第53話 虫除け?魔除け?いいえフィリアナ除けです
鏡の前で、私の長い髪が結い上げられていく。
サイドから頭上へ飾り紐を髪と一緒に捻り込んで、くるりと輪っかを作る。残りの部分は編み込んで、輪っかの下に楕円の輪にして後頭部へと垂らす。
中華時代劇によく出て来るみたいな髪型だけど、考えた人って凄いよね。
今日の仕度はスイレンとダリアだ。
お花シリーズの子達は、主に私の世話をしてくれている。
因みに、宝石シリーズの子達はティティに付いてもらっていて、偶にお花の子と入れ代わる。
フロースが選んだ簪を挿して、後ろの長い髪を背中の真ん中辺りで緩く束ねたら、フロース監修、ロウの専属女官「メイメイ」の出来上がりだ。
メイって、美しいと言う意味があるんだって。美々って、照れるよね。西側風にすると、ビビちゃんだ。
フロースも今日はジンライの姫装束で、造りが似てる所為か、お揃いに見えて、ちょっと嬉しい。
フロースにそう言ったら、極上の微笑が返ってきた。
そこに、軽いノックの音とロウの声が部屋の中に届く。
ダリアが扉を開けると、いつもと違う出で立ちのロウが、紅い染料が入った貝と小筆を持って入ってきた。
「フィア様、フロース、おはようございます」
今日のロウは、袖の大きな衣装じゃなくて、こざっぱりとして動きやすそうな、ジンライの宮廷武官が着ている様な格好だ。
青朽葉の上衣に、藤紫の腰帯を締めて、佩刀している。
胸元まである髪を、後ろで緩く結っているのはいつも通りだけど、なんだかとっても新鮮で、見惚れしまう。
「わぁ、ロウ格好いい!武官っぽいのも似合うね!」
「おや、この格好がお気に召しましたか?」
クスッと笑うと、雰囲気もインテリの頭脳派と言うよりも、頭の切れる武闘派に見える。
「フィア様もお綺麗ですよ。そうしてフロースと並ぶと、仲の良い先輩後輩女官見えます。さぁ、最後の仕上げをしますのでこちらを向いて下さい」
そう言ったロウは、私の額にを露にすると、持ってきた道具で花鈿を描きはじめる。
フィリアナが予想よりも早く大神殿に着いてしまった為に、万が一にでも鉢合わせしないお呪い付きらしい。
そのお呪いは、ロウの美意識に基づいて慎重に先の細い小筆で描かれていく。
「それ、綺麗だだよね。いいな、俺にも描いてよ、ロウ。」
ロウは笑って頷くと、何の花が良いかフロースに問う。
お揃いがいい、と言ったフロースの声に今度は私が笑った。
お揃いって仲良しみたいで嬉しくなるよね。
「フロースもお呪いを付けますか?」
「勿論!」
虫除けならぬーーーフィリアナ避けだしね。あったほうが良いよね。余計なトラブルに見舞われたくないし。
紅色の繊細な花模様が私の額に咲いたのを確認すると、ロウはフロースの額にも描き始める。
「そう言えば、お聞きになられましたか?フィリアナが早く大神殿へ到着した理由を」
「精霊が力を貸してくれたんだろう?違うのかい?」
フロースの言葉に私は頷く。
「いえ、精霊が力を貸したのは間違いではありません。ただ、フィリアナに貸した訳では無かったようです」
んー?どういう事なんだろう。
精霊がフィリアナのお願いを聞いたんじゃないんだ。
「船の乗組員ーーー海軍ですね、そこから選ばれていた護衛騎士の中に風の精霊と、水の精霊と契約している者がいたそうです。どちらも中級精霊だとか」
そこまで言われたら、ピンとくるよね。
「もしかして、フィリアナがその護衛騎士を誘惑しようとして、精霊達が怒ったとか?それで、こんな任務、早く終わらせてしまえってーーーとか?」
ロウがニッコリ笑って、皮肉なものですね、ってーーー笑顔が怖いです。
「ええ、それで、いきなり来てしまったフィリアナに大神殿側も大慌て。現場はさぞかし混乱したでしょうね。今年は降臨があると、まだ正式発表前だったにも関わらず、迂闊にも、フィリアナの知る所になったと言う訳です」
先触れも無く、本当にいきなりだったらしく、小鳥の囀りを聞いてしまったと言う訳だ。
「通常は、港に到着後、入国手続きのような事をする為に、宿で一泊はするのですよ。フィリアナはそれを無視したそうです。大神殿から警護の聖騎士が迎えに行く筈も、何もかもを」
国からの護衛は港までだし、単独でーーー馬車とかどうしたのかな。
そう言うと、ロウはおかしそうに続きを聞かせてくれた。
「さて?宿の何が気に入らなかったのか、それとも神殿へ早く行きたかったのか••••いずれにしても港から、神殿までの馬車はありますので、乗り合いを使ったのではないかと」
「それで、あんな騒ぎまで起して、アルディア王国の評判もガタ落ちだよね!」
フィリアナが薔薇のアーチを越えて来ちゃった騒ぎは、巫女達をまとめている尼僧の耳に入り、キッチリ、しっかりと監視の目が付くことになったらしい。
こうして裏話を聞きながら、仕度が終わった私達は大神殿へと転移したのだった。
大神殿の神の室には、既にカーク兄様が到着していて、暑苦しいーーー違った、心温まる包容を、力いっぱい頂いた。息の根が止まると思ったよ。
息を吹き返す事に成功した私は、ディオンストムが室に来るまで、まったりタイムだ。
ロウが香茶を淹れてくれる。
そこで、私はキョロキョロと見渡し、朝から姿の見えないラインハルトを探すが、この室にも居なかった。
今朝はとても穏やか過ぎる起床タイムだったわ。
先に大神殿にでも行ったのかと思ったけど、違うみたい。
カリンとチュウ吉先生の姿も朝食後から見てないし。
どこ行っちゃったのかな。
「なんだ、フィーちゃん。あにーーーあいつがいなくて寂しいのか?ほら、兄様が付いてるぞ!寂しくないぞ?」
すかさずカーク兄様が、私を膝に乗せる。
こうして隙あらば抱っこしようとするのはラインハルトと同じだなぁ。
最近じゃフロースもしてくるし、カリンはーーー以前は私からギュムリってしてたけど、今は逆になってるんだよね。
抱っこされ慣れてきてしまった、自分がこわい。
「ラインハルトには、アレクスト王子を大神殿まで連れてきてもらうように頼んでいます。カリンとチュウ吉はメルガルドと一緒に、フィア様の宮まで果物を取りに行ってますよ。どちらも直ぐに合流しますから、心配ありません」
ロウが慰める様に、私の手を取ってポンポンと軽く叩く。
「心配って言う訳じゃーーー、別に寂しい訳でもないしーーー」
しまった、これじゃ寂しいって言ってるみたいに聞こえる!?
ーーー違うから!!
私は誤魔化す様に話題を変える。
「あ、そう言えばどうして、私は転移使っちゃだめなの?」
少しでも勝算を上げる為に、こっそりと隠れて隙を付くーーーっていう理由はわかるけど、舞台に直接じゃ無くても、アーチの所までだったら別に良くない?
「ああ、それはですねーーー」
ロウに分かりやすく言ってもらうと、この大神殿、特に神の室の周り一帯は神域の結界が張ってあるので、降臨しやすいと。
そうか、小細工無しで居られるのは楽だって言ってたもんね。
神の力が世に影響を与えることが無いように囲われた場所は、力の感知もしやすくもなるらしい。
神に対して害意のある、邪な力の行使は特に。
神域ーーーつまり、例えるなら、それは鏡面の様な水面、不純物を取り除かれた静けさの世界。
そこまで清浄な場所に【力】という礫が投げ込まれたらどうなるか。
フィリアナが果たして、どこまで感知能力があるかはわからないけど、へっぽこな力加減の私に、波紋を広げずに力を使えって言っても、ねぇ?
と、言うことらしい。
「魔力でも、神力でも、力を行使した事がわかるのです」
特に当日は、神域を舞殿付近まで広げるそうで。
うーん、納得したような、そうでも無いような、でも一応の理解をした時、室の扉がノックされた。
「大変おまたせいたしました」
穏やかな声と共にディオンストムが室へ入ってきたが、その顔は穏やかとは言い難く、フロースが何事があったのかを聞いた。
「やれやれ、フィリアナと言う名の娘ですが、また神域に入ろうと頑張ってましたよ。礼儀作法の時間だと言うのに困ったものです」
早く着けば、それだけ学ぶ時間も増えると聞いたけどな。聞いた感じ、休憩時間という訳では無いのだろう。
「レガシアが駆除していますので、終わったら、道順をおさらいしていきましょう」
私は、その駆除された筈のフィリアナが、懲りずにまた神域へ姿を表すなんて、この時は思ってなかった。
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