親愛なる先生へ

りお しおり

プロローグと呼ぶには①

 桜の花びらが舞っているのが窓越しに見えた。引っ越してきたアパートの窓からは、川沿いに並ぶ桜が見える。

 結婚を機に越してきた部屋は、私の職場に通いやすい。彼が自分の職場へのアクセスよりも優先してくれたからだ。

 運び入れられたばかりの荷物は半分以上手つかずのままで、今日中に最低限の片づけをしなければならない。

 私は今日から必要な生活用品を出し、彼はカーテンをつけるという分担になっている。


 彼とは高校の同級生で、たまたま大学の友だちの結婚式で再会した。二十代のうちに絶対結婚したいと婚活に励んでいた彼女は、見事二十九歳で結婚し、華やかな結婚式を開いた。彼女の結婚相手の大学の後輩だったのが彼で、新郎側の招待客だった。

 高校時代に同じクラスではあったけど、それほど親しかったわけではなかった。話した記憶も、そんなにはない。

 一緒に出席するはずだった友だちが急遽欠席してしまい、新婦以外に知り合いがいなかった。同じテーブルの人と当たり障りのない会話を少ししたものの、あとは美しい花嫁姿を楽しむことに専念していた。


 一度席を外したタイミングで見たことのある男性が目に入り、それが彼だった。同じクラスだったとはいえ私は目立たないほうだったし、優秀な彼は何かと目立っていたから、向こうは覚えていないだろうと思って声をかけようとは思わなかった。

 だけど意外にも彼から声をかけられた。軽いあいさつと、新郎新婦との関係性を世間話程度に話しただけだったけれど。


 当日参加OKという二次会への誘いを重ねて断っていたときに、彼から再び声をかけられた。一緒に駅まで行こう、と言われて式場を二人で離れた。二次会を断るのに、私がちょうどよくいたからだろう。実際私たちは駅に向かう間、お互いに当たり障りのない近況を話しただけで、連絡先を交換したりもしなかった。


 彼と再び会うことになったのは、おせっかいな新婦の暴走によるものだった。

 彼女の結婚式から時間が経って落ち着いた頃、彼女から連絡が来た。式に来てくれたお礼もそこそこに、彼女は式で私が彼と話していたことに言及してきた。

 彼女の人生における恋愛・結婚の重要度は、一番であると言ってよい。そしてそれが、他の人もそうであると信じて疑わない。

 私と彼が高校時代の同級生だったこと、少し話しただけで、まったく色恋とは縁のない関係であり、お互いそうした意識もなく、今後会う予定もまったくないことを、とても丁寧に伝えた。始めはまるで聞く耳を持たず、仲を取りもつと言って聞かなかったけれど、最後にはようやく諦めて、気が変わったらいつでも言ってね、と念押しをされて話は終わった。


 彼女は納得してくれたものだと思っていたのだが、それが間違いだったと気づいたのは後になってからだった。

 時間が経ってすっかり忘れた頃、再び彼女から連絡が来た。夫にちゃんと紹介したいから一緒にごはんに行こう、と言う。正直わざわざ紹介されるほど彼女と仲がよいのか疑問があったが、断るのもはばかられ、約束をした。約束の日時に指定された店に行くと、友人夫婦のほかに、彼がいたのだった。

 彼の姿を見た瞬間、この食事会の意味を悟った。とはいえ彼女への苦言は飲みこんで時間を過ごした。彼女はしきりに私と彼の再会を運命だと語り、彼女の夫も控えめに頷いていた。彼女から援護するように言われていたのかもしれない。


 彼はきっと私が、友人に仲を取りもってほしいと頼んだと思っているだろう。そう考えると、いたたまれなかった。私に差し迫った結婚願望がないことなど、彼が知るはずもない。

 それでも私たちは大人なのでつつがなく会話をし、友人夫婦と別れた。駅まで彼と一緒に歩きながら、話したのはやはり当たり障りのないことだったと思う。どういう流れだったか連絡先を交換して別れたけれど、今度こそ縁もこれまでだと思っていた。


 けれども私たちはなんとなくメッセージのやりとりをして、食事に行ったりするようになった。仕事帰りの食事だったのが昼間に会うようになり、一緒に出かけ、つきあい、そして結婚した。

 自然とそうなったとしか言いようがないけれど、今でも不思議でたまらないこともある。彼となら穏やかな時間を過ごせるだろうという安心感の先に結婚があっただけだったけれど、彼にとってはどうだったのだろうか。きちんと聞いたことはなかったけれど、彼が結婚を意識していたようには思えなかった。

 正直なところ彼には私じゃなくても、もっと素敵な人を選べたのではないか。結婚を切り出したのは彼からだったけれど、なぜ彼が私を選んでくれたのか今でも不安になることがある。


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