第4話 透明な獣
「ついでだ、
「あ!俺、
そう言いながら、研究員の一人が勢いよく手を挙げた。
「そうか。じゃあお願いするよ」
「分かりました。よし!じゃあ刻君、
彼は賢人から本を借りて、とあるページを開いてから刻へと見せる。
そこには一般的な大人と同じ背丈の人形の黒い靄が大量に写っていた。
「
「そうだね。
そう言いながら話していた人はぐでーっと机に突っ伏してしまった。
「はは。頑張ってください」
刻は苦笑しながらそう言うしかなかった。
その後、少し談笑した後そろそろ日が暮れるという事で刻は彼らから食べ物を少しもらい家に帰ることにした。
第一異能機関の敷地内には、授業が終わってから時間が経っており、日も暮れかけていたので刻の目に見える範囲に学生の姿はなかった。
それはいつものことなので気にしていなかったが、今日は少し遅くまでいたので、最短距離で進もうと思い学舎を突っ切って行こうとした。
それが良くなかったのかも知れない。
「おい」
学舎裏、丁度周りから見えずらいところで刻に背後から声をかける者がいた。
思わず振り返るとそこには剛士が一人でいたのである。
〜〜〜〜〜
剛士は放課後での一件のあと、ある人物に協力を仰ごうと3年生の教室に向かった。
教室に行くとお目当ての人にあることが出来たため剛士は声をかけると相手も剛士の言葉に反応して彼の方を向く。
「柳さん!」
「ん?おー!剛士じゃないか!超能力に目覚めてここに入ったとは聞いていたが元気だったか?」
彼の名前は
火を生み出す超能力〈パイロキネシス〉の使い手であり、自由に操ることは出来ないが、その火力はピカイチである。
そして、剛士と懇意にしていることから分かるように、彼も外界の人間を差別している人である。
彼は刻に対して言い負かされたことにイライラしたが、気になる人の前で刻を虐める度胸がなかったため一郎の手を借りようとしたのだ。
「ちょっと相談がありまして」
「相談?あぁいいぞ。俺に手伝える範囲でなら手伝ってやるよ」
「ありがとうございます!実はとても生意気な下界の人間がいまして」
その言葉を聞き一郎はぴくっと眉を動かして怪訝そうな顔をした。
剛士はその中に少し怯えが入っているように見えたが気のせいだと思いそのまま言葉を続ける。
「そいつに立場って者を分からせてやろうと思ったんですが西園寺が間に入って行動に移せないんです。それで、柳さんには西園寺の気を引いて欲しいんです。そうすれば俺が奴にちゃんと教え込むんで」
教え込むと言っているが、実際は自分が気になる人に気にかけて貰っているのが下界の人間である事が途轍もなく嫌なだけである。
ちなみに余談だが剛士が瑠璃と初対面した際、剛士は彼女を瑠璃と呼ぼうとしていたが、彼女の拒絶と冷たい目線に耐えられず苗字呼びしている。
「お、お前が立場を教え込もうとしているのはだ、誰だ?」
「…え?
もはや隠すことができないほどの怯えと体の震えを見せながら一郎は剛士に名前を聞き、剛士は不思議に思いながらも刻の名前を告げる。
その効果はあまりにも絶大であった。
「つつ剛士!あいつには関わるな!いいな!死にたくなければ絶対に関わるな!この事は聞かなかったことにする!」
「え?…あっ待ってください!どう言う事ですか!?」
急に剛士の肩を掴み、怯えていて加減ができないのか、彼の肩に食い込むほど力を入れながら一郎は言った後、彼の話を聞かずまるで逃げるかのように足早にその場から離れていった。
剛士にとって理解できない事であった。
あんなに尊敬している人が、下界の人間を下に見ていた人が、刻の名を聞いただけで震え上がりながら逃げていく様を剛士は見ていることしか出来なかった。
(あいつが何かしたに違いない!瑠璃があいつに構っているのも一郎さんが怯えているのもあいつが何か弱みでも握っているに違いない!)
初めは呆然としていた剛士だが、信じたくない出来事の全てを刻のせいと決めつけ、今すぐに叩きのめそうとその足で刻を探すために周辺を歩き回った。
その時の剛士の表情は彼の顔を見た生徒たちが彼から逃げていくほどであった。
今だに学校にいる保証も無いのに学生のほとんどが学舎から去った後も彼は刻を探し続けた。
それは彼が怒り狂い、すぐにでも刻を叩きのめしたかったのか。
あるいは、自分よりも強かった一郎が刻の名前を聞いただけであんなに怯えているのを見て感じた恐怖を刻を倒し、自分の方が強いと自覚することで早く払拭したかったのだろうか。
ただ、今の彼がまともで無いことだけは確かであった。
だからこそ朝からずっと見ていた存在に、彼は気づく事はなかった。
彼のその表情を嬉しそうに眺めている存在に気づくことはできなかった。
〜〜〜〜〜
「おい」
剛士の呼びかけに応え振り返った刻はいつもと変わらない姿をしていた。
だが、刻の名を聞いた一郎の怯えようを思い出した今の彼にとってそれは恐ろしい姿に見えた。
「なに?」
「っ!」
ゴッ!!
刻が答えたその言葉に嘲笑が含まれていると思った彼は怒りが恐怖を上回り、反射的に刻を殴った。
奇しくもそれは今朝と同じ状況であった。
違いがあるとすれば、そこに瑠璃がいなかったことであり、剛士が優越感を抱くためのものでなく恐怖を忘れるためのものである事だろう。
その後、剛士は刻に馬乗りになり何度も殴った。
何度も何度も。
その身に宿った恐怖を忘れるために、克服するために
刻はそれを抵抗せずに受けていた。
彼は死ぬことに躊躇いはなかった。
彼にとってこの世は灰色の世界だった。
あらゆるものに対して関心が薄かった。
自分という存在に疑問を持っていた。
周りのみんなは記憶喪失だと思っているが刻はそう思っていなかった。
刻は一年前のあの日あの時生まれた存在だと思っている。
何が理由なのかは分からないが自分という存在が生まれ、その影響で元々の黒鉄刻という存在が消えた、または表に出てこなくなってしまったのだと考えていた。
自分という存在はいらない存在だったのではないか。
消えた方がいいのではないか。
そんなことを考えないことはなかった。
だからこそ剛士に殴られているこの状態を抵抗せず受け入れていた。
あぁ今日僕は死ぬんだと思っていた。
これでいいとさえ思っていた。
元に戻っても賢人たちという味方がいるのなら問題ないと安心した。
刻はそのまま意識が薄れていき
「調子に乗るんじゃねぇぞ」
そう誰かが言った。
その声に刻は意識を覚醒させる。
刻は何故かとても聞き覚えがあった。
誰か来たのかと刻は薄れた意識の中、周りを見ると剛士が自分を見ているのを見た。
殴るのをやめ、顔には恐怖を浮かべ、まるで逃げるかのように自分から離れていた。
「な、何なんだよお前!なんなんだ!」
今朝の尊大な態度の剛士はもうどこにもいなかった。
「さっきの言葉、俺が言ったのか?」
剛士が自分を見ていることから先の言葉が自分の口から出たものであると感じた刻は、本当にそうなのかと疑った。
そして、刻は記憶の中から探ろうとした時。
「ぐっ!?」
突然頭痛に襲われた。
思い出すことを拒絶するかのように。
そのことを不思議に思いながらも今はその時ではないのだろうと思い、刻は考えるのをやめる。
その頃、剛士は刻から逃げようとしていた。
もう初めの頃の目的などとうに忘れ去っていた。
しかし、それは叶わなかった。
ドスッ!
「…え?」
剛士の胴体に穴が空いていた。いや、剛士の背後から何者かが貫いたのだ。
しかし、そのものの姿は見えない。
剛士の胴体から生えている腕に付いている血液によって貫かれたと分かったくらいだ。
「…ガハッ!…な…んだ…」
辛うじて出た剛士の言葉。
それを聞いたからなのか、景色に溶けていた何者かが姿を現す。
体長は2メートルを超え、全体が白い体色をしており、先の尖った手足と胴体が細く、人間よりも長い。
そしておよそ人間とは言えない凶悪な顔をしていた。
透明になり周囲の景色に溶け込むことができる寓話獣である。
「寓話獣がなんでここに…」
「く…そが!!グッ!」
『ケケケッ!』
刻も剛士も驚愕していた。
外界ならまだしも、寓話獣が内界に侵入しているなんて聞いていないし、空想侵略が終わってから一度も聞いたこともない話だ。
それほどの異常事態が今目の前で起きている。
インヴィジブルは剛士に突き刺していた手を引き抜いた。
剛士はインヴィジブルに貫かれた箇所から出血しながら地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
血も止まる事なく出続けており、時間が経てば死んでしまうだろう。
インヴィジブルもそれを分かっているのか、剛士に対し興味をなくし、刻へと向かっていった。
初めて見た寓話獣に刻は恐怖したが、逃げようとも抵抗しようともしなかった。
剛士に殴られていた時と同じように刻は生を諦めていた。
インヴィジブルが手を挙げそのまま刻に向かって振りおろす。
死ぬ直前だからなのか、インヴィジブルの振り下ろす手がとてもスローに見えた。
そんな時
『刻。あなたは生きなさい』
ガキンッ!
『ギャ!?』
刻は何故か硬くなった腕でインヴィジブルの手を防いでいた。
刻も何故こんな事をしたのか分からない。
正直誰の言葉なのか、何故今思い出したのか分からない。
刻が剛士に殴られている時に聞こえた声とは違う声だった。
でも、さっきの言葉が思い浮かんでから、恐怖心や生への執着が芽生え始めていた。
(にに逃げないと)
刻はどうにかして逃げようとした。
しかし、刻は殴られた直後で怪我をしており、まともに動ける状況でなかった。
そして、自分の一撃を防いだ刻を警戒してか、インヴィジブルは再び周囲の景色と同化し、透明化した。
それによって刻はさらに混乱した。
(消えた!?)
立ち上がることすらできない刻は、インヴィジブルに視認する事すらままならなくなった。
先の一撃も完全に防げたわけではなく、刻は腕に浅くない傷を受けていた。
後一回ならまだしも、何発も喰らうのは危険であった。
そんな時
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