彼女の近くにいて欲しくない男

@koutaro1226

彼女の近くにいて欲しくない男


「ゆーまってかなりエロくね?」


「はい?」


 今まさに火を点けようとしていた愛用のセブンスターを、思わずぽとりと膝の上に落としてしまった。


 渋谷の居酒屋。大学のサークルの飲み会で、隣で飲んでいた友人にかけられた言葉だった。


 友人の視線の先に目をやれば、そこには今しがた名前が挙がった「ゆーま」こと『菅野優真』が先輩達に囲まれてお酒を飲んでいる。

 優真と私は入学してからの知り合いで、ゼミとサークルが一緒なこともあって大学生活の大部分を彼と一緒に過ごしてきた。

 その分だけ仲は良いと思ってるし、私としても好印象を持っている。


「……どこらへんが?」


「全部でしょ全部。幸薄そうな色白の肌、ひょろいってほどではない、ほどほどの身体つき、押せばヤれそうなおっとりした性格」


 どこらへんが?と聞いたは良いものの、それは常々私も思っていた。

 入学してから2年半、彼と生活するを中で何度「こいつ持ち帰れそうだな」と思ったかわからない。

 けれど、僅かに残った良心がそれをさせなかった。どこかで、優真に嫌われるのは嫌だなと思っていたのだろうか。


 落としたイルマのメンソールを拾い上げて、電子タバコの電源をいれた。

 身体に悪い煙を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。


「でもあの感じだと、もう怜先輩に抱かれてるんでしょーね」


「ッゲホッ、ゲホ……!」


「わあ?!なによ急にむせて」


 思わず咳き込んでしまった。

 優真が怜先輩に抱かれた?!なんでそんな話になる。

 確かにもう一度視線を戻してみれば、優真の隣に、長身で美人の怜先輩がいた。

 サークルのリーダー的存在で、男女問わず人気の高い先輩。そんな人が、優真にたまに肩を組んだりしている。


 ……けどあいつは、誰にでもそこそこ距離が近いだけで……。


「”彼女の近くにいてほしくない男”」


「え?」


「彼氏に言われたんだよね。優真と同じコミュニティにいるの心配になるからあんまり一緒にいてほしくないって」


「はぁ……」


「男の子達の中では有名らしいよ。悪い子じゃないけど、彼女の近くにはいてほしくない奴だって」


 飲みかけのハイボールに、口をつけた。

 どういうことだろう。その言葉の意味が分からず、結局飲み会が終わるまでそのワードが私の頭の中にこびりついていた。







 週明けの月曜日、私は1限の授業に行こうとするも当然のように起きれず、2限の授業の教室に先に入って、後ろの方の席でスマートフォンをいじっていた。


「あ、れみちゃん!1限サボったでしょ~」


 そんな私を見つけて、すぐさま隣に座ってきたのは、優真だった。

 顔を上げれば、朝にはちょっと眩しすぎるくらいの笑顔。

 白いオーバーサイズのパーカーは小柄な彼にはぶかぶかすぎるくらいだ。


「優真おはよ。起きれないからもう私あの1限の授業切るかも」


「え~!頑張ろうよ。起きれないなら俺が朝電話でもしようか?」


「流石にそこまでは悪いわよ」


 すぐに隣の席に座って、人懐っこい笑みを浮かべる優真。

 この笑みが、私は好きだった。今時の男子には珍しい、温かい笑み。


『でもあの感じだと、もう怜先輩に抱かれてるんでしょーね』


「ッ……!」


「……?どしたの?」


 先週の飲み会で、友人から言われた言葉を思い出す。

 2年間、こうして仲良くしてきて、ちょっと気も許してるこの優真が、怜先輩に抱かれたのかもしれないと思うと、言いようもない感情に胸が苦しくなった。


 優真のことが好きなのか、と聞かれると、分からない。

 嫌いではない。全然抱ける。だけどこれが好きと言う感情かと言われると途端に分からなくなる。

 恋愛なんてそんなもんだ。私は女だから、好ましいと思った男は抱きたくなる。

 けれど、絶対にこの目の前の男と一生一緒にいたいとか、四六時中この子のことを考えてるみたいなことは、今までだって一度もない。


 だけど、2年間丁寧に作り続けてきた私と優真のこの関係を、ルックスとカリスマで怜先輩に先を越されたのかもしれないと思うと、胸が苦しくなる。


「……あの、さ」


「ん?」


 授業が始まるまで、まだ時間はある。教室内は、授業を待つ生徒達の喧騒で溢れかえっていた。

 今なら。


「優真って、怜先輩と付き合ってんの?」


 言え、た。特にどもることもなく、ちょっと目は合わせられなかったけど、あまりガチ過ぎないトーンで上手く聞けたはずだ。

 言い終わってから、優真の顔色をうかがってみる。


 ――何故か、緊張した。肩が強張っているのが自分でもわかった。そうだよ、と言われたら、私はどんな気持ちになるのだろうか。

 悲しさ?虚しさ?

 はたまた、怒りだろうか。


 しかし彼はきょとんとした、いつもの顔で。


「付き合ってないよ?」


 とだけ、口にした。



「……だよね」


 机の上に置いておいた自前のトートバックに顔を埋める。

 良かった、という感情の顔を、見られたく無かったから。


「優真があんなタイプと付き合うと思えなかったしそりゃそうか」


「そうだよ!……あれ、僕今バカにされてる?」


 そういうとこだよ。と小声で呟いたら、授業開始を知らせる鐘が鳴った。











「ってなわけで、優真は別に怜先輩と付き合ってないって」


 その日の夕方、4限の空きコマの時間を使って、私は学食で友人と遅い昼食をとっていた。

 昼時はたくさんの生徒でごった返す学食も、この時間になれば閑散としている。

 だいたいの生徒は授業を受けているか、帰ったかだ。


 そんな静けさすら感じる学食で、うどんをすする途中にぽろっと零した私の言葉に、今まさにしょうが焼き定食を食べようとしていた友人の箸がピタリと止まっている。


 箸で持ち上げた熱々のお肉を一度更に戻し友人は、はぁ、と深くため息をつくと。

 まじまじと私の顔をみつめてから。


「れみ……あんたアホなの?」


「え?」


「いやいや。付き合ってるかどうかと抱かれたかどうかは無関係でしょ」


「……あ」


「あ、じゃないわよ今更私に清純ぶってどうするのよ」


 ……完全に失念していた。

 大学生なんて、抱いた=付き合った じゃないことなんてザラ。


「で、でもさ?あの優真だよ?そういうのは付き合ってからじゃないと……とか言いそうじゃない?」


「処女妄想乙。それはれみの願望でしょ」


「しょ、処女じゃないし……」


 言いながらわかっていた。こんなのはそうであって欲しいと思う私の願望でしかない。

 私だって文系大学生の爛れた性事情くらい知っているし、その恩恵に与ったこともあった。

 ただ、優真はそういった世界には巻き込まれていて欲しくない。その一心で。


「むしろ優真とかむしろ進んで腰振るタイプかもよ。彼氏もあいつはちょっとヤバイみたいなこと言ってたし」


「……一応ご飯中なんだからやめてよもう……」


 ごめんごめん、と謝られて、私達は食事に戻る。

 ……けれど何故か。

 その後食べた、うどんの味があんまりわからなかった。





 5限の授業を終えて。

 外に出てみれば、もう辺りは暗く、校舎から漏れた光と街頭だけが視界を確保してくれていた。


 ぐーと伸びをして、ひとつため息をつく。

 ……正直最後の授業には全然集中ができなかった。


 こんなことで集中できなくなるなんて、私の中で意外と優真という存在が大きかったんだなと再認識させられる。


「あ、れみちゃんじゃん!」

 

 噂をすれば、なんとやら。

 後ろからかけられた声に、私はとても聞き覚えがあった。

 振り返れば、オーバーサイズのパーカーの袖を大きく左右に振りながら、こちらに近づいて来る影。


「優真……」

「僕も今帰り!一緒に帰ろ!」


 にこっと笑うそのいつもの笑顔に、心が安らぐ。

 いつも通りの、優真だ。

 

 ん。と小さく返事をすれば、すぐ横に並んで歩き出す。

 駅まではさほど遠くない。歩いて5分から10分程度だ。



 街路樹の下を歩きながら、駅への坂を下っていく。

 横をみれば、ご機嫌な優真の横顔。


 いつも見慣れた、その柔和な表情。


 だからこそ……気に、なってしまう。

 どうして怜先輩とあんなにも距離が近いのか。

 付き合ってはなくとも……何か、あったのか。

 

「――てたのがバレてさ~……って聞いてる?」


「……っごめんごめん、聞いてるよ」


「内職くらいみんなやってるっていうのに僕だけそんな罰せられるのおかしいと思わない?」


「そうだね」


 そんな他愛のない話をしていれば、すぐに駅が見えてきた。

 複数の路線が通っている都会の駅は、週末ということもあって多くの人で賑わっている。

 一刻も早くこの多すぎる人の群れに別れを告げたいところだが、優真と私は、使う電車が違うので。

 

「優真の方まで、送るよ」


「え、良いの?れみちゃんは優しーね」

 

 これくらい、私にしてみれば当然のことなのに、優真はいちいちお礼を言う。

 律儀すぎるくらいだ。



 駅のホームに到着した。いつもなら、ここで別れて、私は自分の帰路につく。

 だというのに、何故か今日は胸の内がもやもやしたままで。


 恋愛ドラマだったら、きっと良い演出でも入って、彼を呼び止めるのだろうか。

 でもこれはきっと、そんな綺麗な感情じゃない。

 優真のことは好意的に思っているけれど、別に好きかどうかはわからなくて。

 

 もしかしたら他人のモノになってしまったのかもしれないという焦燥感だけが、私を突き動かしている。

 

「ありがと!れみちゃんまた来週ね」


「……ねえ、優真」


「……?」


 呼び止めたは良いものの。何を言えば良いのか迷った。

 私はただ。この胸の内の焦燥感を、解放できないままでいるのは、なんとなく、嫌で。


「飲み、行かない?」


「いいよ!」

 

「やっぱ流石に急すぎだよね……ってえ?」


 流石にこんな時間から誘うのもナンセンスかと思ったのだが。

 聞き間違いでなければ今――


「いいよ!」


「あんた流石にフッ軽すぎない……?」


「れみちゃんから誘ってくれるのなかなかないし!嬉しいじゃん!」


 あまりにも承諾が早すぎる。本当に心配になるほどだ。

 

「この駅だとちょっと週末なのもあって混んでそうかな?」


「あ、確かに……」


 冷静になると、週末のこの時間で今から居酒屋を探すのは至難の業。

 これはタイミングを間違えたか。


「もしれみちゃんが良ければ、僕の家の方に良いお店あるんだけどどうかな……?ここから電車で15分くらいなんだけど……」


「あ、ならそこにしようか」


「おっけ!じゃあ行こ!」


 優真に連れられて、駅の改札を通る。この路線を使うのは、少し久しぶり。


 この時、私は少しテンションが上がっていたのだ。

 優真が知っているお店に行くということが、ちょっと優真との距離が近くなったような気がして。

 

 そんな、思い上がりをしていたから――

 


「この前ね、そこのお店、怜先輩とも行ったんだ!」




 一瞬で冷や水を浴びせられるような気持ちになるのも、当然だったのかもしれない。

 

 

 

 










 15分ほど電車で移動した後、優真がおススメしてくれたお店に無事入ることができた。

 奥の座敷の席に通される。大きな店でもないが、このくらいの方が騒がし過ぎずに良さそうだ。

 大学の駅にあるような居酒屋よりも空いており、優真の判断は正しかったと思う。


 「僕レモンサワーにしよっと。れみちゃんはどうする?」


 ……私は、電車での移動中からずっと上の空だった。

 『怜先輩とも来たことある』と優真は言っていた。


 『付き合ってるかどうかと抱かれたかどうかは無関係でしょ』


 友人の言葉が、頭の中を何度も何度も駆け巡る。 

 本当に、そうなのかもしれない。私が優真に対して抱いていた気持ちは幻想で、実はもうこの目の前の彼は先輩に美味しく頂かれてしまった後なのかもしれない。


 「れみちゃん?れーみーちゃん?」


 「っ……!ごめんごめん。なんだっけ?」


 「さっきっから急にどしたの?お酒どれにする?」


 「あーじゃあ、レモンサワーで……」


 「おっけー!すいませーん!レモンサワー2つで!」


 目の前にいる優真の様子に変わったところはない。

 普段なら、喜んでこの状況を楽しんだことだろう。なのに、私の心にかかったモヤのようなものは、いっこうに晴れる気配がない。


 「……あ、わかった」

 

 「……え?」


 「れみちゃんが急に元気なくなった理由」


 ドキ、と心臓が跳ねた。

 気付かれてしまっただろうか。そりゃバレてもおかしくない。私は怜先輩とも行ったという言葉を聞いてからあからさまに――


 「タバコが吸えるかどうか心配してたんでしょ!安心してください。ここは電子タバコなら吸えまーす。れみちゃん電子だったよね?」


 「……そうだね。ありがと。じゃあ遠慮なく……」


 優真がそんなに察しが良いわけがなかった。

 とりあえず気付かれなかったことに安心しつつ、私はポシェットから電子タバコを取り出した。

 これで心を落ち着けよう。


 ほどなくして、お酒が席に届いた。

 綺麗なステンレスのグラスに、レモンサワーがなみなみとつがれている。

 

 「はい乾杯!」

 

 「おお、乾杯……」


 グラス同士を軽くぶつければ、小気味よい音が響く。

 そのままレモンサワーを呷れば、丁度良い濃度のアルコールが喉を通過した。


 「不思議な感じだね!れみちゃんと2人で飲んだことなかったから」


 「そう、だね」


 「れみちゃんから誘ってくれたの嬉しかったなー」


 「あんたいつまで言ってんのよそれ……」


 にこにこと笑う優真の姿に、毒気を抜かれる。

 嬉々として学校の話をし始めた優真に、つられて私も笑ってしまう。

 

 タバコの煙を、換気扇が回っている上空に吐き出した。

 

 ……とりあえず、今はこの時間を楽しもう。もやもやした気持ちのまま楽しめないのなんて損だから。

 また今度友人にでも相談しながら考えよう。

 そう決めて、私は目の前で笑う優真との会話を目一杯楽しむことにした。


 








 「~って言ってたんだけど、流石にそれは酷いよね?」


 「確かにね」


 「本当にちゃんと聞いてる?」


 「あんた酔いすぎでしょ」


 数時間優真と飲んで。

 サークルの飲み会でも見たことがないほどに優真は酔っぱらっていた。

 顔が赤くなっているし、さっきから呂律が怪しい。

 まあ、こっちとしては眼福だからいいんだけど。ほんと可愛い顔面してるわこいつ。

 実に嗜虐心を煽る、男の顔。


 「ほらほら。そろそろ行くよ」


 「はーい」


 会計を済ませて、私達は外に出た。


 夜の帳はとっくに落ちきって、静かな秋の風が頬を撫でる。

 

 「さて……あ、一応電車調べるか」

 

 駅まで送りに来てくれる優真を背中に、スマホを開いて帰りの電車を調べることに。

 大学の駅からそう離れてはいないし、おそらくその駅に戻って帰ることになると思うのだけど……。


 「え?」


 調べて画面に出てきたのは、驚きの結果だった。

 なんと、もう今いる駅からの終電が無い。

 そんなに時間経ってたか……楽しくて時間を忘れていたのが仇になった。


 「?どうしたのれみちゃん」


 「あ、いやなんかもう終電なかったわ。でも平気。タクシーかなんかで大学の駅まで行ってネカフェでも行くから」


 メイク落としとコンタクトの保存液だけ買うか~。

 タクシー代も考えるとちょっと出費としては痛いけど、バイトの給料も全然使ってなかったし余裕はある。


 こんだけ楽しい時間が過ごせたなら無問題だ。


 「え、もうそんな時間だったんだ、気付かなくてごめん」


 「あ、いやいや平気。前もって調べてなかった私が悪いし」


 タクシーくらいだったらその辺で捕まえられるだろう。

 

 目途もついたし、そろそろ優真に別れを告げようかと思った、その時。


 「あ、あのさ」


 背中の袖を、引っ張られる。

 後ろを向けば、まだ顔が赤いままの優真が申し訳なさそうな苦笑いをしていて。




 「僕の家で良かったら、来る?」




 

 言われた言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

 数秒あってようやく、私の脳がそれを理解して。


 秋の夜の冷たい風。

 外気はこんなにも冷たくなっているというのに。


 身体の芯が焼けるように熱くなっていくような感覚に陥った。












 優真の家は、そこから歩いて10分くらいのところにあった。


 「ごめんね、散らかってて。テキトーにその辺に荷物置いちゃっていいから」


 「う、うん」


 どこが散らかってるの?と言いたくなったけれど、私の心にそんな余裕は無かった。

 家に来てしまった。

 これ、つまりはそういうことだよね?据え膳食わぬはなんとやらだよね?

 

 「とりあえず、なんか飲む?麦茶くらいしかないけど……」


 「あ、うん。じゃあ、お願い」


 「おっけー!」


 そうして優真がキッチンの方に引っ込んでから。

 

 私は考える。

 あまりにも、手慣れていないか、と。

 仮にも女を家に招いているというのに。

 端々に緊張は見て取れるけれど、その程度だ。


 『むしろ優真とかむしろ進んで腰振るタイプかもよ』


 「ッ……!」


 ダメなのに。そうなのかもしれないと思ってしまう自分が嫌だし。

 そして。


 じゃあ私もヤらせてもらえるかも、と思っている事実がもっと嫌だった。


 心臓が痛い。

 緊張と、期待と、不安が入り交ざったような変な感覚。


 すると、麦茶の入ったコップを2つ持ってきた優真が帰って来た。


 「はい、どうぞ」


 「……ねえ」


 「ん?どしたの?ああ、タバコならベランダでお願いね?」


 「違うわよ優真私のこと極度のヤニカスだと思ってない?」


 「あはは!あ、でもやっとちょっと笑ってくれた!」


 「……っ!」


 平気で優真はこんなことを言う。

 その温かさに触れる度……邪な考えをしている自分が嫌になる。

 だから、ハッキリさせなきゃいけない。


 「優真あんた……誰でもこうやって家にいれてんの?」


 「え?……いや流石に、誰でもじゃないけど……」


 誰でもじゃない。

 その言葉を額面通りに受け取るなら、それは一定以上の仲だと思ってもらえてるわけで。

 それは嬉しい。


 けど、問題はそこじゃない。



 「いれたこと、あるんだ他にも」



 「あー……まあ、1人だけ?」


 致命的に、嘘がつけない奴。

 身体の火照りは自分でも制御できなくなり、優真の前に思い切り身を乗り出した。



 「怜先輩」


 「……!」


 

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 

 言葉にせずとも、表情を見て、すぐにわかった。


 

 それを理解した瞬間私は、無意識のうちに。






 「れみ、ちゃん?」




 優真をベッドに押し倒していた。





 「やったんだ。怜先輩と」


 「えっと……その……まあ、流れで……」


 

 



 無理やり、優真の上に跨った。

 もう、我慢の限界だった。

 

 恥ずかしそうに目を逸らす優真の顔をこちらに無理やり向かせて。





 思いっきり口付けた。



 「んん……!」


 容赦なく舌をねじこむ。


 優真の唇は柔らかくて。少しレモンの香りがした。



 「ッ……」


 数十秒堪能した後、口を離せば、右手で顔を隠す優真の姿。

 それも、させない。左腕でその手を強引に引き離して、至近距離で優真の顔を見る。


 「じゃあ、これも流れ、だよね」


 「……うん」


 「何人やってきたの。そうやって誘惑してさ」


 「や、やってないって……怜先輩が、初めてだったって――」


 続きの言葉を待たずに、その口を封じるように、もう一度口付ける。

 もうそんな名前聞きたくない。


 先を越された。奪われた。

 優真の初めてを。私が、悠長にしていたから。




 悔しい。苛立つ。過去の自分に腹が立つ。


 ……でももう、なんでもいい。


 今はただ、目の前のこの魅力的な男を、心のままに貪りたい。


 

 優真の口内を舌で存分に蹂躙してから、口を離した。


 頬が紅潮し、息も絶え絶えの優真。

 私は鬱陶しく感じてきた上着を乱暴に脱ぎ捨てる。

 

 「……一応確認するけど。最後までやるけど、いいよね」



 最高にエロくて、可愛い優真が、小さく呟いた言葉は。




 「……れみちゃんなら、いいよ」


 


 僅かに残っていた私の罪悪感を消し飛ばすのには十分すぎる威力を持っていた。












 

 

 


 

 朝チュンという言葉がある。

 

 鳥の鳴き声を聞きながら起きた私は、ああ、こういうことか。なんてのん気に思った。

 キッチンの方から物音がするから、おそらく優真はなにか朝食でも作ろうとしているのだろう。

 ……もう10時だけど。

 

 とりあえずベランダに出て、電子タバコの電源を入れた。

 身体に悪い煙を、思い切り吸い込む。


 「れみちゃん、なんか食べる……って起きて最初にタバコって……やっぱりヤニカスじゃん」


 「……これが至福のひとときなのよ」


 可愛い男を心行くまで堪能した後に迎える朝。

 これは人生で一番美味しいタバコかもしれない。

 

 困ったようにこちらを向いたままの優真と、視線が合った。


 「優真あんたさ、セックス好きでしょ」


 「ちょ、そんな明け透けな……」


 「もう事後だしいいでしょ。ヤってる時の顔見たらなんとなくわかるし」


 「なにそれ……」


 「で、どうなのよ」


 「まあ……気持ち良いし……」


 ふふっと、笑ってしまった。



 ああ、やっぱりこいつは。



 「彼女の近くにいて欲しくない男だわ」


 

 「え、なにそれどういう意味?」


 「なんでもない。これ吸い終わったらもっかいね」


 「え!でもれみちゃん2限から授業じゃ……」


 「授業なんかより優真とセックスした方が良いに決まってるでしょ」


 「言い方!」


 吸い終わったタバコを携帯灰皿に捨てて、私は優真に抱き着いた。


 「もーれみちゃんタバコ臭いんだけど」


 「我慢して。これからはずっと」


 

 こいつは彼女の近くにいて欲しくない男だから。



 仕方ないから、私がもらってやることにした。





 

 

 

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