前世の私、一体何をした!?

@shiroganeKeika

第1話 モラハラ夫に捨てられた夜

 「誰に養われてると思ってるんだ!」


 その時の私はたぶん、口がポカーンと開いたままだった。

 マンガとかでよく描かれるあの表情。人間、驚きを越えると本当にあんな顔になるんだ……。

 『誰に養われているんだ』という、モラハラ夫のネタのようなセリフ。

 再現ドラマでしか聞いた事のないセリフ。

 本当に言う人がいるなんて。しかも、こんなに身近に! 

 

 夫婦の危機だというのに、私は何となく感心してしまった。


 「お前なんか出ていけ!」

 夫の怒鳴り声に、現実に戻る。

 「ごめんなさい、これから気をつけます。」

 こういう場面では癖のようにスラスラと謝罪の言葉が出てくる。心の中では微塵も思っていないのに、申し訳無さそうに言える自分。

 自己防衛のため身につけた技術だ。

 いつもはこれで収まるのだが、この日の夫は違っていた。

 「きゃっ」

 私の腕を掴むと、本当に玄関に引っ張って行こうとするのだ。

 (これは、本当に追い出される!)

 ヤバいと思った私は必死で壁の出っ張りや柱にしがみついたが、大人の男の力には叶わなかった。

 「二度と帰ってくんな!」

 この男の優しさなのかわならないが、私を外に放り出すとご丁寧にスマホを取りに戻り、それを投げつけて来た。

 「ちょっと、あなた!お願いよ!」

 非情にも、ガチャリと鍵がかかる音がはっきり聞こえた。

 

 さて、これからどうしよう……。

 行く所はないので近くの公園のベンチに腰を下ろす。ぼんやりしていると、中学生か高校生くらいの子供達が、何人かずつ楽しそうに歩いている。

 彼らは近くの学習塾から出てきたようだ。

 スマホで時間を確認すると二十二時過ぎ。遅くまで勉強してる彼らを迎えに来ている親もいる。

 

 私の人生はどこでボタンをかけ違えたのだろう。

 両親を早く亡くして、祖父母に育てられた子供時代?

 勉強しなかった学生時代?

 あの男に出会った勤め先?


 本当なら普通に子供を産み育て、こんな風に送迎したりしていたのかも知れ無い。 毎日お弁当を作ってあげたり、反抗期に悩んだり、自分ができなかった過去を家族と作って過ごせていたのかも知れない。

 「“もしも”、なんてこの世にないんだよね」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、仕方なく立ち上がった。


 私の両親は子供の頃に他界した。祖父は昨年他界したし、祖母は認知症が進んで老人ホームに居る。唯一の家族だった弟は結婚して海外に居る。

 夫に追い出されたら、私には頼る身内がいない。

 「警察に行ってみるか」

 夏から秋へと移行する季節、日中は何ともないが夜に薄着で追い出されると寒さを感じる。

 ベンチから立ち上がると、ここから5分ほどの交番に向かって歩き始めた。途中、お腹が『ぐーっ』と鳴る。

 (食べそびれたな)

 今日は結婚記念日で、柄にも無く私はごちそうを作って夫を待っていたのだ。モラ夫はもちろん、そんなことは覚えてはいなかったが。


 交番が見えて安堵したその時、『キキーッ!』と車のブレーキ音が響き左側に強い衝撃が走った。

 「!」

 痛みは感じなかった。

 体がゆっくりと地面に吸い込まれていくような感覚とともに、視界がぼやけて無くなっていく。


 「ひき逃げだ!」


 遠くで知らない人の声がした。








 





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