第45話 新宿の避難所
ヘイルムと烈火が戦い始めた頃
第一異能機関の能力訓練用の建物。
そこは今襲撃を受けている内界の住民の避難場所として多くの人がいた。
ヘイルムが街を襲いはじめてすぐに避難が開始されたが、空想侵略以来初めてとなる襲撃であり、それも40年ほど前のため避難するほど危険な出来事になるなんてことは生まれて初めてという人も多かった。
そのため、避難者の人の多くは不満そうな表情を浮かべている。
中には共に避難所にいる第一異能機関の学生や避難民を守るために配置されている超能力者を睨んでいる人もいた。
というのも、超能力者たちはその力によって冗長し、特に若者は一般人に対して横暴な態度を取ることが多いからだ。
それに警察に訴えたとしても不問にされることも多いのが現状であった。
寓話獣に対する貴重な戦力を無為に失いたくないという理由らしいが、何十年も寓話獣の被害がない内界の超能力を使えない者たちにとっては言い訳にしか聞こえず、それが大きな不満となっていた。
それでも、自分たちを守ってくれているのだからと我慢してきたわけだが、今回の襲撃が大規模化して自分たちが避難する羽目になったことで我慢が限界を迎えようとしていた。
初めは超能力者に対して不満が膨れ上がっていた避難所であったが、それでも自分たちよりも強大な力を持っている超能力者がいるのだからすぐに事態が沈静して避難も終わるだろうと思っていた。
だが、その予想に反して避難がいつまでも終わらず、それどころか避難所からも見えるほど建物が燃え広がっているのを見て彼らはだんだんと不安や恐怖に包まれていった。
そんな中、建物の壁際で西園寺瑠璃と篝燎谷の二人がいた。
燎谷はこれまでの瑠璃との訓練で
「西園寺さん。これって……」
「ええ。おそらく相手は
今回の避難は一人の超能力者の犯罪者が街中で暴れているために行われていると二人は聞いている。
それなのにいつまで異能大隊が犯人を捕まえた知らせが届かず、普通の人では到底一人の人間にできることではないほどの被害が出ていることを考えれば自分たちと同じ
「異能大隊の人たちで勝てるんですか?」
「……正直分からないけど、こんなに時間が掛かっているということは…」
ここまで時間が経っているということは異能大隊の超能力者たちも手をこまねいているのか、それとも…
「俺たち以外に
そうなると最悪自分と瑠璃が止めないといけないと考えて、初めての実戦になるかもと思い、燎谷は緊張していた。
「…おそらくだけど一人だけいるわね」
「……大丈夫ですかね?」
「祈るしかないわ」
そんな時、入口付近が俄かに騒がしくなっていることに二人は気づく。
そこは数人の超能力者が避難者の護衛として警備していたはずである。
「なんだ?」
二人は耳を澄ませて入口にいる人たちの話を拾う。
「助けてくれ!」
「どうした!?お前は犯人の捕縛に行ったはずだろ。なんでここにいる」
「むりだ!なんなんだあいつは!」
「お、おい。他の奴らはどうした?」
「…ん……」
「え?」
「全員死んだよ!たった一人の化け物に全員燃やされたんだよ!」
「……うそだろ」
大きな声で言われたその言葉に、入口付近にいる超能力者だけではなく、中にいる避難者にも聞こえたのか全体がざわつき始める。
超能力たちが言葉に詰まって数秒後、避難者の一人が声を上げる。
「ふ、ふざけるな!!あんたら超能力者は強いんだろ!?寓話獣と対抗するための大切な戦力っていうから横暴を我慢してきたっていうのに!俺たちを散々バカにしておいていざ出番になったら壊滅しました?それも寓話獣じゃなくて同じ人に?いい加減にしろ!」
これまでの超能力者たちの横暴をずっと我慢して我慢して我慢して、ついに最後の砦だった『自分たちを守ってくれる』という約束さえ崩れてしまったことで彼は今まで我慢してきたことがダムが決壊するように避難所にいた超能力者たちを非難した。
「そうだそうだ!」
「あんなに高い税金払ってるんだからさっさとどうにかしてよ!」
それが他の人にも伝播していき、もはや誰にも止められないほど大きくなっていった。
彼らの今までの横暴に対する反抗なのか、それとも単なる嫉妬なのか、みんな大なり小なり超能力者に対して不満を持っていたのだろう。
それが今、我慢してきた理由が瓦解したことで爆発するようにして広がっていった。
その勢いに護衛としてその場にいた超能力者たちは気圧されてしまっている。
「西園寺さん」
「大丈夫。私がなんとかするわ」
その勢いに気圧されていた燎谷は隣にいる瑠璃に声をかける。
それに応えた瑠璃は拳大の水球を形成させると、それを天井へと運んでいった。
そしてそれを炸裂させ、彼らに向かって霧雨のように降り注がせる。
突然起きた出来事と虹のかかった幻想的な風景に先ほどの騒ぎが嘘かのように避難所にいた人たちは例外なくその風景に見惚れていた。
「みなさん落ち着いてください」
決して大き声ではなかったが、静まり返っていたこの空間では人々が意識を向けるには十分であった。
「あなたたちの不満は分かります。ですが、ここで何をしても意味はありません。たしかに
「…なら!」
「ですが!ここであなたたちを守っていた者たちを追い出す理由になるのですか?この中にあなたたちを傷つけたものがいるのかもしれません。それでも今この時はあなたたちを守るためにここにいます。その人たちを追い出して今回街中で暴れている人がここに来た時どうするのですか?か弱い矛にしかならなくても、それでも今、この時だけは過去のことを掘り出して自ら丸裸になることだけは留まってください。お願います」
そう言って瑠璃は頭を下げた。
隣にいた燎谷も瑠璃が頭を下げているのを見て慌てて自分も頭を下げた。
それを見て彼らは何も言えなかった。
途中で口を挟もうとした男も、自分よりも歳の低い、まだ学生の女の子が頭を下げている状況で声を上げることができなかった。
それに彼女の言葉が男にとっても理解できるからこそ文句を言うことができなかったのだ。
「……分かった。確かに今感情的になってあいつらに文句を言っても意味がない」
「ありがとう」
一先ず避難者に対する説得はこれで終わったと思った瑠璃は続いて、ここにいる超能力者たちへと顔を向けた。
「ここから逃げようとしてなんて思わないでください。ここ以外に生活基盤がない私たちが生きていけるとは思えないですから。それに、超能力者としての特権を受け取っているのならきっちりとその対価は払ってくださいね」
彼らに向けられた瑠璃の顔は笑っているが目が笑っていなかった。
その圧に彼らはたじろいでしまう。
瑠璃自身、横暴な態度の超能力者に思うことがあったのだ。
「申し訳ないけど誰か外界に救援を頼んで行ってくれませんか?もはや内界だけで解決できることではないです」
瑠璃のお願いに他のみんなが躊躇ったなか一人の老齢の超能力者が手を挙げる。
「俺が行こう」
「お願いします」
「だが、彼らは素直を私の話を聞いてくれないと思うのだが」
「もしそうなら私の名前を出していいです。東の外界なら話を聞いてくれるかもしれません」
「分かった。今すぐ行ってこよう」
そう言って彼はすぐさまその場から離れていった。
「私は少し外の様子を見に行ってくるわ。燎谷は他の人たちと協力してここを守っていてくれない?」
「危険です!」
「大丈夫。相手に喧嘩を売りに行くわけじゃないから。ただちょっと敵の動きが気になるのよ。無茶はしないわ」
「…ちゃんと帰ってきてくださいね。今ここをまとめることができるのは瑠璃さんだけなんですから」
燎谷はいくら言っても彼女は聞かないことは分かっていたため、不安ではあっても瑠璃の言う通りにすることにした。
「お願いね」
瑠璃もまた避難所から外へと出ていった。
〜〜〜〜〜
外に出て数分、住宅街であるここはまだなんの被害もなかったが人っこ一人いない物寂しい雰囲気が漂っていた。
物陰に隠れながら進んでいると向こうのほうで大きな音が聞こえてくる。
「…あっちね」
瑠璃は周りを警戒しながら慎重に歩を進めていった。
「おっ!第一村人はっけーんってね」
「っ!誰!?」
瑠璃は背後、それも至近距離から唐突に声をかけられたことで警戒を高め、距離をとりながら振り返る。
そこには少し背の低い、あどけなさが残る少年がいた。
「お?ああ、驚かせてしまったっすかね。すまないっす」
少年は瑠璃を驚かしたことに謝罪しながら敵意がないと示すように両手を上げた。
だが、瑠璃の警戒が下がることはなかった。
「君が新宿を襲った犯人?」
「そんなわけないじゃないっすか!逆っす!僕はここを襲ってるやつの敵っすよ!」
少年は心外だとばかりに首を左右に振りながら勢いよく否定した。
「向こうの敵だからって私の敵じゃないわけじゃないでしょ」
「君は僕の敵じゃないから危害は加えないっすよ!自分の想いをかけてもいいっす!」
「……そう、それなら信用しましょう」
それでも警戒を下げなかった瑠璃だが、相手が想いを賭けたことでようやく信用することができた。
それがなくなれば
だからこそ
そんなことをしたら
「お!これが通じたってことは君
「ぐずぐずしている暇ないんです。置いていきますよ」
「あ!ちょっと待つっす!」
〜〜〜〜〜
烈火は
「…可能性として考えてはいたが…まさか
烈火はハズレの超能力者を優先的に夢幻の杜にスカウトしていたため、アタリと言われていた瑠璃を部隊に誘うことはなかったが、
しかし、
するとパチパチパチと音が聞こえてきた。
その音はヘイルムは拍手をしている音であり、その顔ら感嘆の表情を浮かべていた。
「いやぁ。まさか内界にもう一人
確かに調査で分かっていた人以外で
それでも
「そこまで自惚れてはいませんよ。私はただここに案内しただけですから」
「案内?一体誰を……」
「《ショット》」
銃声があたりに響き渡った。
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