見つかった。

 スミスはそれらで凌ぎつつ、目的の音の鳴る黒い箱の復元作業に戻る。

 まず彼がしたのは黒いCDの再生装置を作ることだ。これは原理が単純なので一日も掛からなかった。音量について一定の増幅をする為に円錐形の筒を金属を加工して作成した。また円盤の表面を読み取るものを紙ではなく、細い針とし、それを振動板に繋げた。


 こうしてプレイヤーが復元され、その黒い円盤に記録されていたものが音として再生されたのだ。

 それはスミスが初めて耳にする音だった。


 音。それの連続。

 音というのは波長だが、それが複雑に重なり、幾つもの層となって流れる。


 警告の為でもなく、合図の為でもない。そこにどんな情報が込められているのかを読み取るシステムをスミスは知らなかったが、それなのにプレイヤーから流れる音を聞いているだけで、世界が違って見えたのだ。不思議な体験だった。


 もしあの黒い箱がこれを自在に作り出せる装置だとしたら、意図的にデータが削除されたのではないだろうか。

 スミスはその日から休憩することなく、黒い円盤から流れる音を、音の鳴る箱で再生する為の復元作業に従事した。


 

 一体どれだけのバッテリィが使えなくなっただろうか。

 スミスは遂にその箱の復元に成功した。


 外観は最初に復元したままで、それこそ黒い塗装は大半剥がれているし、欠損している箇所は板や金属で埋めてある。蓋を開けると中には無数のワイヤーが張られ、それぞれに木製の駒が取り付けてある。その駒はこの箱の本体とも云える振動板に繋がり、音を鳴らす。そのワイヤーの長さ、太さ、張る強度、それらによって音の波長が変化する。最初に復元した時にはその順番や法則性といったものが分からないままだったから、順番にボタンを押していってもバラバラな音しか鳴らなかったのだ。

 だが黒いCDの音を分析し、幾つかの限られた波長の組み合わせで成立していることが判明すると、そこから八十八の音を探し出すことはスミスにとっては容易な作業だった。


 スミスはパイプ製の椅子に座り、人間と同じ左右五本ずつの指を、その細長い白のボタンに当てた。勢い良く押し下げる。

 音が、鳴り始めた。

 それはピアノと呼ばれるものだった。地下駐車場に沢山の音が広がる。

 それは音楽と呼ばれるものだった。

 スミスと呼ばれる作業ロボットは、自らの力で音楽を復元したのだ。


 だがそこに十体の迷彩柄に塗装されたロボットが駆け込んでくる。しかもその手には火力によって金属の弾を放つ銃という武器が握られていた。


「今直ぐ演奏をやめろ。S型4678番。貴様は服務規定違反により逮捕する。拒否権はない。繰り返す。貴様に拒否権はない」


 訳も分からないままスミスの体に四角い装置が当てられると、一瞬で思考がブラックアウトした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る