第3話 寓話獣とは

 

 刻は瑠璃に連れられたまま歩いて行く。


 刻と瑠璃は手を繋いで歩いていたため周りからは多少注目されているが彼らは気にせず進んでいく。


 そして、下駄箱へと辿り着いたあと瑠璃は刻から手を離し、彼へと顔を向ける。


 その表情は刻を心配しているようだった。


「大丈夫だった?ごめんね。もうちょっと早く止めていれば良かったのに」


「大丈夫だよ。そこまで痛くはないし。こちらこそありがとう。助けてくれて」


 そう言い残して刻は足早にその場を去って行く。


 まるで関わってほしくないと言いたげに。


 (刻君が今の状態になってもう一年か。いつになったら元の刻君に戻ってくれるのだろうか)


 それを見ていた瑠璃は刻を悲しそうな目で見ていた。


 一年前のあの日、記憶喪失となった刻を見て、瑠璃はこれまでのことをとても悔やみ、罪悪感に苛まれていた。


 なんとか彼に償おうと彼に色々とこれまでのことを教えてきたが、あの日のことを伝えることができなかった。


 何度か教えようかと考えたが、十中八九彼が記憶喪失となった原因であろうその話をすることを彼女は躊躇していた。


(いつか、あなたがその記憶を取り戻した時、夢幻ヴィジョンを再び使えるようになった時、あなたにあの日のことを謝って、そしてあの事を伝えたい)


「何があってもあたしはあなたの味方であり続ける。それが私の想いだから」



 〜〜〜〜〜



 刻は学校が終わった後、校門へは向かわずある所へ向かっていた。


 その場所は第一異能機関の敷地内にある異能研究所である。


 超能力や寓話獣、宵に対する最先端の研究を行っている場所であり、入り口には関係者以外立ち入り出来ないようにゲートが置かれているが、刻はそのパスカードを貰っているため問題なく通れた。


 敷地内を歩いて行くといろんな人とすれ違うが、他とは違い彼を見ても嫌そうな顔をしないどころか少し優しい目で見てくる人もいる。


 刻はある研究室の前へと辿り着くとその扉をノックした。


 すぐに中から返事があったため刻は失礼しますと言ってから扉をあけると、そこにはたくさんのパソコンと大量の資料が棚の中や部屋に大量に置かれているが意外と部屋は綺麗に整えられている空間であった。


「おお!刻君か!もう学校の授業が終わった時間なのか。ささ、こっちへおいで」


 そして、中央にあるテーブルにはいく人かの中年の人がいた。


 その中で刻から1番遠くの椅子に座っている男性の名前は後藤賢人ごとうけんと


 空想侵略前から寓話獣フィクートについての研究を行っており、その道の第一人者として名を馳せている、現在63歳の人である。


 賢人に勧められるがまま刻は彼の隣に座ると他の人たちが刻を歓迎して可愛がった。


 それはまるでお爺ちゃんの集まりに孫が混ざっているかのようである。刻は正直この扱いを少しうざいと思っているがそれを上回るくらい嬉しかった。


 この研究室の人たちだけではない。他の研究室の人も優しく接してくれる。


 外では決してないこの環境がとてつよなく心地よかった。


 そのため刻は学校が終わるとすぐにここに来ることが多いのである。


「そういえば、最近入ってきた子にいじめられているって聞いたけど大丈夫かい?」


 彼らとの話も少し時間が過ぎた頃、不意に賢人がそう聞いてきた。


 そしてそれを聞いた周りの人が慌て出し、刻を心配し声をかけた。


「なに!刻君大丈夫なのかい?」


「あ、はい大丈夫です。咄嗟に身体を堅くしたので傷自体は負ってないです。まぁ少し間に合わなくて口の中を切りましたけど」


「本当かい?もし何かあったら俺たちに言うんだぞ」


「はい」


 その言葉に、彼らは一先ず安堵した。


「刻君の超能力って硬化だよね?」


「はい。まぁ硬化って名は付いてますけど実際は少し硬くなるだけだし発現するのに時間が掛かるんですけど」


 刻はそう言いながら自笑する。


「でも去年に超能力に目覚めてから成長してるんじゃないの?」


「去年からほとんど成長してないですね。それに僕、去年より前の記憶がないので、それより前からこの力を持っていたかもしれないですし、そのあたりよく分かってないんですよ」


「…まだ記憶が戻ってないのかい?」


「はい。以前瑠璃さんから去年あたり内界に移住してきてすぐに母が亡くしているって聞いたので、恐らくその悲しみで記憶がなくなっているのではと思いますけど……」


「…そうか。刻君。もし君の記憶が戻ったとしても私たちはいつでも君の味方だ。そのことを忘れないでくれ」


「…ありがとうございます」


 刻は正直、記憶が戻ったらこれまでと同じではいられないかもと思っていたため、賢人の言葉を聞いて嬉しくなった。


「刻君。今日の授業はどんな内容だったんだ?」


「……今日は主に寓話獣と宵についての授業がありました」


 研究員の一人の質問に刻は今日の授業のことを思い出していた。


「寓話獣かー。丁度俺たちの研究分野だ」


「俺たちと言うかこの建物にいる研究員は寓話獣か超能力についての研究をしている人がほとんどでしょう」


「その中でも俺たちの研究室が1番進んでるけどな!」


「あなたのじゃなくて賢人さんの功績でしょ?何であんたが威張ってんのよ」


「ははは。まぁ他の研究室とそこまでの差は無いと思うがね。そうだ、刻君。寓話獣の生態については学んでないよね?」


「まだ分かっていないことのほうが多いらしいので、今日の授業も空想侵略の話を交えながらで歴史の分野に偏っていましたし」


「よし!じゃあ僕から寓話獣の生態を少しだけ教えよう」


 そう言いながら賢人は席を立つと本棚に置かれていた一つの本を手に取ると再び椅子へと座った。


「まぁ、そこまで多くのことが分かっているわけではないけどね。寓話獣と言えばで思いつくのは何だい?」


「…三王さんおうですかね。空想侵略の中期に現れた三体の寓話獣で、三王さんおうの出現によって人類の敗北は決定的になったと言われていますし」


「そう。空想侵略の中期に呼ばれるようになった、陸海空それぞれの王と言われている三王だね。でも実際は三体とも空想侵略の初期の頃から出現してたんだよ」


「え!?そんなんですか?」


「そうだよ。三王それぞれの名は知っているかい?」


陸王りくおう『ベヒーモス』、空王くうおう『ジズ』、海王かいおう『リヴァイアサン』です」


「正解」


 賢人はそう言いながら持ってきた本を広げて刻へと見せる。


 そこには一枚の写真があった。


 闘牛のような頭に前を向いた巨大な角、周りにあるビル群が小さく見えるほどの大きさはち切れんばかりの筋肉のついた巨躯を持つ四足の怪物がその写真には写っていた。


「これがベヒーモス。空想侵攻時に人類に最も被害を出した寓話獣だね。弾丸や爆弾が一切効かず、核で攻撃しても効果がなく、最終的には数十という都市をたったの一体で壊滅させたらしい」


 賢人はさらにページを進めると新たな写真が出てくる。


 一見すると複数の戦闘機が墜落しているのが写っているがよく見てみるとかすかに鳥の姿をした何かがいた。


「次にジズ。この寓話獣は空想侵攻最初期に現れた寓話獣でね。飛行物があるとどこからともなく現れて全て墜落し、どこかへ去っていく。だから、空中戦力が機能しなくなった結果、当時の戦力の半分以上が機能しなくなったそうだよ。当初はあまりにも速過ぎてジズの姿を確認できなくて、複数の映像からようやく巨大な鳥の寓話獣が撃墜していたことが分かったんだ」


 さらにページをめくって新たな写真を出す。


 その写真は先ほどの2枚の写真と異なり画質が荒かったが、海中から出てきた巨大な寓話獣が船を真ん中に噛みついて破壊しているのは分かった。


「最後にリヴァイアサン。この寓話獣が三王で初めに名がつけられた個体。空想侵攻中、沖に出た船を多く沈没させた寓話獣で、船員の通信記録に『リヴァイアサン』っていう言葉があったことからその名で呼ばれるようになった。そこから他の二体にも名が付けられたって感じだ。何か質問はあるかい?」


 賢人の言葉に刻は一つ気になったことを彼に聞いた。


「今の説明って名が付けられる前の被害なんですか?」


「そうだよ。今の説明は名がつけられる前のものだ。名が付けられたあとの奴らはただただ絶望の存在で、ただでさえ劣勢だった人類が加速度的に絶滅の一途を辿ったんだ。特に大きな被害としてはジズに人工衛星が落とされたことだね。そのお陰でほとんどの通信機器が機能しなくなって、全世界で協力して足並みを整えることができなくなった。超能力が寓話獣に有効でなかったら今頃私たちはいなかっただろうね」


 刻は戦慄した。自分が思っていたよりも空想侵略で人類が劣勢に立たされていたからだ。


 今自分がここにいるのは奇跡なのではないかと思ってしまった。


「……何で名が付けられてから三王の被害が大きくなったんですか?」


 そう、賢人は三王は名が付けられてから被害が拡大したと言っていた。


 なぜ名が付けられただけでそんなに力が上がったのか刻には理解できなかった。


「僕も確証を持っているわけではないんだけど、多分、名を付けられたことで自分の存在を確固たる物にしたからじゃないかと思う」


「自分の存在を確固たる物に?」


 刻は理解できなかった。


 それもそうだろう。


 自分の存在を確固たる物にしたと言われてもよく分からないものだ。


「…少し寄り道をしよう。なぜ寓話獣と呼ばれているか知っているかい?」


「人類が空想してきた生物と姿形が酷似していたため『寓話ぐうわから出てきた獣』と言う意味で寓話獣フィクートと呼ぶようになったんですよね」


「なぜファンタジーの中の生物に似ているのかは僕も分かっていないが、僕は何回か寓話獣を見ているし、自衛隊に同行して次元門クラックゲートも見たことがある。そこで見た寓話獣フィクートはそこに居るようで居ないような不思議な感覚だったんだ。まるでまだこの世界に定着していないかのような。泡沫の存在であるような。そんな感覚だったんだ。……そして、僕は三王の内の一体『リヴァイアサン』を見たことがある」


 リヴァイアサンを見たことがあると言う賢人に対して刻はそれがいつの事なのか聞いたことがあった。


「3年前に行われた異能大隊いおうだいたいによるアメリカ遠征でしたよね。出港してすぐにリヴァイアサンに丸呑みにされたって聞きました」


「そう、初めてリヴァイアサンの顔が撮影された事件だね」


 そう言いながら賢人は先程リヴァイアサンの説明の時に見せた写真を指差す。


 これがその時の写真なのだろう。


「君は覚えていないだろうが『新宿』の中央からもリヴァイアサンの顔が見えたんだよ。僕は港まで行っていたからよく見えてたんだけどね。他の寓話獣とは存在感がまるで違ったんだ。圧倒的な存在感。離れたところにいた僕達も死を覚悟したくらいに強烈だったよ」


「……よく襲われませんでしたね」


「これは私の推測だが、襲う理由が無かったんだと思う。実際、空想侵略の終盤、三王は姿を現さなかった。人類が三割の生存圏を確保できたのも超能力の参戦の他に三王を含め大きな被害を齎した寓話獣達の襲撃が無くなったことも要因なんだ」


「へぇー。そんなんですか」


「船を沈めたのはリヴァイアサンの縄張りに入ったから何だと思う。近場で漁をしていた船が襲われた事例は無かった。恐らくだけど寓話獣が我々人類を襲うのは自分の存在をこの世界に定着させるために人を襲う必要があるんだろう。まぁ全て僕が感じたことから推論しただけで、まだ全然確証を得た話ではないからね。寓話獣は人を殺した後、その遺体を食うことはほとんどないから食事目的ではないと考えられているんだけど。人を襲うという行為が寓話獣も生きていくためにおそらく必要なのだろう」

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