第38話 堕落は時に勤勉に勝る
時は少し遡る。
イデアの隣人のテリトリーである外界の南側。
そこを硯と他数人は、イデアの隣人のアジトを目指して走っていた。
「硯さん!5時方向!こちらに向かってきている人が一人!速いです!」
そう声を出したのは烏の饗祭のメンバーの一人で風の
「迎撃体制!」
その言葉を聞き、硯達ははその場に止まってこちらに来る人と相対するように陣形を組んだ。
そのまま数分、ついに相手を目視できる距離まで近づいてくる。
「なんだ硯か。警戒して損した」
彼らの目の前に現れたのは獣化した純であった。
彼女も警戒しながら近づいていたのか、相手が硯だと気付いた時に肩の力を抜き、獣化を解く。
「それはこっちのセリフだ」
硯たちもまた相手が純だと分かり、張り詰めていた雰囲気を霧散させる。
「それで、お前もか?」
「晃がこっちはもう終わるからあいつらのアジトの方に行ってくれって」
「一人でか?」
硯は純が今日夢幻の杜と行動していたことを知らないため、何故他のメンバーを連れていないのか分からなかった。
硯達も目的が同じため良かったが、最悪一人でイデアの隣人アジトを襲撃しなければならなかったはず。
実力者であるとはいえ、奏恵の親友である純を一人で向かわせる命令を招き猫の副リーダーがするなんて思わなかった。
「もともと今日別行動だったから。それにどうせ
この時は奏恵がカラ婆の相手をしていた時であり、戦況的にこちらが圧倒しているため、このまま戻ってきても純のする事はないと考え、晃は別行動をしていた彼女にそのままアジトを目指すように伝えていた。
「……はぁーーー。まぁいい。一先ず協力と行こうか」
自分たちの戦力を当てにされるのは少し腹に据えかねるが、それでも純はかなりの戦力になると考えた硯は純と共に行動することに決める。
「私は私で判断して動く」
「それでいい、お前を指揮系統に入れても他の奴らが困るだけだ。ほら行くぞ」
「…ん」
硯達に一人が加わった状態で再びイデアの隣人アジトへ向けて走り出していった。
〜〜〜〜〜
イデアの隣人アジト
烏の饗祭、招き猫、夢幻の杜の襲撃のため出払ってほとんど人のいない、その中のとある部屋
そこの部屋に置いてあるハンモックで木崎錦はくつろいでいた。
目を瞑り、完全にくつろぎモードになっていた錦は不意に瞼を上げる。
その顔は顰めっ面をしていた。
「なーんでここに来るかなー。俺動きたくないんだけどー」
錦は硯達がここにきている事を感知し、とても嫌そうな表情を浮かべている。
今回の錦の仕事はアジトの護衛。
ここの護衛役に選ばれて良かったし、誰も来ないだろうと思っていたのに実際に来る人がいることに正直めんどくさいと思ったが、ここを守るのが自分の仕事であるため錦はやらないという選択肢はなかった。
錦はぐうたらできる環境は欲しいがニートになりたいわけではない。
〈最低限の仕事で最高の自由を〉
それが木崎錦の想い、信条なのだから
旧イデアの隣人リーダーであり新宿で最強と言われていた伊神新内にして出来れば戦いたくないと評され、その強さからわざと幹部から外して情報を外部に漏らさないように徹底されていた男。
「あーー。仕方ない。………ならとっとと潰しちゃおうかー」
そして、アジトの護衛をたった一人で達成可能だと判断された男。
「
錦の目の前に背丈が中学生くらいと腕が異様にでかい10体の白い綿人形が形成される。
彼の
綿を形成、操ることが得意な
「行っておいで」
錦がそう命令すると10体の綿人形たちは部屋の窓から外へと出ていった、いや、アジトの入り口の上にあるこの部屋の窓から落ちていった。
「侵入者がここに来るまであと2分かな。ならあと6体は作れるか」
錦はまた瞼を閉じてハンモックに揺られながら寛ぎ始めた。
〜〜〜〜〜
イデアの隣人アジトに到着した硯達、するとそこには16体の綿で出来た人形がいた。
「…なんだ?人形?」
入り口に配置されているこの人形達が罠の可能性もあると考えた硯は一旦様子見をすることにした。
「とっとと倒す。
しかし純は早く倒せばいいという考えのもと
純の手足がベージュ色の毛色をした獣のものに変化して頭に黒の三角耳作られる。
「ちょっ!おい!」
「どうせ何かしらのアクションはいる」
「…そうだが」
「なら私が先手を出す。その動きを元に作戦を立てればいい」
突然の行動に止めようとする硯であったが彼女の理由も確かなことであり、実際何かしらのアクションば必要であると感じたため先手を任せることにした。
純は10メートルの距離を一足で接近すると綿人形の一体に向けて爪を振るい攻撃する。
攻撃された綿人形はろくに反応もできずに切り裂かれる。
その攻撃でようやく敵に気づいたのか近くにいた綿人形は一斉に純に向かって殺到してきた。
その攻撃は技術など何もないただの乱打であるが、数が多いため純は一旦硯の場所まで下がる。
「かなり適当に動いているな。それに、意外と耐久があるのか?」
見てみると純が切り裂いた綿人形は上半身と下半身に別れているが消えることなくその場でもがいていた。
「先頭の3体だけ動きが早い。多分存在力を多く込められている」
すると、上の方から新たに3体の綿人形が降ってくる。
この3体はこれまでの綿人形と見た目は同じだが、これまでの個体よりも大きな存在感を放っていた。
「……これは、時間をかけないほうがいいね」
「…ん」
硯と純は時間による
「
墨汁の濁流が綿人形達を呑み込もう迫ってくる。
目の前に迫ったその濁流を前に綿人形達はただただがむしゃらに墨汁に向かって乱打をしていたが意味がなく、そのまま飲まれてしまった。
そのまま硯は墨を操って奴らの動きを拘束する。
以前のビルダーベアの近衛と比べ、染み込みやすい綿であったためより強く拘束することができた。
「
「《火炎球》!」
硯についてきたメンバーの一人が火の
そのまま燃えていくかのように思われていたが。
「硯さん、ダメです!あいつら多分火の対策をしています!」
火が消え去るとそこには9体の綿人形が残っていた。
初めに形成された10体は燃やされてしまい、3体は辛うじて残っている状況であったが、先ほど現れた3体はほとんど燃えていなかった。
錦の綿の
そして、また新たに3体の綿人形が降ってくる。
火の
「《黒染めの襲爪》」
純はかろうじて残っていた3体の綿人形を切り裂く。
それに気づいた残りの綿人形は純に襲いかかるが純がその場から下がると綿人形は動きを止めた。
「下がると追撃してこない」
「俺の
「無理。数が多いし、対処しにくい」
防御を捨ててひたすら攻撃を行う者が一人なら冷静に避けて行けば問題ないが、それが多数となると避ける場所がなくなり途端に厄介になる。
「ヒットアンドアウェイで攻撃するしかない」
「《意到随筆・頑固な鈍才の剣》。時間が掛かれば相手が有利になるってのに。くそ!広範囲攻撃ができるやつを連れてくれば良かった」
今回硯はアジトの中での屋内戦をメインにするつもりだったので近接戦闘員しか連れてきていなかった。
硯は広範囲攻撃はできるが威力がなく役に立たないため、近接戦闘のために墨の剣を形成する。
そんなこんなでどうにか遠距離から、もしくは一撃で離脱しながら戦っていきどうにか数を減らしていったが、残りの綿人形はどれもかなりの強敵であり、一撃で倒すどころか接近することも困難な状況であった。
そして、《
〜〜〜〜〜
錦は目を開けてハンモックから出ると大きく伸びをした。
「うーーーん、はぁ。10分経ったけどまだ終わってないみたいだねー。《
錦の横にさっきまでの白い綿人形と姿形は同じだが、灰色であり、その背丈は2メートル弱はある綿人形が形成される。
《
白い綿人形は一つの決まった動きしかできなかったが、この
この
〜〜〜〜〜
「《執拗な隠匿者の懺悔》」
硯が粘性のある墨の濁流で綿人形の動きを制限し、その先を狙って他の人が
初めの方はこの流れで順調に数を減らしていった。
「ちっ!やっぱ無傷か」
だが、一番新しく現れた3体の綿人形は無傷である。
近づこうにも動きが早いため近づくことができない状況であった。
硯達がどうしようか攻めあぐねていた時
上からまた新たな綿人形が降りてくる。
「またか!」
「面倒くさい」
さらに強化された個体となるとまた勝利から遠ざかることとなり硯と純は悪態をついていた。
だが、今回はいつもの綿人形と違っていた。
背丈が2メートル弱はある灰色の綿人形が一体。
いつもと違う個体に硯達は気を引き締める。
灰色綿人形が純に突撃し殴りかかってきた。
純はさっきまでの個体が頭の中にあったため反応が遅れてしまう。
純はなんとか腕でガードするが吹き飛ばされる。
硯はその隙をついて墨の剣で灰色綿人形の腕を切り付けるがほとんど斬ることが出来なかった。
(こいつ!なんて硬さだ!)
綿人形はそのまま硯に向かって殴りかかろうとするが彼はそれを下がる事で躱す。
(こいつかなり強い。他の奴らは白い方の綿人形を相手にしてるから俺たちでやるしかなさそうだな)
硯は灰色綿人形相手にどう立ち回ろうか考えていると
「よくもやってくれたな」
純が灰色綿人形の後ろにいた。
その顔には怒りの表情に満ちている。
灰色綿人形もまた彼女の存在に気づき殴りかかったが、純はその場にはもうおらず灰色の綿人形の肩にのっていた。
「やっと全力を出せる。《猫の
純の姿が掻き消える。
いや、ものすごいスピードで灰色綿人形の周りを移動しながら至る所をその爪で切り裂いていった。
純は猫の
猫の中でも走力に特化した変身を得意としており、全力を出した時の速度は50メートルを二秒で走り抜けるほどである。
さっきまではその速度を生かしきれていなかったが相手が一体だけならその速度で翻弄し続ければいい。
純は常人では捉えられない速度で灰色綿人形の周りを動きながら切り裂いていき、それをサポートするように硯が
しかし灰色綿人形にはほとんど効いておらず、このままではこちらの
硯と純はこのままではいけないと考え、この状態をどうにか打破しようと考えていた。
しかし、彼らは運がなかった。
『純、今すぐ戻ってきてくれ!やばい相手が現れた!すまん俺のミスだ!奏恵が危ない!』
「え!?」
純のつけているインカムから晃からの通信が入り、それを聞いた純は一瞬だが動きを止めてしまう。
「おい純!よそ見するな!」
「っ!しまっ!」
それが致命傷であった。
灰色綿人形はその隙をつくようにして純に渾身の一撃をくらわせる。
それをまともにくらった純はそのままビルへと突っ込んで気を失ってしまう。
「お仲間ももう終わったようだし、これであとは君だけだねー」
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