第15話
「えへへ、どうしよう。お腹が破れそう。」
沢山の食事を食べたリア。
どこか苦しそうなのに表情はひどく晴れ晴れしている。
(無理やり詰め込んだって感じだが、一応年頃の男にしては多少小食くらいは食べたみたいだな……。)
リアは口では決して言わない。
けれどこういう行動に私は”男として生きたい”という意思を感じる。
無理して食べる必要の無い料理。
だけど量を食べることによって自分が”令嬢ではない”と行動で示しているように見える。
(もしかすると無自覚での行動なのかもしれないがな……。)
無邪気に満足げな笑みを浮かべるリアを見ていると意図なんてなかったようにも見える。
考えすぎかもしれない。
けれどなんとなくそう思うのはおそらく――――――
(私も普通の令嬢のように生きたいという思いを少なからず抱いているからなんだろうな。)
酷く幼い頃は自分のピンチに駆けつけてくれる王子様に憧れたものだ。
しかし現実は私はピンチの令嬢を救う立場。
それが嫌なわけではない。
誇れる仕事であり、仕事でなくともその力があることを誇りに思う。
けれど、考えないなど無理な話だ。
(男として生きることは私が望んだことではない。だから…………――――)
どうしても普通に生きていたらと考えてしまうのだ。
「リア、一応これを飲んでくれ。突然こんなに料理を口にしたら胃がもたれてしまうかもしれない。」
先程影に買いに行かせた胃薬をリアに渡す。
一瞬驚いた顔をしていたリアだったがすぐに苦笑いを浮かべて「そりゃそうだよね。」と言って薬を飲んでくれた。
だけど苦笑いを浮かべたリアはその次の瞬間ふっと笑みを浮かべた。
改めて自分の食欲を思い返すように。
(……さて、食事が終わったところでどうしたものか……。)
本当であればこのままリアと楽しいショッピングを続けたい。
続けたいがどうもそうはいかなさそうだ。
(ひどく遠くからではあるが視線を感じる。明らかに敵意の視線を。)
恐らくラヴェンチェスタ伯爵の雇った刺客だろう。
本当であればリアを影に任せ、一人で処理しに行きたいところだが……
(相手は手練れのセバスチャンですら気配が気づけたなかった手練れ。うちの影の実力を信じないわけではないが……任せることでリアを連れ戻されてしまうリスクが無いとは言えない……。)
相手は何せ手練れだけが所属する組織、「ファントム」だ。
それを考えると一番安全なのは俺の傍だろう。
(だとしたらここは正直に――――――)
「リア、話を聞いてください。今から人気のない場所に移動します。刺客と思われる存在がこちらを注視しているからです。貴方だけ逃がすこともできますがそれだと逆にリスクが高い。私の傍を必ず離れないと約束してもらえませんか?」
今置かれている状況がどんな状況なのか。
それを敵からの視線から決して注意をそらさずリアに語り掛けた。
するとリアは静かに私の手を救い上げ、か弱い手で握りしめた。
「お仕置き追加だね、リン。また口調が仰々しくなってるよ?」
リアは少し冗談めかしくそう言いながら私の手を自分の頬へと運び、私の手を自分の頬に充てる。
「リ、リア。今は口調の話など――――――」
「わかってないなぁ、リンは。それだけ余裕があるってことだよ?リンが守ってくれるんだよね?俺の事。」
口調という些細な事を指摘されて苦言を呈そうとする私に穏やかに笑いながらリアが言葉を遮り考えを語る。
それを聞いた瞬間、変に肩の力が抜ける感覚を覚えた。
「貴方という人は……。」
こういう時、普通の令嬢ならばやはり怯えたりするものなのだろう。
それでも穏やかに刺客と思わしき存在がこちらを注視してきて、今からその存在とやり合おうというのに顔色一つ変えない。
肝の座り方はひどく屈強な男らしさを感じる。
(なぜこれほどまでに肝の座っている人物がラヴェンチェスタ伯爵のいう通りに生きてきたのか不思議に思うくらいだ。)
「……約束しよう、リア。私が貴方を守り切って見せると。」
私がそう言ってリアの手に誓いの口づけを落とす。
するとリアは驚いた表情を見せた後、笑いながら言葉を言い放った。
「信じてるよ、旦那様。」
明るく笑うリア。
彼の笑顔を見ていると多少なり緊張を感じていた身体から力が抜けていく。
私はそんな彼の笑顔を必ず守り切ることを心に誓い、彼と共に人気のない路地裏へと移動するのだった。
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