第49話 覚醒者
新宿の外界を出て数十分の地点
そこに新宿へと向かっている多種多様な寓話獣の大群がいた。
この寓話獣たちはお互いに争いながらも道中の寓話獣たちも吸収していき、だんだんと規模を増やしていた。
紡志達が出会った寓話獣はあくまで外界付近に生息していた寓話獣たちの先行の群であり、本群であるこの群はその規模も強さも先行の群以上であった。
それを近くで見ている人が一人。
彼は寓話獣たちが新宿へと雪崩れ込んでくることを予期し、イデアの隣人との戦いが始まってからずっと、
都市内の争いは新宿の都市の人たちに任せ、この大群に対処することは無理だと判断した
そして、メンバーの手伝いも終わり、彼らに新宿の戦いの加勢へと行かせた
そして、寓話獣たちが範囲内へと入ったことを確認した彼は
「《生命の母よ―雑多なるものの夢を糧にその身を創造せよ―不遜なるものをその身をもって粛清せよ―汝は生命の始まりにして王たる存在―全ての生命を見下すものなり》」
彼が行ったのは詠唱
技名や陣と同様に
詠唱は
「《ドリームイーターフォレスト》」
寓話獣の進行を防ぐようにして地面―事前に
その太さは人間の胴体ほどとそこまで大きくはないが、それが何十何百もの数であった。
そして、それらの根っこが寓話獣たちに襲いかかる。
根に刺された寓話獣はそこからまるで水分を奪われていくかのように吸収された萎んでいき、最終的にその姿を完全に吸い取られていた。
寓話獣たちもされるがままではなく、反撃して根っこを破壊する者もいたが、根は少し時間が経つとすぐに復活し、また襲いかかっていた。
それが数十分続き、寓話獣たちは一匹残らずその姿を消した。
「ふうーー。さて、都市の方はどうかな?」
それが、カイが目覚めるほんの数分前の出来事である。
〜〜〜〜〜
「うん、だいたい把握できた。俺の天則もクウの天則も問題なく使えるな。複数の座標に転移させるとちょっとずれてしまうが問題ない」
カイは手のひらを開いたり閉じたりしながらそう呟いた。
「あとは、接近戦だな」
目覚めてから一歩も動いていなかったカイは歩を進め始める。
カイにとっては何気ない一歩であったが、彼が動いたことで周りにある木々がざわめき始める。
風が吹いているわけではない、カイの動きに呼応するように木々がざわめいているのだ。
それはまるでカイのいる空間を畏怖しているかのようであった。
カイが目覚めてから少し時間が経っていた。
だが、凛もミーミルもその場から微動だにせず彼のいた方向を向いていた。
意識を少しでも外せば殺させる。
そう思うほどの存在感がカイが見えていなくても感じられたからだ。
数秒が数分に思えるほど張り詰めた空気の中、その存在感の主が彼らの前に現れる。
「刻……じゃない。誰?」
見た目はほんの数分前にミーミルが蹴り飛ばした刻と瓜二つ
だが、目の白黒が入れ替わっており、自信に満ち溢れた雰囲気が目の前にいるのが刻ではないことを語っていた。
「そこのお前」
カイは凛を見る
目があった凛は咄嗟に臨戦体制をとる。
「一度は見逃す。今すぐここから去れ」
「……っ!!」
初めはカイの言った言葉が理解できなかった。
凛にとってあまりに予想外の内容だったからだ
数秒かけてその言葉を咀嚼していき、その言葉を理解した瞬間、彼女はこれまでで一番俊敏な動きでその場から去っていった。
それをミーミルは邪魔することはなかった。
いや、彼にとって今そのようなことはどうでも良かった。
目の前にいる男。
つい先ほど敵ではないと判断した男の事で頭がいっぱいになっていた。
「まさかお前、覚醒者か」
それはカイに向けて言った言葉ではなく、自らの考えを整理するために出された言葉であった。
「はは…あははははは!!その存在感!お前、リーダーが言っていた覚醒者だろ!出会ったらすぐ逃げろと言われてるんだが…なあ、試させてくれよ!お前の力!」
「ああ、いいぜ。元々お前は逃がさないつもりだったしな」
ミーミルは歓喜の表情を浮かべていた。
彼は退屈していたのだ。
彼は強者と戦いたかった。
幻珠の愛し子に勝つ時点でこの世界で上位の強さとリーダーはミーミルに言っていた。
そんなリーダーにして、決して戦うな、そいつに出会ったらすぐに逃げろと言った存在。
それが神に愛された子、幻珠の愛し子の覚醒者であった
だが、人というのはするなと言われるとしたくなる生き物である。
ミーミルもまた、リーダーが戦うなという相手が目の前にいるのならそれと戦いたいという思いが心の中で渦巻いていた。
ミーミルはカイとの間にある数十メートルとたったの数歩で踏破し、頭に向けて蹴りを放つ
そこに一切の躊躇はない
ミーミルは馬の
馬の時速は人を乗せた状態でも70kmも出すことができ、人間の最高時速45kmと比べても圧倒的な速さで走る。
そして、ミーミルは
それを生み出す足で放たれる蹴りは常人には目視できないほど速く、コンクリートなんて粉々にできるほどの威力であり、蹴りによって風圧が発生するほどであった。
カイはそんなミーミルの蹴りを目で追い、その足に手を添え下から上へとそれを難なく受け流した。
抵抗なく受け流されたミーミルはそれによってバランスを崩してしまう。
時間としてはほんの少し、数秒だけバランスを崩しただけであったが、カイにとっては十分な時間だった。
「ガハッ!」
ミーミルの腹にカイの拳があたる。
その威力にミーミルは数歩後ずさる。
カイの放った拳は腰の入っていない力の乗っていない拳であったが、そこには膨大なほどの存在力が込められていたためミーミルが後ずさるほどの威力になっていた。
「はは!どんだけ存在力込めてやがる!…だが、希望は見えたぜ!」
ミーミルは再びカイへと接近し蹴りを放つ。
カイはそれを先ほどと同じく受け流す。
もちろんミーミルはそんなことは分かっていたので体制を崩したりはしない。
そして、そのまま流れるようにもう一撃蹴りを放つ。
カイはそれを紙一重で避け、更にミーミルは追撃を行う。
その後、カイが受け流したり避けたりするのも構わずミーミルは頭、足、胴とカイの周りを動き回り様々な角度から蹴りを放っていく。
すると、カイはだんだんと受け流したり、避けたりするのがお粗末になったり、間に合わなくなっていっていった。
「あんた、目はとんでもなくいいが、動きはてんで素人だな!」
ミーミルはカイのパンチを見て、自分の攻撃を完璧に受け流してたにも関わらず、彼が体の使い方がなっていないことに気付いた。
そこからカイが動体視力はいいが近接戦闘に慣れていないことを理解したミーミルは連続攻撃を仕掛けることで、カイが対応が間に合わなくなり隙を狙うことにしたのだ。
カイの対応が間に合わなくなっているのを見てミーミルはさらに速度を上げた。
彼は脚力のほかに持久力も
そして、ミーミルの一撃をなんとか受け流したカイであったが完全に体勢が崩れてしまう。
ミーミルはそれを好機と捉え、体勢の崩れたカイの頭目掛けて本気の一撃を放つ。
「《ゴールデンスタンプ》!」
ミーミルの踵落としはカイの頭へと炸裂し、そのまま地面へと叩きつける。
その威力に地面が放射状に陥没する。
「どうだ!」
完璧に入った一撃。
確かな手応えを感じでいたミーミルはカイの反応を伺った。
「痛つつ」
カイは普通に立ち上がろうとしていた。
ミーミルがカイの頭を押さえつけている、それも全体重を乗せているにも関わらずほとんど意味をなしていなかった。
よく見てみると彼はまともに喰らったのに、一切傷を負っていない。
「《再刻》」
「ガハッ!」
ミーミルは腹に衝撃を受け、カイの頭から足をどかしてしまう。
カイは何も動いていない
なのになぜか腹に殴られたような衝撃を受けたことに混乱するミーミル
よく見てみると衝撃を受けた場所は先ほどカイがミーミルを殴った場所と全く同じであった。
「《
完全に立ち上がったカイがミーミルに向けてパンチを繰り出す。
とても軽い、力が込められていないパンチがミーミルの腹へと放たれ
「ゴフッ」
ミーミルの腹み風穴を開けた。
「惜しいな。あと少し成長してたなら俺と戦いにはなっていた」
カイは僅かに笑った。
カイはミーミルのことを自分が近接戦闘でどれだけ動けるかを把握するため相手という認識でしかなかったため、ダメージを喰らうとは思っても見なかった。
それなのに多少だがダメージを与えたミーミルにカイは感心していたのだ。
「どう…し…たら……お前…のよ……うに…強く………なれる」
腹を貫かれ、もう自分の命も尽きようとした中、ミーミルはカイの強さに言及した。
と言うのも強くなることを楽んでいるミーミルと比べて、カイは戦っている最中、ずっと無表情だった。
だが、最後に少しだけ笑ったカイに対し、唐突にその強さの根源について聞いてみたくなったのだ。
「簡単だ。絶望を味わえばいい。この世界を壊したいほどな」
そう言ったカイの目の奥には黒く、深い憎悪。そして罪悪感が満ちていた。
「そ……うか」
ミーミルはそう言い残し、地面へと倒れた。
「さてと、逃げるか」
それを見届けたカイはその場を離れる準備をしていた。
「っ!!」
だが、カイは急に
止めざるを得ないほどの衝撃があったからだ。
『クウ!』
『ああ、間違いない。四人目が覚醒した!』
「このタイミングでか!」
『くそ!刻には一刻も早く成長してもらわないと!』
カイは驚いただけで冷静であったが、クウは突然のことに慌てていた。
『そう慌てんな』
『だが!』
『覚醒したからと言ってすぐにどうこうする訳じゃない。経験は俺が蓄積させているから力を戻せばすぐに刻も使いこなせる。それに刻を成長させるものの目星はつけてるんだろ?』
そう宥めるカイにクウも落ち着きを取り戻していく。
「《
そしてその瞬間、カイはその場から、いや新宿から姿を消した。
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