月の行方

黄永るり

第1話 少年と少女①

 夕暮れだった。

 川の周囲は朱に染まっている。

 多量の泥により、その光が底まで照らし出すことはなかった。

 泥の川面には少年が、川べりには少年よりもさらに幼い少女が立っていた。

 少年は手にしていた笊で水底をすくった。

「よし!」

 笊の中身を満足げに見て、少女の所へ向かう。

 笊を少女の目の前に置くと、少女と一緒に砂利を一つ一つ選り分けていく。

「若様、これ!」

 少女の手のひらには、夕焼けの光に反射して赤みを帯びた真珠色の石が載っていた。

「そうだね。これも綺麗な素晴らしい宝石になる原石なのだけど。僕が探している石とは違うんだ」

 声変りをしていない少年の声は、高くどこまでも澄んでいた。

「そうなのですか?」

 自分を喜ばせようと必死な少女の声が落胆に曇るのはみたくない。

 だが自分が探している石はこの石でもないのだ。

 どこにでも簡単に採れるものではない。

 少年はある宝石の原石を探していた。

 この村に流れる川からそれが採れると言われていた。

 いつもなら、この川では夜明けから夜更けまで、村の男たちが総出で一攫千金を狙って川底をさらいにくる。男たちは川に女子供の入る隙を与えてはくれない。

 しかし今日だけは違った。

 今夜は新年を迎えるということで、今日は皆、新しい年を迎える準備に追われて、いつもの仕事をしないのだ。

 さらに少年にとって都合の良いことに、先週の大雨で増水した川が、元の水量に戻った直後だった。その時が一番良い石が採れるのだと少年は知っていた。

 少年が住んでいる屋敷と村は背中合わせにある。

 母に人気のいない頃の川に連れて行くように頼んでは断られていたのだが、今日は新年に正室様をお迎えするとかで、母や侍女たちも新年の準備と相まって忙しくしていた。

 その隙をついて少年は屋敷を抜け出したのだ。

 途中、聡い侍女の娘に見つかり連れて行くはめになったのだけは誤算だったのだが。

「ティナ!」

 少年は少女に今度は自分の手のひらを見せた。

 そこには、一つの石があった。

「トルマリンの原石だ」

 少年の頬が上気する。

「若様が探しておられた石ですか?」

「本当はこの色ではないのだけど……」

 少年の声の様子が少しかげった。

 黒とも見紛う濃い緑の細長い石は少年の人差し指ほどの長さだ。

 夕日を受けて原石の奥から不思議な光が反射している。

「やはりこの川ではトルマリンの原石が採れるんだ。聞いていた通りだ」

「若様が探しておられるのは何色のトルマリンなのですか?」

「一つの原石に赤と緑の二色の色が混ざっているんだ。ここで採れるはずなのだけど。今度ガウルに聞いてみよう」

 ガウルは少年の護衛兼教育係である。

 いつもは少年にぴったりと付き従っているのだが、今日は男手が足りないということで、新年の宴の準備に借りだされていた。

「ティナ、もう一度探してみよう」

「はい」

 少年がすくいとった砂利の中から原石と思われるものを、一つ一つ丁寧に選り分けていく。

 暮れていく日の中、ついに二色のトルマリンの原石を見つけることは出来なかった。

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月の行方 黄永るり @ruri33

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