第59話 夕暮れの庭

 あの後、メルガルドを待って公爵家に戻った私達は特に何をする事も無く。

 私は楽な服に着替え、髪を解いてからカリンとチュウ吉先生と一緒に庭に出た。


 見頃を迎える薔薇達が蕾を柔らかく綻ばせていて、私はそれをそっと撫でる。



「フィア大丈夫?」


 私の元気が無く見えたのだろうか。

 カリンが後ろからぎゅっと私を抱き締める。カリンはふわふわと浮いたままの状態からなので、重さは感じない。


「うーん?」


 私は曖昧に頷く。心の引っ掛かりを取り出せば、それは長い紐のようにズルズルと出て来る。


「厄災の魔女の•••ライディオス兄様に対する想いの強さと言うか、執着心と言うか。フィリアナもそうなんだろうけどーーーー」


 そこまで言ってから私は自嘲気味に笑う。

 自分に置き換えてしまったのだ。

 果たして私はどうなのだろうか、と。


 フィリアナがラインハルトーーーーライディオス兄様だけど、名前を呼んで胸に飛び込もうとした時、嫌な気分になったのは間違い無い。今思い返してもそうだ。


 ラインハルトはいつだって真っ直ぐに伝えてくる。剛速球で。受け止め損ねるので、あたふたするしかないけど。

 そんな状態で、想いを返すなんて芸等が私に出来る筈も無く。


「今の私はラインハルトをーーーーライディオス兄様をどう思っているのかなぁって」


 ラインハルトの私への態度を見れば、恋人と呼ばれる仲だったのかな、とは思う。

だけどそれで、ハイそうですか、では元の位置に戻ります!とはいかない。と言うか、いけない。

 

うっかり流されかけて、散らばった理性を必死にかき集めながらの撤退をする事もしばしばだ。


 あやふやで、何処のカテゴリーに入れ良いやら彷徨う感情を持て余して、私は深い溜息を零した。


「ラインハルトがフィリアナに触れられるのは嫌で。でもさ、それはカリンやフロースとかロウでもそう思う。フィリアナに触れられたくない」


 チュウ吉先生やポポでもそう思う。

 あ、これって子供の独占欲かも。私の周り、親しい人は全部じゃないか。


「フィリアナの、魔女の唯一人に対する想いの強さに、私は挑むわけなんだけども••••••それが執着からくるものだとしても」


 想いは力にもなる。時として、人のそれは強大だと思う。

 こんなあやふやな気持ちのままで、果たして対抗出来るのだろうか。


 ーーーーあ、自分で言ってペションと凹む。


 ふと背中の温もりが消える。下を向いていた私の視界にカリンの足元が見えた。


「フィーア、こっち向いて?」


 振り仰げば、カリンの綺麗な顔が直ぐそこにあった。

 夕焼けに染まる髪はそのままカリンの色だ。それは夕日を受けてキラキラ輝く。


 瞳も沈み行く柔らかい陽光を受けて、金色を滲ませる。


 カリンは綺麗だなぁって思っていたら、近づく顔がぼやけて、唇にフッと温かい感触が掠めた。


「ーーーーえ?」


「隙ありってね。フフ、フィアにチュウしちゃったなー」


 チュウ!?ちゅうってキス!?今キスしたの?

 思わず指先で自分の唇を触るけど、そこに温もりはもう感じられない。当たり前だけど。

 唖然とする私に、どや顔のカリンは、まるでいたずらが成功した子供のような表情で、嬉しそうだ。


「ね、僕達の事、信じてよ。僕はフィアが大好きで、すっごく大事。魔女の想いの強さって怖いトコあるけど、それって、対抗するのに恋じゃないと駄目なの?人間じゃなくても、感情なんて色々と持ってるよ」


 そこにピョンっとチュウ吉先生が飛んで来て、カリンの頭に上手く着陸した。


「そうじゃのぅ。愛と言っても親愛、友愛、色々じゃの、フィアよ。フィアは我らの事が好きか?」


 これは声を大にして言える。もれなくキリリッとした表情付きで、任せて!


「大好き」


 フフン、当たり前の朝飯前なのさ。それくらい自然に湧き出て来る感情だ。


「僕達がフィアを大好きって事を信じるのと、フィアが僕達を大好きって気持ちは力にならない?」


「ーーーーあっ!」


 急に目の前が開けた気がした。

 私はカリンのその言葉で、ストン、と心の中で何かが落ちた。

 うん、そうだよねって。

 目玉焼きの黄身が上手くド真ん中にハマッたような。


「どうしよう、カリンが物凄く格好良く見えちゃったよ!いつもより大人びてて、ドキッとしちゃったじゃない!」


「じゃぁさ、そのままドキドキしててよ。僕だってラインハルト様よりーーーーフギュ」


 ん?カリンが言い終わる前に、口の中にオレンジ色のオレンジ?が突っ込まれてる。


 ラインハルトよりも、なんだろう?

 そして、いきなりカリンの口の中に現れた果物の怪。


 首を傾げた私の顔に影が掛かって、そちらを見れば、大きな篭いっぱいに積まれた果物を持ったラインハルトが不機嫌な顔をして立っている。



「全く油断も隙もないのはお前もか、カリン」


「ラインハルト!お帰りなさいーーーーってどうしたのその顔!?すっごく腫れてるよ!?直ぐに冷やしてーーーー」


 ラインハルトの後ろを見ればフロース、ロウ、カーク兄様。

 それぞれ右や左の違いはあれど、青紫色に腫れ上がってとても痛そうだった。


 カリンもチュウ吉先生も顔を青くして引き攣っているよ。だって神様をここまでボコるって、一体誰が、って思うよね。


「大丈夫ですよ、直ぐに治せます。が、日が沈むまでは治療をしてはならぬとの仰せなので、このままでいるだけなのですから」


「ええ!?一体誰がそんな事を?」


「フィーの母君。大地母神様だよ」


「ーーーー•••••••へ?」


真逆その顔の腫れ具合も、母君様がやったと仰せになりまするのですか?


イヤイヤ大地母神様って、慈愛と母性豊かな、お優しいイメージなんですが?

たおやかで、静かに微笑んでいらっしゃるような。


「ーーーー大、大昔はな。今は違うぞ」


「そうですねぇ。フィア様が消えて荒ぶりトチ狂ったどこかの誰かさん達を、纏めて大人しく••••••黙らせましたからねぇ。ーーーーええ、物理で。六名ほど。アレで他の天界の神々は一気に大人しくなりました。天変地異が起きなくて本当に良かった」



って、ロウがしみじみと手をグーにして私に見せる。

それはもしかしなくても拳ですか。

大地母神拳とかあったりするの!?


「その漫画だけは見せないようにしてたんだよ、俺達」


ひょっとして、母君にでしょうか?カーク兄様。

あ、ロウ、遠い目しないで?ふふふってその笑いが怖いです!


「色々逸話はありますが、お聞きになられますか?私は密かに、そのうち掌から何かの波動を出すのでは、と危惧しております」


ーーーー今は結構です!


って、何かの波動って!?どの波動?密かにって、もう言っちゃってるし密かじゃないよね?

片眼鏡光らせて無駄にキリッとしてるけど、眼鏡無い方の左側が腫れてるから!


私は恐ろしくなって、ブンブンと首を勢い良く振る。それって間違いなく私がライディオス兄様に強請っていたっていう前世のアレコレの影響だよね?


何かーーーー色々すいませんでした。



「そういう事で、俺達は大丈夫だ。それよりも、フィアに母君から土産を預かって来た」


そう言ってラインハルトが、篭を私の目線に合わせて下げてくれる。


その篭には、見た事のない色や形の果物がギッシリ詰まっていて、甘い果物特有の香りが私の腹の虫を刺激した。


そして直ぐに反応する私のお腹。

良いんですよ?隠れて笑わなくても!


初夏のしっとりした夜風が肌を撫でていく。もう直ぐ日が沈む。

私はスッキリした顔で、皆と一緒に公爵家の離れヘと戻った。



大神殿での儀式まで、後一月と少し。

嵐の前の静けさような、穏やかに過ぎる時間がどうしようもなく愛おしかった。







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