第19話 ログハウスへ侵入せよ。







 伊吹ちゃんのバフ飯を食べたせいか、体は驚くほどに軽かった。


 地を蹴るごとに加速する体。まるで一陣の風の如く。

 

 ザシュとナイフを振ると、ボングは一切反応できずに倒れゆく。


「でも、何か違う。」


 噴水のように舞う血しぶきを避けもせず、死にゆくボングに視線を向けることもなく、次の獲物を見据えて走る。


 僕はアサシン。悟られることなく敵を斬る。

 力はいらない、重要なのは正確さだ。


 顎のつけ根に刃を滑らせてさっと動脈を断つ。

 そうイメージする。脳内で自分の勝利する映像を固めた。


 ――ザシュ。


「まだだ。もっとスムーズに、もっと手早く。」


 虚空を斬る。何度も反復したのち、次へと向かう。


 ――ザシュ。


 体が動きを覚えるまでひたすらにボングを狩る。


 ――ザシュ。


 意識せずともできるようになるまで。更なる高みへ。


 ――ザシュ。


 才能のない僕はこうして努力する他ない。


 ――1時間後。


 血染めのナイフよりポタポタと落ちた雫は若草色の絨毯を汚していた。


 ふと振り返ると、横たわるボングの屍と伊吹ちゃんの姿があった。

 

「ふっ かなり成長したな、ボングスレイヤーとは僕のことか。」


「カッコつけてる場合ですか! 自分で剥ぎとりをしてください!」

 

「ごめんなさい。」


 …こわぁ。


 伊吹ちゃんは「ん。」とビニール袋を突きだした。


「え? 何だかんだ言いながら、魔石を回収してくれたの?」

「今回だけですよ。」

「ありがとう。えーと......41、42、43個で4300円。

 良かった。これで今晩しのげるよ。」


 伊吹ちゃんはやはり僕に甘い。


 僕はそれをリュックにしまいつつ、以前から気になっていた事を聞いた。


「そういえば伊吹ちゃんって魔法は使えるの?」

「一つ使えますよ。纏現てんげんの魔道書を買いましたので。」


 凄い。初級魔法とはいえ、纏現の魔道書は20万円位するのに。


 纏現とは触れたものに自身の属性を付与する魔法である。


 火属性のもちであれば剣や盾を燃やしながら戦うこともできる。


 ただし、自身の属性で火傷する可能性もあるので、ギルドショップにて耐性の得られるマジックアイテムを買うことも忘れてはいけない。


「すこし使って見せてよ。」

「魔法を使うと疲れるんですよ?」

「そう言わずに、一回でいいからさ。」

「うーん。」


 …もう一押しだな。


「見てみたいなぁ…。伊吹ちゃんがカッコよく敵をたおす姿!」

「女の子はカッコいいと言われても嬉しくありません。」

「見てみたいなぁ…。美人な伊吹ちゃんが颯爽と敵をたおす姿!」

「……し、仕方ありませんね///。」


 伊吹ちゃんは赤くなりつつも、腰を落として顎を下げた。


 そしてそっと日本刀の柄へと指を這わせた、いわゆる居合いの構えだ。


 視線の先、30mほどにボングがいた。


 日本刀が緑のオーラに包まれたその刹那――


「天元無双流剣式一の型・絶空。」


 抜刀のち、緑のオーラは弧を描きつつ敵に接近し、その首をおとした。


「―――速すぎてまったく見えなかった。僕の絶空とは大違いだ。」


 同じ道場に通っていてここまで違うのか。


 とはいえ、天元無双流の道場は伊吹ちゃんの実家でもあるし、差が出るのは仕方ない。それに単純な剣の腕でも中学のとき、剣道の全国大会で優勝した伊吹ちゃんと、補欠にすらなれなかった僕とでは歴然とした差がある。

 

「明君もレベルがあがればこのぐらいできますよ。」


 …そういや、僕のこと話してなかったな。


 ボンテージ小悪魔のことは伏せて伝えておくか。


「僕のレベルは上がらないんだ。だから、ずっと0レベルだよ。」

「――――えっ!?」


 僕は邪神爺のこととデメリット効果のことを説明した。


 伊吹ちゃんは複雑な面持ちだ。手をだしたり引っ込めたりしてた。


「大丈夫だよ。気にしてないし、僕は魔物肉でパワーアップするから!」

「そ、そうですね。ではすぐにハイボングを狩にいきましょう。」


 僕たちは気まずい空気を吹き飛ばすかのように、空元気で歩み始めた。


 

















 広い草原の中央にそれはあった。

 水平方向に積み重ねられた丸太により、作られた家だ。


「明君。ボス部屋が見えてきましたよ。」

「……え? あれってログハウスじゃん。」


 …マジか。


「ここのダンジョンはそうみたいですね。」

「もしかして、ほかは違うの?」

「はい。緑のダンジョンであればコテージ、テント、コンテナ、ボロ小屋など色々あります。」

「そっか。聞いた限りじゃ、ここは当たりかもね。」


 ダンジョン内の物は攻略者の所有物になる。

 それは『ダンジョン法』という法律でも決まっていることだ。


 ダンジョン内の資源(植物、鉱物、建物、魔物肉のランク)はダンジョンコアの買取価格にも影響する。ボング肉も美味しかったし、もしかしたらここは当たりダンジョンかもしれないと僕は思った。


 なんか、勝手に人の家に上がりこむ気分だ。

 僕は若干の後ろめたさを感じながらもドアノブに手をかけた。


「お邪魔します。」

「ふふっ どうせ誰もいませんよ。」


 ドアノブを回して扉を開けた。


 …確かに誰もいないな。


「至って普通の部屋だね、家具の類は無いし……広々としてる。」

「―――外から見た印象より5倍ほど大きいでしょうか?」

「うん。空間の拡張とか、魔法的な仕掛けがしてあるのかも。」


 ほかは普通のログハウスと大して変わらない。

 一つ違いがあるとするならば、部屋の中央に何の素材で出来ているのかすらもわからない、近代的で真っ黒な円柱状の柱があることだろうか。

 それは、直径2メートルほどの大きさを誇り、緑色に発光するラインが何本も走っている。

 柱の中央に少し窪みがあって、ひし形で手乗りサイズの白く発行するモノが埋め込まれているようだ。


「あれが、ダンジョンコアか。」


 ダンジョンコアを獲得してマスター登録することで『ダンジョンマスター』となれるのは有名な話だ。水銀灯に引き寄せられる虫のように僕がフラフラとダンジョンコアに近づいていくと――


 バタンッ!!


 とビクッとするくらいの勢いで扉が閉まった。


 すぐに扉に近づいて開けようとするが。


 ガチャガチャガチャ


「ダメだ! 開かない! 完全に閉じ込められた。」

「どうやら、ボスを倒すまで出られないようです。」

「ず、ずいぶん冷静だね………。」

「ええ、これはまだマシな方ですね。

 ダンジョン自体に閉じ込める幽閉型ダンジョンもありますから。」

「そうなんだ。」


 伊吹ちゃんと話していたら少し落ち着いてきた。


 僕一人だったら完全にメダパニ状態になってたところだ。


 ―――その時、どこからともなく黒い靄のようなモノが発生した。


「………ぶぎゃ、ぶぎゃ、ぶぎゃ。」


 黒靄は柱の前に収束したのち、直ぐに人型の生物『ハイボング』を形成したのだった。




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