第一章 5分で分かる!国家を転覆させる方法

閑話/何処かの城のお姫様

コンコン。何時もと変わらない単調なリズム


「王女様、お目覚めの時間です」


何時もと変わらない音


同じ動作で布団を剥ぎ


同じ場所を踏んで歩いていく。



「はい。おはようございます」



何時もと変わらない。何も変わらない。



╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬



「あはっ…まだやってる」

「せめて雑用くらいはこなして欲しいわよねぇ」


押し付けられた掃除、洗濯。聞こえてくるのは侍女らしい者共の陰口。


何時もと変わらないもの。


だけどその日は少し違った。


廊下の先から大きな重鎧を身に付けた騎士が私に近寄り、話を掛ける。


「リムニアル王女。殿下がお呼びだ」

「はい、解りました」


お父様の呼びかけには二つ返事で答える。

そう教わったから。

背を向け歩く鎧の彼に着いていく。


「あぁら…王女様は自分のやっていることをほっぽり出してお父様に逢いに行くの?」

「何も出来ない役立たずなら、せめて目の前のことぐらい終わらせたら?」


後ろ髪を引かれ、地面に倒される。

少しの衝撃と、水の感触。掃除に使っていたバケツが零れたのだろう。


ゆっくりと立ち上がり、侍女らしい者へ口を開いた。


「はい。解りました」


遅れてはいけない。早く済ませないと。



╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬



赤いカーペットと、やけに高い天井。

色とりどりのステンドガラスが散りばめられた聖堂のような場所に、不釣り合いの玉座が聳え立つ。

その中心に彼が居た。豪華な椅子に座る、私のお父様。


「遅かったな、リム」

「申し訳ありません。お父様」

「……はぁ。相変わらず気の滅入る顔だ」

「申し訳ありません。お父様」


お父様は興味の無い顔で、私を見る。

彼が横に経つ騎士へ、手で合図を送ると、私へ何かが飛んできた。


「…む?」

「殿下、指示を」

「……あぁ。リムよ、それを拾って確認しろ」

「はい。お父様」


床に転がった羊皮紙を開くと、中は暗い森から禁足地までの地図だった。


「先日、ファブニルの討伐を命じた勇者が帰ってこず、我がケルオム神国の国宝が禁足地に留まっておるのだ」


お父様は頬杖を着きながら、話を続ける


「リム、主の力であれば、彼の禁足地に潜む化け物から身を守り、闇と病に塗れた地獄から聖剣ベインフォーリーを探し出せるだろう」


ひそひそと侍女らし者が小さな声を出す


「あれって要するに面倒払いじゃないの…?」

「約立たずの王女だし仕方ないわよねぇ…」


騎士の一人がそれに気づいた様で、言葉を被せるように口を開いた


「おい!無駄な口を叩くな!」

「いや、良い。どうせ意味も無い」


お父様が昂る騎士をやんわりと鎮める


「どうだ?リム。行ってくれるか」


心底飽いた様な口調で、お父様は私に語り掛ける


「はい。お父様」


私は何時も通りにそう答えた。



╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬╬



ガタンガタンと数トキの間、馬車に揺られている。

やる事も無ければ考える事も無い。走る衝撃と軋む車輪の音を聴いている。

周りには護衛らしきお城の騎士達が所狭しと並んでいた


ぼんやり遠くを見つめて居ると、馬車の動きは止まっていた。乱暴に馬車の扉が開く


「おい、出ろ」

「はい」


御者に呼ばれ、並んだバケツ達を尻目に馬車を降りた。


「はぁ…こんなアブねぇ場所走らせんなよ」


馬車の扉を閉めた御者は、此方に振り返ることも無く御者席へと乗り込み、直ぐに馬車を出した。

砂埃の舞う風と一緒に取り残された私は、暗い森へと振り返る。


あとは何時も通り。お父様の命令に従うだけ。


私は暗い森の中へと歩み始めた。




馬車に揺られた間に日は沈み。昼でも暗いこの森の闇はさらに勢いを増していく。

だけれど私の眼は、それでも現を見通し。理解する。



人は産まれると2つの贈り物を神様より貰い受ける。


一つは名前。人は生まれながらにしてその一生を象る名前を手に入れる。他人との区別、他人との関わりの為。

逆に名前を捨ててしまったものは何者にも成れず、世界へ溶けてしまうらしい。


二つ目は自我。自分が自分であると言う証拠としてそこに在る為の物。平たくすれば思考力や物を思う力。

それは《スキル》として記録され、個々人の持つ固有の能力の意味を齎せられる


[神理眼]


私が齎されたこの眼は、真実を暴く事が出来る。

…らしいのだが、見えるのは所詮暗闇程度。

幾ら人が嘘を吐こうと、隠された物があろうと、私の目には何も写らなかった。


今そうして唯一のアイデンティティを最大限に活用出来たのだけが唯一の救いなのだろう。

小石に躓かずに進めるだけで私にとっては充分だ。


濁った風と移ろっていく黒。土を踏みしめる感触が心地悪い。

まるで泥濘に取られているような足取りで暗い森を歩いていると、遠くから声が聞こえた。

ギィギィ歯と喉で鳴らせるその声は、ここに住まう魔物の物であると誰もが理解出来た。

その声は禁足地を目指して歩みを進める私へと近づき、直ぐにその手に持つ棍棒を私に振り下ろす。


こういう時はどうすればいいんだったか、お父様から教わった事を思い出した。


足を揃えて、頭を守るように屈んで…事が過ぎるまで待つ。


私は教わった通りにそうする。棍棒が私へと衝撃を与える。


こつんこつん。かんかん。


事が過ぎるまで、そうして、そうしている。


こつんこつん。かんかん


事が過ぎるまで、事が過ぎるまで、事が過ぎるまで…

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