第133話 拗らせたモノ

胸を貫くーーーーと思ったが、その手前で光の弾丸が霧散する。

キラキラと粒子になって散らばった力の欠片が、ダイヤモンドダストみたいだ。


「なっ!?この空間は俺が支配した筈だ!時空の牢獄では神力も使えぬ。支配者たる俺以外はーーーー」


何故だ、如何してだ?と、アステールの余裕のあった表情が一変して焦りを滲ませる。


サジルが険しい顔で、鳥籠の後方をチラッと見た。唇が何事かを声無き形を紡ぐ。

チュウ吉はそれに無言で頷くと、ポポを抱きかかえる。

静かに後退り、穴の空いた鳥籠から出た瞬間、誰かにギュムリと鷲掴みされた。


チュウ吉は悲鳴を上げそうになったが、その遠慮の無い掴み方が、知っている優しい気配が、声を抑え込んだ。


(ーーーーフィア!!)


無理をして首を回せばーーーー離れていたのは少しの間だと言うのに、ひどく懐かしいと思う面影が、そこにはあった。


朝と夜ーーーー始まりと終の瞳を持つ女神は、茶番を黙って見ている。

一体いつからこの場所に居たのだろう。

アステールの言葉をどう思ったのか。

ポポが慰める様に少女神の頬に擦り寄った。


ーーーー知っている、大丈夫よ。


チュウ吉に流れて来る思念は、動揺も、悲しみも無く、あるがままに受け止める泰然としている。

ある意味、ふてぶてしい、というか、何というか。


そんな事を考えた瞬間に、ギュムリ度数が上がったので、やっぱり主は主だと思ったチュウ吉だった。


「さあ、行きましょうか」


懐にチュウ吉達を入れて一歩踏み出す。


温かな胸の内に潜り込んだ時に感じた殺気は、気の所為だと思いたい。

アステールと対峙している御仁から発せられた冷気なんかきっとなかったに違いない。

他の面々は幻影を解いて後に続く。


「頭が良いって、時々自分が馬鹿な事をしている事に気が付かないのよね」


ポソッと呟いたその言葉は、意外と大きく響いた。


「俺が馬鹿だと!?」


アステールの額に青筋が浮かぶ。

だが彼の目の前では、メイフィアが無傷無言首を傾げているだけで、何かを言った気配は無い。


「あら、自分が頭良いって思ってるんだ」


今度はハッキリと、後ろから聞こえたメゾソプラノ。

反射的に振り返ると、今まで対峙していた筈の女神が背後にもいるではないか。


「お前は!メイフィアっ!?ならば、アレはまさかーーーー幻影なのか!?チッ、ラインハルトとか名乗っている、人形の方か!」


「違うよ?ああ、判別付かないのかな」


それ、ライディオス兄様なんだけど、とメイフィアが言い終わるか否かの間に、ゆらりと幻影が完全に解けた。美貌も眩い青年が姿を現す。


「サジル、危ないから兄様の後ろから離れないでね」


アステールがクッと目を剥く。サジルはお大袈裟に肩を竦めて見せた。


「どういう事だ、サジル!!裏切ったのか!」


「裏切るも何も。僕は嘘は言っていないからね。お姫様が欲しくないかって聞かれたから、欲しいって言っただけだし。それはうん、言うよね、言うだけならタダだから。それに、貴方に協力するなんて言ってないよねぇ。ここへ来てからどういう訳か、足りないって、僕の闇の魔力を勝手に使われているけど」


怒りを詰め込んで、膨れ上がった風船は、後は弾けるだけだと言わんばかりに、アステールは激昂する。血走った目を見れば、あと少しで簡単に割れるところまで来ている。


「ね、フィー。空間を支配したって言ってたけどーーーーこの牢獄を作ったのは誰だと思っていたんだろうね。ライディオスだろう?フィーや本人が、干渉なんて受ける訳ないよねぇ?」


『俺達は御守りがあるし?チュウ吉先生とポポはフィーと契約しているからねぇ』とフロースが言った途端、アステールの危うい、辛うじて均衡を保っていた精神が、崩れた。

メイフィアは、カルシウム足りてる?と聞きたくなった。


「ってかさ、フィーは知ってたの?いつラインハルトからライディオスに代わったんだい?」


ーーーーそれ、今聞くの?とは誰の声だったのか。


アステールは頭を抱えてブツブツとつぶやいている。

お前の所為だ、と辛うじて聞こえた。


「この牢獄に入った時にかな。たけのこ食べたし、その時にはラインハルトと入れ替わってたわ。この牢獄は現世と隔離された空間だから、兄様も加減なく存在出来るし。って言うか、製作者だからなんとでもなる?」


ーーーーえ、今答えちゃうの?とも聞こえたが、チュウ吉は絶対にカリンだと思った。


その間、アステールの声が狂気に大きくなっていく。


「神の力を奮うは出来ず、皆死んでいく。壊れていく。神と共に在れば良いではないか!滅びなど要らぬ!今度は誰が逝く?明日に脅えながらの祈りを、聴き届けられぬ願いをーーーー心が砕ける想いを神はーーーーメイフィアよ、滅びの、終焉の女神よ、お前の存在がこの世界に破滅を崩壊を、死を呼ぶのだ!疾く去ね!さすればこの世界は俺のものになる!」


その肉体をアスターに寄越せと、高らかに言い放つ。

アスターに与えらずに、何故お前が器を持つのだ、と。


アステールの足元から一気に瘴気が溢れだす。

凄まじい、怨念。憎しみを怨嗟を叩きつけられる。

メイフィアは殺したい程の祈りを受けて、

グサリ、と胸に氷の刃が突き抜けた気がした。


メイフィアだって知っている。

握った手から、力が失われる瞬間を。心が薄氷の割れる如く粉々になる想いを。

思い出す度に、痛くて苦しい。


それでも、と俯いた顔をあげようとした時、瘴気を押しのけて前に出る影があった。


「随分と自分勝手な言い分だな。生きとし生けるものは、お前のモノでもあるまいに」


「生命、とは生まれた瞬間に、死を運命られているものでしょう。だからこそ尊ぶ」


「エルフとして長い時を過ごしましたが、形あるものは不滅ではいられないのです」


「永久に在るものは変わらない、変われない。それで良いものもあるけど、他ーーーある意味停滞だよね。受継ぐものも無いじゃない?種は次代の為に、花を枯らせて実を落とす」


「限りある時を駆け抜けるーーーーだからあの面映く、哀れで、可愛そうで、愛おしい存在だと、聖霊も人も、生き物も、自然と共に世界に存在するのですよ」


「世界は幾つもの糸が絡み合い、織りなしている。そこに生きる者達が創り上げていく。無限に近い時を過ごす、神の居場所では無いのです」


ーーーー命一つとっても価値観が違うのだ。


「うるさいうるさいうるさい!!黙れ、俺の楽園を返せ!俺の、おれのーー」


アステールが狂った様に繰り返す。

哀れな堕ちた神。

メイフィアが何の女神と言われても、その役目は変わらない。

しゃんと顔をあげなくては、とメイフィアは頷く。


そして、吹き出す瘴気渦巻く中心に向かって翡翠を投げると同時に、込めた浄化の力を開放する。

それが、ゴンと何かに直撃した。





ーーーーあ、物理攻撃って効くんだっけ?



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